11 包囲
夕方近く、池袋西口の茶店で黒田将吉と益田郁子は打ち合わせをしていた。
「栄光ファイナンス、ワールドローン、フレンドリースね?」
スマホの地図にピンが3つ立っている。
「そうだ。この三店は系列が別だから、今日まとめて廻ってもバレない」
黒田が続ける。
「借り入れは10万づつ。先ずは少額で様子見だ。俺はここで待ってるから」
頷いた益田郁子は、何か言いたそうに黒田を見る。
「心配すんな。借りた金と引き換えで渡すから」
察した黒田が答える。シャブのことだ。
益田が店を出てしばらくすると、黒田の携帯にマサルから着信が入った。
マサルは溜まり場のバーを開けるため西麻布に居るはずだ。
「おう、どーした?」
「・・・黒田さん・・・、ヤバイす・・・こ、近藤さんが・・・」
近藤は先日集合した時に、立ち小便に出たきり急にいなくなり、連中は行方を捜していた。
「マサル、近藤見つかったんか?」
「・・・俺・・・怖いす・・・」
マサルは涙声だ。
「おいっ!何があった!?」
他の客が黒田の大声に振り向く。
「黒田さん、こっち、来れないすか・・・」
「はぁ!?テメ、急に何・・・」
「マジすいません・・・お願いします・・・」
黒田は何かを察した。
「チ・・・!わかった、待ってろ!」
黒田は慌てて店を出るとタクシーで西麻布に向かった。
およそ30分前、マサルは店を開けに西麻布のバーに入った。
冷蔵庫のビールを飲みながら準備を始めたところ、入口の扉の下に茶封筒を見つけた。
「ん?」
拾い上げた茶封筒をライトに翳すと、長方形の紙片が透けてみえる。
マサルが指先を突っ込み紙を取り出すと、すでに屍体になった全裸の近藤の写真が出てきた。近藤は灰色のコンクリの上に、生気無く転がっている。
手足を縄で縛られた近藤の腹のあたりには、生々しい傷跡があり、周辺は赤黒く変色している。
顔や身体のいたる所も無数に変色し、激しい暴行の跡が伺える。
近藤の顔は、苦悶で歪んでいた。
マサルは一気にビールを吐き出した。
黒田が西麻布に向かっている頃、益田郁子は栄光ファイナンスで申込書を記入していた。すると店長が、応対中の店員に目で合図をし、バックヤードに呼んだ。
「店長、何か?」
店長は益田郁子の免許のコピーを指差し、小声で囁いた。
「この女はダメだ」
「え?額がですか?」
「いや、1円も貸せない」
「ブラック・・・ですか?」
店長が頷く。
「稲吉会から手が回ってる」
「マジですか・・・あの稲吉会が・・・」
この栄光ファイナンスも暴力団傘下だが、例えるなら零細企業だ。最大派閥の稲吉会に楯突くなど馬鹿な真似はしない。
「店長この女、何やったんスか?」
「どうも、闇金だけを狙った踏み倒しの常習犯で、稲吉会の店が相当被害に遭ったらしい・・・。この女以外にも仲間がいるみたいだ」
「マジですか・・・。じゃあ、他店で融資限度額超えてるって理由で、返します」
「よろしく頼む」
店員が店内に戻ると、カウンターに益田郁子の姿は無かった。
益田は、店員の戻りが遅いため嫌な予感がし、一足先に店を出ていた。
後ろを振り向きながら早足で店から離れ、益田は二店目に行くべきか考えた。
「黒田さん、系列が違うって言ってた・・・」
会話を思い出し、益田は二店目に向かうことにした。借入金を黒田に渡せば報酬のシャブを貰える。手ぶらで帰ってはクスリが手に入らない。
クスリへの渇望感が、この女を突き動かしていた。
同じ頃、西麻布のバーに着いた黒田が店に入ると、マサルがカウンターでせわしなく煙草をふかしていた。
「黒田さん・・・」
黒田は目で頷き、黙ってカウンターに近寄る。
カウンターには裏返した写真が置いてある。
「・・・これ」
マサルの言葉に黒田が写真をひっくり返すと、薄暗いバーのオレンジのライトに、生々しい近藤の屍体が浮かび上がった。
「う・・・近藤・・・」
黒田は黙って下唇を噛む。
「・・・不味いな・・・奴ら、本気だ・・・」
「どうしたら・・・」
「マサル、皆に連絡してくれ。場所はここだ」
「わかりました。店に来るよう連絡します」
マサルを一瞥すると、黒田は益田郁子に電話を掛けた。
二店目のワールドローンで申込み書を書き終えた益田に、黒田から着信が入った。
益田はカウンターを離れ、入り口近くに移動した。
「あ、黒田さん」
「郁子、計画は中止だ」
「え?もう申請してます」
「・・・何か変わったことは無いか?」
益田郁子は声を少し落とす。
「一軒目の雰囲気がおかしかったので、途中で出ました。今、二軒目です。」
「そうか・・・。今日は中止だ。バーに来てくれ」
「あ、はい・・・そうします」
益田は店員に声をかける。
「あの・・・急用で帰ります」
「はい⁈」
「すみません、また来ます」
益田は慌てて店を出ると、タクシーで西麻布に向かった。
益田郁子の乗るタクシーの後を黒いセダンが尾行していたが、益田は露知らず、バーに近づいていた。




