14 兵糧を断つ
西麻布のバーには黒田を筆頭に、全員が集結していた。
恐れ知らずの連中が、暴力団の非道さに震え上がっている。
「黒田さん・・・これ以上はマジやばい気が・・・」
「この写真は・・・俺らへの、警告スよね・・・」
「奴ら、俺らが動けないよう本気で手ぇ廻してますよ」
黙って聴いていた黒田が、ぼそりと呟く。
「兵糧を断ちやがった・・・」
愚連隊は益田郁子と黒田以外にもエリアを分担し、神田、上野、川崎など、闇金をローラーしていたが、どこも口裏を合わせたように門を閉ざしていた。系列の違う業者が揃って同じ対応をする背後に、稲吉会の影がチラつく。
遊ぶ金を闇金の借金で賄っていた愚連隊は、打ち出の小槌を失った。
「仲間バラされて泣き寝入りってわけには行かねぇな」
「でも黒田、相手が悪すぎねぇか・・・」
同格の西垣がたしなめる。
「なら西垣、どーすんだ?」
「いや・・・」
「俺も含め、まともな職にも就てねぇし、明日からホームレスか?」
「襲撃してた俺らが、される側になんだぞ・・・」
この連中は酒の勢いを借り、何人ものホームレスを病院送りにしてきた。被害者には車椅子生活を余儀なくされた者や、中には死亡した者もいる。
水を打ったように店内は静まりかえった。
レトロな柱時計が時を刻む音だけが店内に沁み入る。
黒田が口火を切った。
「もう、飛松組に面倒みてもらうしかねぇな」
「飛松組に?」
驚いた西垣が黒田を見る。
「ああ。若松さんに俺らの力を認めてもらい、暖簾分けを頼む」
「飛松組の傘下に入るってことか」
「そうだ。俺らもいつまでも根無し草ってわけにはいかねぇだろ」
「そりゃそうだが・・・そんな簡単に行くか?」
「西垣、この店だって、若松さんが自由に使わせてくれてんだろ」
若松は黒田達に店を任せていた。この店は覚せい剤取引の場所としても使うため、愚連隊が交代で番を務めてくれるのは、若松にとっても好都合だ。
「だから、俺らは事実上、若松さんの舎弟みたいなもんよ」
「でも黒田、どうやって認めてもらうんだ?」
「・・・俺に考えがある」
黒田が不敵な笑みを浮かべた。
国道沿いに停車した黒塗りのセダンから、バーを監視している男達がいた。
セダンのガラスはスモークで覆われ、中を窺い知ることはできない。
後部座席の若松は薄いブルーのサングラスの奥の目を閉じ、腕組みをしたまま微動だにしない。鍛え上げた肉体が品のあるスーツを吸い付くように纏っている。
「若頭、奴ら出てこないです」
助手席の男が若松に告げる。
「後は自分たちに任せてください」
「わかった。目ぇ離すなよ」
「はい」
セダンの車内にドスの効いた声が静かに響く。
「じゃ若頭、自分らは車変えて見張り続けますんで」
「小林、若頭をお送りしろ」
「お前達、あと頼んだぞ」
「ウス!」
厳つい男二人が車を降り、直角に腰を曲げたまま若松の乗ったセダンを見送る。
運転席の小林は若松の威圧感に耐え切れず口を開いた。
「あ、あの若頭、質問よろしいですか?」
緊張の面持ちで尋ねる。
「・・・なんだ?」
バックミラーの若松はスモークガラス越しに、流れる街並みを眺めている。
「いや・・・あの連中、若頭が目ぇかけてますよね」
「ああ、店任せてるが・・・」
「いや・・・いよいよの時は、若頭が助け舟をだすのかなと・・・」
「・・・まぁ、そうせざるを得ないな・・・」
若松は景色を眺めたまま、ぼそりと答える。
小林は若松から、冷やりとしたオーラを感じた。
「し、失礼しました。すみません!」
小林の脇の下は汗でびっしょりと湿っていた。




