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クオリア—あゆむとヤクザの約束—  作者: Tatsuya.Miwakami
17/30

17 犯人

 病院から帰宅した千尋は、一睡も出来ないまま朝を迎えた。

濃いめのコーヒーを落としている間に、昨日のことをあれこれ考えるも、まだ考えの整理がつかない。


ひろちゃんに伝えたら、何て言うんだろう。

病院が分からなかったと嘘をつけば、自分の胸だけにしまっておける。

コーヒーが出来た電子音に気づかず、千尋は思いあぐねていた。



 午後になり、千尋は病院に足を運んだ。

病室に入ると五十嵐は起きていたが、歩は来ていないようだ。

「あれ?今日はコロボと遊ばないの?」

千尋は努めて明るく振る舞う。

「ああ、それより千尋、お前身重なんだから安静にしてなくていいのか?」

「え?あ、うん・・・大丈夫よ。ありがとうひろちゃん」

千尋は笑顔で返したが、五十嵐の言葉に驚いた自分に気づいた。

五十嵐は決して冷たい男ではないが、細かな気配りをしてくれるたちではない。それが今、自然と自分を気遣うことばをかけてくれた。

歩と出会ってから、五十嵐は少しづつ変わっていた。


「ひろちゃん、実は昨日・・・歩君の病院、行ってきたの」

「え!?ホントか?」

普段はあまり表情を変えない五十嵐が、目を見開く。

「うん・・・」

「お前・・・直ぐに見つかったのか?」

「うん、下調べばっちりだったし、三軒目で見つけた」

「それはすごいな・・・。やっぱり俺たち、あゆむと縁があるなぁ」

五十嵐が目を細め微笑む。まるで孫を溺愛するお爺ちゃんみたい。千尋は思った。

「それで?あゆむの奴、驚いてたろう!?」

千尋は、言葉に詰まった。

五十嵐は期待に満ちた目で千尋を見ている。

「それがね・・・」

千尋の表情が曇り、じわっと瞳が潤む。

「千尋、どうした・・・?」


「ひろちゃん・・・歩君、植物状態の子だったの・・・」

「え・・・?」

五十嵐は信じられなかった。しばらく次の言葉が出ない。

「植物状態?・・・あゆむが・・・?」

千尋は目を伏せたまま、コクリと頷く。

「意識不明なのか?」

「うん・・・」

「2年の間ずっとか?」

「うん」

「うんってお前・・・だってあいつは、俺たちはあゆむと何度も話したじゃないか。この前だって・・・」

「わたしにも、わけがわからないよ・・・」

千尋が首を振る。

「その子は、あゆむで間違いないのか?」

「この目で見たし、歩君の病院に長く勤めている掃除のおばさんからも聞いた」

「ご両親の名前も、ひろちゃんが言ってたのと同じだった・・・」

五十嵐が小さく唸る。

「それにしても・・・2年も意識不明で、どうやってコロボに現れて俺たちと話ができるんだ・・・」

「そういえば前にあゆむに、どうやってここに来た?って聞いことがある」

千尋が固唾を飲み、次の言葉を待つ。

「あいつ、光るところを通ってとか言ってた。その時は子供の妄想だと思って、気にも留めなかったが・・・」

五十嵐の話を聞いた千尋がはっとした。

「ひろちゃん・・・」

「もしかして歩君、意識があるのかも・・・」

「えっ?どうゆうことだ?」

「うん・・・上手く言えないけど、実は意識があるのに自分の身体は思うように動かせなくて。だけどコロボなら、思い通りに動かせるっていうか・・・」

「そんなバカなことがあるか!?」

「でも、あの病院にいた子は絶対歩くんだし、私もひろちゃんも仲良しのあの子なの!」

五十嵐は珍しく感情的な千尋に気圧けおされた。

「千尋、わかった。別にお前を疑ってるわけじゃない・・・」

彼女が言う通り、千尋が見た男の子はあゆむだろう。五十嵐は思った。しかし、意識不明のあゆむが、なぜコロボに現れて話が出来るのかは、謎のままだった。


「それとひろちゃん・・・」

「歩君ね・・・ひき逃げだった・・・・・・」

「ひき逃げ・・・?」

五十嵐は耳を疑った。

「あゆむは、ひき逃げであんな事になったのか!?」

「犯人は!?」

「それがね、まだ手配中みたいで・・・」

