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クオリア—あゆむとヤクザの約束—  作者: Tatsuya.Miwakami
23/30

23 死角

 歩が敵の配置を小声で耳打ちする。

「アニキさん・・・ここから左に3つめのところにも、ひとりいるよ」

五十嵐は身を低くし、積まれたパレットの隙間から目を凝らし前方を見る。

二つ先のパレットの隙間から、三つ目のパレットに潜む敵の背中が見える。

五十嵐は息を殺しながら、二つ目のパレットの後ろに回りこむと、パレットの隙間からボウガンを構え引き金を引く。

ヒュッと唸った矢は背後から敵の左肩を貫き、血しぶきが飛ぶ。

「うっ!」

敵は肩を押さえ、どっと倒れこむ。苦しそうな嗚咽が闇に溶け込む。


 五十嵐と歩は、監視カメラを駆使し三人目を仕留めた。

パレットの陰で五十嵐が歩に尋ねる。

「歩、やつらはあと何人だ?」

「うんとね・・・あと5にん」

「五人か・・・」

ため息を漏らし五十嵐は額の汗を拭う。

五十嵐はパレットの陰に回り込みながら、少しづつ千尋に近づいていたが、焦れた黒田が暴挙に出ることを怖れていた。あまり猶予は無い。


 黒田は五十嵐の予想外の反撃に面食らっていた。

「クソッ!・・・俺たちの動きが読まれてるみてぇだ・・・。面白ぇよ、五十嵐」

黒田はイヤホンマイクを口元に引き寄せ、小声で指示を出した。

「いいか、左右に二手に分かれて少しづつゆっくり回り込め。五十嵐が動かない限り、挟み撃ちに出来るはずだ。ただ、すぐにはるな。とどめは俺が刺す」

「はい」

「わかりました」

全員が指示通り定位置を離れ、パレットに沿うように少しづつ動き出した。

黒田は暗闇に向けボウガンを構えると、

「バーン」

と口で言い、ふてぶてしい笑みを浮かべた。


「アニキさん、わるいやつが、こっちにくるよ!」

すかさず歩が告げる。

「何人だ?」

「うんとね・・・右から二人、左から二人だよ」

「わかった、歩。助かる」

五十嵐は倉庫の右奥寄りに潜んでいる。右から来る二人と五十嵐の距離が徐々に詰まる。

「奴ら、俺を挟み撃ちにする気か・・・」

五十嵐は小さく一つ息を吐いた。


 敵は右からゆっくりと近づき、五十嵐が潜んでいるパレットの位置に迫る。

「慎重に・・・」

二人組の敵も張り詰めた空気に緊張し、ボウガンを正面に構えそろそろと進む。

左から回ってきた敵も徐々に距離を詰める。敵も庫内の広さは把握していないが、左右どちらかの組が五十嵐に遭遇する頃合いだ。

その時、

「ブシッ!」

という破裂音とともに天井から放射状に大量の水が噴き出し、右から来た二人に浴びせかかった。

歩が防災システムにアクセスし、スプリンクラーを作動させたのだ。

「うわっ!」

慌てた二人はずぶ濡れになりながら、上下左右に無茶苦茶にボウガンを振り回す。

五十嵐はすでにパレットを離れ、天井と壁を支える太い支柱の陰から様子を伺っていた。そして狙い澄まし、ボウガンの引き金を引く。

「ぎゃっ!」

一発目は一人目の右太もも、二発目は二人目の脇腹を貫通した。

「あぐっ・・・!」

二人は床の上を転げ回る。吹き出た血がスプリンクラーの水に溶け込む。

五十嵐はグロい光景を歩に見せないよう、コロボの目を手で塞ぐ。

左から来た敵は仲間の悲鳴を聞き、足を止めた。


 五十嵐は暗闇を利用し、壁伝いにさらに右に進むと、次の支柱に身を隠した。

庫内に入りすでに一時間ほど経過している。満身創痍の五十嵐の身体は鉛を飲んだように重く、とっくに限界を超えている。小さな物音一つが命取りになる緊張感が、五十嵐を支えていた。

「ふぅ・・・黒田を入れて、残り三人か・・・」

「歩、三人がどの辺にいるかわかるか?」

「うん、えっと・・・3人ね、まんなかにいっしょにいる」

「わかった。なら、ここは暫く大丈夫だ・・・」

一言漏らし、五十嵐は床にへたり込んだ。


「アニキさん。わるいやつ・・・なんでちひろさんを、いじめるの?」

唐突に歩が疑問をぶつけてきた。

五十嵐は、どう答えて良いか迷った。

「・・・あいつらは悪い事をしたんだが、ずっと隠してた。それを俺に知られたんだ」

「うん」

「それで、俺がその秘密を誰かにしゃべらないように、千尋を誘拐した」

「ゆうかい?」

「ああ。あいつらの悪い事を俺が知らんぷりしてたら、千尋をいじめないって事だ」

「ちひろさん、悪くないのに?」

「そうだ」

「・・・・・・」

この小狡い駆け引きを歩はまだ理解できないのか、歩は黙ってしまった。

「でも・・・アニキさん、わるいこと知らんぷりしないよね?」

「ああ、しない」

「アニキさん、ケンシロウみたい!」

「ハハ!じゃ、一緒に悪いやつをこらしめるか!」

「うん!」

「・・・・・・」

五十嵐が束の間ためらい、口を開く。

「あゆむ・・・俺は、ケンシロウみたいな、かっこいい男じゃないんだ・・・」

コロボが不思議そうに五十嵐を見つめる。

「昔、お袋に酷いことをして・・・そのまま知らんぷりしてんだよ・・・」

「あゆむ、ごめん・・・」

歩も束の間おし黙ったが、五十嵐に顔を向ける。

「アニキさん、ちひろさんたすけたら、アニキさんのママにごめんなさいしよ。ぼくもごめんなさいする」

「アニキさん、あいじょうでしょ?」

歩が微笑んだように思えた。

「あゆむ・・・お前・・・」


その時、静寂を破るヒュンという音がし、五十嵐の右の太腿ふとももに矢が深々と突き刺さった。

「あ、ぐっ・・・!」

五十嵐が身体をくの字に降り、反射的に太ももを押さえる。

焼火箸を突っ込まれた様な激痛が全身に走る。

「アニキさん!」

「・・・あゆむ・・・しずかに・・・してろ・・・」

五十嵐は苦悶に歪んだ顔を上げ、あたりを見回す。

5メートルほど先に、ボウガンを構えた益田郁子が立っていた。

益田はたまたま、監視カメラの死角になる支柱の陰にずっと潜んでいたのだ。

「くそ・・・益田・・・四人目が、居たのか・・・」

矢は太腿の動脈を破り、血がどくどくと五十嵐の指の隙間から溢れだした。

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