18 約束
黒田との電話を終えた五十嵐は、胸クソが悪く寝付けなかった。
加えて諸々考えが浮かび、目が冴える。
「黒田のことだ、どんな暴挙に出るかわかったもんじゃない。サツへのタレコミを急ぐ必要がある…」
五十嵐は翌日にでも警察に連絡する考えだ。
ただし、五十嵐自身も闇金の営業で検挙される確率が高い。同業で逮捕られた連中は、4年から10年の懲役を食らっている。
さらに、万に一つ黒田の手が千尋に及ぶリスクも考えると、警察に千尋の保護を頼む代わりに黒田を売るのが賢明と思える。
五十嵐は千尋と生まれてくる子供を守るため、これを機に、ヤクザから足を洗う決意を固めていた。
五十嵐がひとり考えていると、唐突にあゆむがコロボに現れた。
「アニキさん、おきてる?」
五十嵐は我にかえる。
「お!あゆむ。元気にしてたか?」
「どうした?こんな時間に」
「うん・・・昨日ね・・・ちひろさんが来たよ!」
五十嵐は驚いた。なぜ千尋の訪問がわかったのか。あゆむは意識不明で寝たきりのはずだ。
「来たって・・・あゆむの病院にだよな?」
「うん」
やはり、千尋が見たのは歩で間違いなかった。
「ちひろさんね、手をずっとにぎってくれたんだよ」
「ぼく、うれしかった」
「でもね、ちょっとかなさしそうだったの・・・」
「ちひろさん、だいじょうぶ?」
千尋の感情まで汲み取る歩に五十嵐は驚きを隠せなかったが、平静を装い話を続けた。
「そうかぁ。千尋も歩に会えて嬉しかったって言ってたぞ!嬉しくて泣いたんだよ」
「ほんと〜⁈」
コロボが身体を揺らして、サイドテーブルの上を駆け回る。
「あゆむ・・・」
五十嵐は切り出す。
「あゆむお前、なんて言うか・・・ずっと意識ないんだよな?」
コロボの動きがピタッと止まり、いっときおし黙った。
「うん・・・ぼくね、ぼくのからだ、ぜんぜんうごかなくて、おはなしもできないの」
「でもね、ぼく・・・めがさめてて、ママとかパパがくると、わかるの。おはなししてることもわかるよ」
「あとね、おてんきもわかるし、おいしいにおいもわかるの!」
「あとね、ぼくがいるとママとパパがたいへんだねっていわれたこともあるの」
歩は、堰を切ったように喋り出した。
「でもね、みんな、ママもパパも、ぼくがずっとねてると思ってるの・・・」
「ぼくね・・・いるのに、いないの・・・」
コロボは首をうなだれて、黙った。
「うぅ・・・」
歩は今までの辛い想いが溢れ、初めて五十嵐の前で泣いた。近づいて頭を撫でてやりたいが、まだ動けない五十嵐は何も出来ない。
歩の切ない気持ちを初めて知り、五十嵐の目頭が熱くなった。
「あゆむ、わかった。俺がなんとかするから」
コロボがゆっくりと顔を上げ、黒い大きな瞳で五十嵐をじっと見る。
「うぅ・・・ほんと?」
「ああ。だから、もう泣くな。男と男の約束だ」
「ぐす・・・うん・・・わかった」
「アニキさん、どうするの?」
「ああ。歩・・・コロボを、お前の両親のところに持って行き、お前が意識があることをわかってもらう」
「ほんとに⁈」
「ああ、本当だ。千尋に協力してもらう」
「じゃあ、ぼく・・・ママとパパとお話し出来るの?・・・」
「そうだ」
「ほんとに?」
「本当だ。歩のママとパパ、きっと驚くぞ」
「うん!ぼく、ママとパパと、たくさんたくさんおはなししたい」
「おお。今までの分いっぱい話せ、歩!」
「アニキさん、ありがとう!」
コロボは両手を振りテーブルで回転している。
五十嵐は歩が心から喜ぶ姿に、目を細めた。
「アニキさん、いつ連れてってくれるの?」
「そうだな・・・明日。明日コロボを歩の病院に連れてくよ」
「アニキさん、約束ね」
「ああ、約束だ。だから歩、もう寝ろ」
「うん、わかった!アニキさんおやすみなさい」
「おやすみ」
歩は意識の世界に戻った行った。
五十嵐も歩と話したことで不思議と落ち着き、ようやく眠りについた。




