23 死角
歩が敵の配置を小声で耳打ちする。
「アニキさん・・・ここから左に3つめのところにも、ひとりいるよ」
五十嵐は身を低くし、積まれたパレットの隙間から目を凝らし前方を見る。
二つ先のパレットの隙間から、三つ目のパレットに潜む敵の背中が見える。
五十嵐は息を殺しながら、二つ目のパレットの後ろに回りこむと、パレットの隙間からボウガンを構え引き金を引く。
ヒュッと唸った矢は背後から敵の左肩を貫き、血しぶきが飛ぶ。
「うっ!」
敵は肩を押さえ、どっと倒れこむ。苦しそうな嗚咽が闇に溶け込む。
五十嵐と歩は、監視カメラを駆使し三人目を仕留めた。
パレットの陰で五十嵐が歩に尋ねる。
「歩、やつらはあと何人だ?」
「うんとね・・・あと5にん」
「五人か・・・」
ため息を漏らし五十嵐は額の汗を拭う。
五十嵐はパレットの陰に回り込みながら、少しづつ千尋に近づいていたが、焦れた黒田が暴挙に出ることを怖れていた。あまり猶予は無い。
黒田は五十嵐の予想外の反撃に面食らっていた。
「クソッ!・・・俺たちの動きが読まれてるみてぇだ・・・。面白ぇよ、五十嵐」
黒田はイヤホンマイクを口元に引き寄せ、小声で指示を出した。
「いいか、左右に二手に分かれて少しづつゆっくり回り込め。五十嵐が動かない限り、挟み撃ちに出来るはずだ。ただ、すぐには殺るな。止めは俺が刺す」
「はい」
「わかりました」
全員が指示通り定位置を離れ、パレットに沿うように少しづつ動き出した。
黒田は暗闇に向けボウガンを構えると、
「バーン」
と口で言い、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
「アニキさん、わるいやつが、こっちにくるよ!」
すかさず歩が告げる。
「何人だ?」
「うんとね・・・右から二人、左から二人だよ」
「わかった、歩。助かる」
五十嵐は倉庫の右奥寄りに潜んでいる。右から来る二人と五十嵐の距離が徐々に詰まる。
「奴ら、俺を挟み撃ちにする気か・・・」
五十嵐は小さく一つ息を吐いた。
敵は右からゆっくりと近づき、五十嵐が潜んでいるパレットの位置に迫る。
「慎重に・・・」
二人組の敵も張り詰めた空気に緊張し、ボウガンを正面に構えそろそろと進む。
左から回ってきた敵も徐々に距離を詰める。敵も庫内の広さは把握していないが、左右どちらかの組が五十嵐に遭遇する頃合いだ。
その時、
「ブシッ!」
という破裂音とともに天井から放射状に大量の水が噴き出し、右から来た二人に浴びせかかった。
歩が防災システムにアクセスし、スプリンクラーを作動させたのだ。
「うわっ!」
慌てた二人はずぶ濡れになりながら、上下左右に無茶苦茶にボウガンを振り回す。
五十嵐はすでにパレットを離れ、天井と壁を支える太い支柱の陰から様子を伺っていた。そして狙い澄まし、ボウガンの引き金を引く。
「ぎゃっ!」
一発目は一人目の右太もも、二発目は二人目の脇腹を貫通した。
「あぐっ・・・!」
二人は床の上を転げ回る。吹き出た血がスプリンクラーの水に溶け込む。
五十嵐はグロい光景を歩に見せないよう、コロボの目を手で塞ぐ。
左から来た敵は仲間の悲鳴を聞き、足を止めた。
五十嵐は暗闇を利用し、壁伝いにさらに右に進むと、次の支柱に身を隠した。
庫内に入りすでに一時間ほど経過している。満身創痍の五十嵐の身体は鉛を飲んだように重く、とっくに限界を超えている。小さな物音一つが命取りになる緊張感が、五十嵐を支えていた。
「ふぅ・・・黒田を入れて、残り三人か・・・」
「歩、三人がどの辺にいるかわかるか?」
「うん、えっと・・・3人ね、まんなかにいっしょにいる」
「わかった。なら、ここは暫く大丈夫だ・・・」
一言漏らし、五十嵐は床にへたり込んだ。
「アニキさん。わるいやつ・・・なんでちひろさんを、いじめるの?」
唐突に歩が疑問をぶつけてきた。
五十嵐は、どう答えて良いか迷った。
「・・・あいつらは悪い事をしたんだが、ずっと隠してた。それを俺に知られたんだ」
「うん」
「それで、俺がその秘密を誰かにしゃべらないように、千尋を誘拐した」
「ゆうかい?」
「ああ。あいつらの悪い事を俺が知らんぷりしてたら、千尋をいじめないって事だ」
「ちひろさん、悪くないのに?」
「そうだ」
「・・・・・・」
この小狡い駆け引きを歩はまだ理解できないのか、歩は黙ってしまった。
「でも・・・アニキさん、わるいこと知らんぷりしないよね?」
「ああ、しない」
「アニキさん、ケンシロウみたい!」
「ハハ!じゃ、一緒に悪いやつをこらしめるか!」
「うん!」
「・・・・・・」
五十嵐が束の間ためらい、口を開く。
「あゆむ・・・俺は、ケンシロウみたいな、かっこいい男じゃないんだ・・・」
コロボが不思議そうに五十嵐を見つめる。
「昔、お袋に酷いことをして・・・そのまま知らんぷりしてんだよ・・・」
「あゆむ、ごめん・・・」
歩も束の間おし黙ったが、五十嵐に顔を向ける。
「アニキさん、ちひろさんたすけたら、アニキさんのママにごめんなさいしよ。ぼくもごめんなさいする」
「アニキさん、あいじょうでしょ?」
歩が微笑んだように思えた。
「あゆむ・・・お前・・・」
その時、静寂を破るヒュンという音がし、五十嵐の右の太腿に矢が深々と突き刺さった。
「あ、ぐっ・・・!」
五十嵐が身体をくの字に降り、反射的に太ももを押さえる。
焼火箸を突っ込まれた様な激痛が全身に走る。
「アニキさん!」
「・・・あゆむ・・・しずかに・・・してろ・・・」
五十嵐は苦悶に歪んだ顔を上げ、あたりを見回す。
5メートルほど先に、ボウガンを構えた益田郁子が立っていた。
益田はたまたま、監視カメラの死角になる支柱の陰にずっと潜んでいたのだ。
「くそ・・・益田・・・四人目が、居たのか・・・」
矢は太腿の動脈を破り、血がどくどくと五十嵐の指の隙間から溢れだした。




