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クオリア—あゆむとヤクザの約束—  作者: Tatsuya.Miwakami
11/30

11 包囲

 夕方近く、池袋西口の茶店で黒田将吉と益田郁子は打ち合わせをしていた。

「栄光ファイナンス、ワールドローン、フレンドリースね?」

スマホの地図にピンが3つ立っている。

「そうだ。この三店は系列が別だから、今日まとめて廻ってもバレない」

黒田が続ける。

「借り入れは10万づつ。先ずは少額で様子見だ。俺はここで待ってるから」

頷いた益田郁子は、何か言いたそうに黒田を見る。

「心配すんな。借りた金と引き換えで渡すから」

察した黒田が答える。シャブのことだ。


 益田が店を出てしばらくすると、黒田の携帯にマサルから着信が入った。

マサルは溜まり場のバーを開けるため西麻布に居るはずだ。

「おう、どーした?」

「・・・黒田さん・・・、ヤバイす・・・こ、近藤さんが・・・」

近藤は先日集合した時に、立ち小便に出たきり急にいなくなり、連中は行方を捜していた。

「マサル、近藤見つかったんか?」

「・・・俺・・・怖いす・・・」

マサルは涙声だ。

「おいっ!何があった!?」

他の客が黒田の大声に振り向く。

「黒田さん、こっち、来れないすか・・・」

「はぁ!?テメ、急に何・・・」

「マジすいません・・・お願いします・・・」

黒田は何かを察した。

「チ・・・!わかった、待ってろ!」

黒田は慌てて店を出るとタクシーで西麻布に向かった。


 およそ30分前、マサルは店を開けに西麻布のバーに入った。

冷蔵庫のビールを飲みながら準備を始めたところ、入口の扉の下に茶封筒を見つけた。

「ん?」

拾い上げた茶封筒をライトにかざすと、長方形の紙片が透けてみえる。

マサルが指先を突っ込み紙を取り出すと、すでに屍体になった全裸の近藤の写真が出てきた。近藤は灰色のコンクリの上に、生気無く転がっている。

手足を縄で縛られた近藤の腹のあたりには、生々しい傷跡があり、周辺は赤黒く変色している。

顔や身体のいたる所も無数に変色し、激しい暴行の跡が伺える。

近藤の顔は、苦悶で歪んでいた。

マサルは一気にビールを吐き出した。


 黒田が西麻布に向かっている頃、益田郁子は栄光ファイナンスで申込書を記入していた。すると店長が、応対中の店員に目で合図をし、バックヤードに呼んだ。

「店長、何か?」

店長は益田郁子の免許のコピーを指差し、小声で囁いた。

「この女はダメだ」

「え?額がですか?」

「いや、1円も貸せない」

「ブラック・・・ですか?」

店長が頷く。

「稲吉会から手が回ってる」

「マジですか・・・あの稲吉会が・・・」

この栄光ファイナンスも暴力団傘下だが、例えるなら零細企業だ。最大派閥の稲吉会に楯突くなど馬鹿な真似はしない。

「店長この女、何やったんスか?」

「どうも、闇金だけを狙った踏み倒しの常習犯で、稲吉会の店が相当被害に遭ったらしい・・・。この女以外にも仲間がいるみたいだ」

「マジですか・・・。じゃあ、他店で融資限度額超えてるって理由で、返します」

「よろしく頼む」

店員が店内に戻ると、カウンターに益田郁子の姿は無かった。

益田は、店員の戻りが遅いため嫌な予感がし、一足先に店を出ていた。


 後ろを振り向きながら早足で店から離れ、益田は二店目に行くべきか考えた。

「黒田さん、系列が違うって言ってた・・・」

会話を思い出し、益田は二店目に向かうことにした。借入金を黒田に渡せば報酬のシャブを貰える。手ぶらで帰ってはクスリが手に入らない。

クスリへの渇望感が、この女を突き動かしていた。


 同じ頃、西麻布のバーに着いた黒田が店に入ると、マサルがカウンターでせわしなく煙草をふかしていた。

「黒田さん・・・」

黒田は目で頷き、黙ってカウンターに近寄る。

カウンターには裏返した写真が置いてある。

「・・・これ」

マサルの言葉に黒田が写真をひっくり返すと、薄暗いバーのオレンジのライトに、生々しい近藤の屍体が浮かび上がった。

「う・・・近藤・・・」

黒田は黙って下唇を噛む。

「・・・不味いな・・・奴ら、本気だ・・・」

「どうしたら・・・」

「マサル、皆に連絡してくれ。場所はここだ」

「わかりました。店に来るよう連絡します」

マサルを一瞥いちべつすると、黒田は益田郁子に電話を掛けた。


 二店目のワールドローンで申込み書を書き終えた益田に、黒田から着信が入った。

益田はカウンターを離れ、入り口近くに移動した。

「あ、黒田さん」

「郁子、計画は中止だ」

「え?もう申請してます」

「・・・何か変わったことは無いか?」

益田郁子は声を少し落とす。

「一軒目の雰囲気がおかしかったので、途中で出ました。今、二軒目です。」

「そうか・・・。今日は中止だ。バーに来てくれ」

「あ、はい・・・そうします」


益田は店員に声をかける。

「あの・・・急用で帰ります」

「はい⁈」

「すみません、また来ます」

益田は慌てて店を出ると、タクシーで西麻布に向かった。


 益田郁子の乗るタクシーの後を黒いセダンが尾行していたが、益田は露知らず、バーに近づいていた。


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