「歩君の病院から帰る時、駅前に手配中の犯人の似顔絵が貼ってあって」

千尋はスマホの写メを五十嵐に見せた。

五十嵐はスマホを凝視する。

「・・・どこかで見た顔だ・・・」

頭の中で呟き、記憶を辿る。

しかし憶いだせない。

「ひろちゃん、どうかした?」

「あ、いや・・・何でもない・・・」


 それからしばらくして、疲れが出た千尋は病院を後にした。

五十嵐は念のためにと、似顔絵の写メを千尋からメールして貰っていた。

消灯時間が過ぎても、目を瞑ると似顔絵の男が瞼に浮かび寝付けない。

どうしても気になった五十嵐は、暗い中もう一度写メを開き、記憶を辿った。


「あ・・・!」

ふいに五十嵐は、似顔絵の男が黒田に瓜二つなことに気づいた。

「奴ならやりかねない・・・」


 五十嵐はスマホを片手にしばらく考えていたが、電話帳を開き、黒田に電話をかけた。黒田と話すのは、襲撃を受けて以来だ。

呼び出し音が10回を数えたとき、黒田が出た。

「・・・あんた生きてたのか。タフだなぁ」

顔は見えないが黒田が薄ら笑いを受かべているのが判る。

黒田は、五十嵐が一命を取りとめたことを知っていたが、とぼけていた。

「ああ、生きてるさ。死ねない理由が見つかったからな」

「はぁ?てめぇ何言ってんだ?」

電話の向こうは黒田以外にも何人か居るらしく、ざわついている。

五十嵐はいきなり核心を突いた。

「黒田お前・・・2年前に轢き逃げしてるな」

「・・・はぁ?」

「2年前の11月6日、夜6時過ぎ、仙河駅近くの国道20号沿いで、子供をはねてそのまま逃げたよな?」

電話を持つ黒田の顔が一瞬にして険しくなった。


 2年前のその日、黒田達は前日の夜から徹マンに興じ、昼までに百万近くの現金を手にしていた。当然違法な賭け麻雀だ。

連中はその勢いでマサルの運転で、府中競馬に足を運んだ。競馬場では昼からビールや焼酎を煽り、買ったり負けたりを繰り返したが、最終レースに全額突込み、百万近くの金が一瞬で紙屑と化した。

車に乗り込んだ連中は自棄ヤケ酒を煽りながら、渋谷方面に向かった。

普段は格下のマサルが運転するのだが、前夜から一睡もしていなかったため、近藤は爆睡し、マサルも今にも寝落ちしそうだったため、黒田がハンドルを握った。

その日は終日薄曇で小雨もパラつき、特に視界が悪かった。

黒田も徹夜明けの大量の酒で、眠気に襲われながらなんとか運転していたが、一瞬眠りに落ちた。

「ドンッ!」

と衝撃がし、すぐに目を覚ました。

一瞬ブレーキを踏み、バックミラー越しに目を凝らすと、横断歩道に子供が倒れ、母親が多い被さる姿が見えた。

マサルも近藤も目を覚ましていないのを幸いと、黒田は急発進し、その場から逃げた。

完全な酒気帯び運転の信号無視だった。

その後、歩をはねた車はブローカーを通して海外に売り、証拠を隠滅していた。


「て、てめぇ何を根拠に」

「手配書の似顔絵が、お前にそっくりなんだよ。もう、逃げられねぇぞ」

「俺がやったって証拠でもあんのかよ?」

「お前が潔白なら、警察でそれを証言しろ。俺は警察にお前の情報を流す」

「おい笑わせんなよ。闇金屋のおめぇもパクられんぞ」

「上等だ。首洗って待ってろ」

「てめ・・・ぶっ殺すぞごらぁ!」

五十嵐は一方的に電話を切った。


 ガチャ切りされた黒田は怒りが収まらず、バーのテーブルを蹴り倒した。

灰皿や飲み物が飛び散る。

轢き逃げが図星だったこともあり、黒田は余計に気が動転した。

肩で激しく息をしている。

「黒田さん、落ち着いてください!」

マサルがビビりながら声をかける。

「うるせぇ!てめぇもぶっ殺すぞ!」

「おい!計画を早める。獲物からわざわざ飛び込んできた」

「五十嵐を殺る。すぐ動け!」

皆、黒田の突然の激昂に唖然とする。

「てめぇらっ早く動け!」

黒田の勢いに、マサルを始め全員が慌ててバーを出た。

怒りが収まらない黒田は、酒を煽り、鋭い目つきで一人で何度も呟いていた。

「ぜってぇぶっ殺す・・・」

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