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クオリア—あゆむとヤクザの約束—  作者: Tatsuya.Miwakami
13/30

13 ゆびきり

 五十嵐の胸中は複雑だった。

千尋は、普通のサラリーマンの家庭で育ち、暴力団とは無縁の世界で生きている堅気かたぎだ。


およそ1年半前、五十嵐が千尋と出会った頃、五十嵐は素性を偽った。仕事を聞かれ金融関係とだけ伝えた。女にはいつも、そう言ってきた。

しかし、交際を続けるうちに千尋の人柄に惹かれ、自分なんかが付き合う相手じゃないと、逡巡するようになった。そんな女は千尋が初めてだった。

そして交際から一年後、自分が組員だと明かした。千尋を騙して付き合っている事に、五十嵐は耐えきれなくなっていた。だから五十嵐は、千尋が去るのを覚悟していた。

五十嵐が組員だと知り、千尋は余りの衝撃で泣き、一週間、音信不通になった。

しかし、千尋は五十嵐の元を離れなかった。


 自分がいつまでもヤクザな世界に居たら、千尋と、新しく生まれてくる子供を巻き込み兼ねない。

五十嵐の気持ちは大きく揺れていた。


「・・・ろちゃん!」

「え⁉︎」

「ひろちゃん、あゆむ君お兄ちゃんになってくれるって!」

千尋の声で五十嵐は我に返った。

「お!あゆむ〜本当だろうな」

「ぼく、妹となかよくするね」

「あゆむ君。まだねぇ、妹か弟かわからないのよ」

「ぼく、どっちでもかわいがるよ」

「あゆむ、頼んだぞ〜」

「はい、あにきさん!」

「じゃあ産まれたら、あゆむ君のところに連れて行くね」

「う・・・うん・・・」

「楽しみにしてる!」

コロボが両手をバンザイする。

「あゆむ。それまでに退院出来てるといいな」

「うん・・・あにきさんもだね」

「俺はあと2ヶ月もすれば退院だか・・・」

五十嵐は、言葉を呑み込む。

2年も入院しているあゆむの前で無神経な発言だった。


「あにきさん、ケンカしたんだよね?」

唐突に歩が尋ねる。

「え?お前、覚えてたのか・・・」

「あにきさん、パパになるんだから、ケンカしてケガしたら、赤ちゃんとちひろさんが、かなしいよ・・・」

「・・・・・・」

五十嵐は何も言えなかった。

「ぼくもかなしい」

「あゆむ・・・」

「あにきさん、ケンカしないってやくそくして」

「あゆむ君・・・」

「あにきさん、あいじょうでしょ?」

「ああ・・・愛情だ」

「あにきさんがケガしたら、いちばんたいせつなものを、まもれないよ」

「あゆむお前・・・」

五十嵐の心に、6歳のあゆむの言葉が響いた。

「・・・あゆむ、わかった。約束する」

「ほんとっ⁉︎」

「ああ、男に二言はない!」

「おとこにゴンてなに?」

「いや・・・、男と男の約束だ」

「あにきさん、かっこいい!」

コロボが両腕でバンザイをする。

「あゆむ君・・・」

「ゆびきりは?」

五十嵐と千尋は顔を見合わせるとコロボの前に小指を出し、コロボの手の動きに合わせて指切りをした。


「あれ?」

歩が何かに気づいた。

「あゆむ君どうしたの?」

「うん・・・」

答えたきり、コロボの動きが止まった。

「あゆむ?」

五十嵐も心配でコロボを注視する。


 突然、コロボがテーブルに手を着くと、腰を上げて立ち上がった。

「あ!コロボ立てるんだ!」

千尋が目を丸くし驚く。

コロボはテーブルの上を歩き出し、端まで来るとピタリと止まった。

「ぼく、あるいた!」

「あにきさん!あるいたよ!」

コロボは左右の腕を上下に振り、

「きゃはは!」

と笑いながら時計周りにくるくる回転した。


 歩は2年ぶりの歩く感覚に興奮し、しばらくテーブルの上を歩き廻った。

「今の、あゆむがやったのか?」

「うん。なんかね、こうしたらできるって思ったの」

「あゆむ君すごーい。お散歩行けるねー」

「おさんぽ行きたいな」

「うん。これも約束ね!」

千尋が小指をくねくねとさせる。

「あ、もういっこ・・・」

コロボがピタリと止まる。

「今夜の新宿付近の天気は曇り、ところによりにわか雨。降水確率は20%。最低気温は・・・」

歩はコロボが受信した天気予報をスラスラ読み上げた。

五十嵐も千尋もこれには声を上げて笑った。

涙目の千尋が聞く。

「あゆむ君、今のはどうやったの?」

「う〜んと・・・コロボがしってることがわかったの」

「えーなんかすごーい」

千尋が関心していると、普段は真っ黒のコロボの両目から眩しい光が放たれた。

「えっ?今度はなに?」

千尋が光を目で追う。

すると病室の壁に長方形のスクリーンが写し出され、アニメの映像が投影された。

コロボの目はプロジェクターにもなるのだ。

筋骨隆々の主人公が渋い声でセリフを吐く。

「お前はもう、死んでいる」

北斗の拳だった。

「きゃははっ!」

歩が歓声を上げ、ケンシロウのセリフを何度も真似する。

「あゆむ君は、こんなこと言っちゃダメだよ!」

千尋が二本の指をクロスし、ばってんを作る。

「ごめんなさい・・・なんかね、アニメのところにいっぱいあるの」

「でもあゆむ君、すごーい!」

「あゆむ君コロボ使って、あっと言う間にひろちゃんより賢くなりそう」

「お前、なんで俺なんだよ!」

千尋が下をペロリと出しおどけた。

三人は仲の良い友達のように、笑いが絶えない時間を楽しんだ。


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