2 いつもの音
真っ暗闇の中、いつもの音が聞こえてきた。
コツコツコツ。
コツコツコツ。
カツカツカツ。
カツカツカツ。
歩はいつもの様に、音の鳴る方に意識を向ける。
ガチャ。
扉が開いた。
バタン!
「真ちゃん、間に合ってよかったわ」
「ハハ・・・今日のために前倒しで頑張ったからね、仕事。でも出遅れて、タクシーで来たよ。あせったー」
「えー⁉︎いくらかかったの?」
「えと・・・二千四百円くらい」
「贅沢〜。まぁ今日はしょうがないか!」
少し埃っぽい匂いと柔らかい香りが、ふんわりと漂う。
「ねぇ、少し換気しない?」
「オッケー」
コツコツ。
シャー。
ガラガラガラ。
「さぶっ!」
空気が動く。
ガサガサガサ。
「おっ!なんか高そうな箱だね」
「30分並んで買ったのよー。買えてよかったー」
「わたしコーヒー淹れるから、コレ開けて」
「あっ、中崩さないようにね!」
「わかった」
ジョボジョボ。
コポコポコポ・・・。
コーヒーの香りが漂う。
ゴソゴソ。
パカ。
「そーっと出さないとな」
トクトクトク。
「コーヒーはいったわよ」
「こっちもオッケー」
「ローソクはまずいから、火は無しだね」
「クラッカーもないわよ」
「ハハ、そりゃそうだね。病院だし」
「それでは」
パンパン。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー
ハッピバースデーディアー…あーゆむー。ハッピバースデートゥーユー」
パチパチパチ。
「あゆむ。6歳のお誕生日おめでとう!」
「あゆむ、おめでとう!」
ママ、パパ、ありがとう。
「あっ!あと、メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
「南美のプレゼントも買ってあるから」
「えーうれしい。真ちゃんありがとう」
「わたしも買ってあるよ」
「おっ、嬉しい。ありがとう」
「うん」
サクサク。ゴク。
「うわ!これ美味しーな!」
「でしょー。白金で人気のパティシエだもん」
あまーい匂いが鼻をくすぐる。
「歩にも食べさせたいな」
「ほんとだね」
「歩ごめんね。お父さんとお母さんだけ美味しいケーキ食べて」
ううん、そんなことないよ。パパとママが来てくれるだけで、ぼくうれしいから。
いつもありがとう。
「・・・真ちゃん、いま・・・歩が笑った」
「えっ!?」
「えーっ、見てなかったの?」
「気のせいじゃないか?」
「気のせいかもしれないけど…そう見えたのよ」
「そっかぁ」
ママ、気のせいじゃないよ。ぼくうれしくて笑ったよ。
「いつも思うけど、歩は僕たちの声、聞こえてんのかな?」
「うーん・・・」
パパの声も、ママの声も、ぼく聞こえてるよ。
ガチャ。
「あ、先生」
「いつもお世話になってます」
「あ〜今日、歩くんの誕生日なんですね!」
担当医の伊達がベッドまで近づき、歩の顔を覗き込む。
「うん。顔色も良いですね」
伊達は、歩に繋がった医療機器にさっと目をやる。
「歩くん、6歳ですか?」
「はい。もう、2年になります」
「2年かぁ・・・早いもんですね・・・」
ひゅうっと窓から冷たい風が吹き込む。
「さむ・・・真ちゃん、窓閉めよ」
「あ、そうだね」
ガラガラ・・・
「あ!雪だ!」
「えーほんと⁉︎」
「どうりで寒いと思った。ふーっ」
南美が手のひらに息を吹き込む。
「歩、ホワイトクリスマスだよ」
南美は言いながら、歩の手を取り
「はぁーっ」
と暖かい息をかける。
ママ、あったかくて気持ちいいよ。
ぼくも雪みたいなぁー。
歩は、入院する前の楽しかった雪遊びを思い出した。
近くの公園にびっくりするくらいの雪が積もった。
すべり台でパパがソリをしてくれた。
自分の背丈より大きい雪だるまが、今にも動き出しそうでワクワクした。
目はみかん。鼻は・・・葉っぱ。口は・・・お芋のあまったとこ。
ゆきがっせんもした。
ママとぼくで、パパをこうげきした。
歩は、楽しかった思い出に包まれて、クリスマス・イブの夜を過ごした。