10殺目B シリアスな隊長
ガッちゃんパート
「今日はやけにドロリンコが多いわね。まあ、ガッちゃんの実践には持って来いだけど・・・」
「もう無理です!どっかに逃げて休憩しましょう!」
「泣き言言ってちゃ魔王倒せな"い"わ"よ"!ほら、右から"右から"!」
無数に湧いてくるドロリンコに、ガッちゃんは1時間前からずっと剣を振り続けていた。既に300匹は軽く倒しているだろう。剣が序盤にはありえないくらいに強いため肉体的には疲れていないが、立て続けに殺意を向けられているので精神的にはヘロヘロである。既に2回死んでいるが、平和ボケに慣れているガッちゃんにとってはやっぱりキツイのである。かといって目を背けて現実逃避しても、ドロリンコ達は我関せずとしてガッちゃん目掛けて針を突き出してくる。それらをヤタラメッタ斬りでバラバラにし、次々に寄ってくるドロリンコ達に再び剣を突き付けて、
「ハア・・・ハア・・・もう無r・・・」
ガッちゃんが再び泣き言を言おうとした、その時である。
「っ!!」
アンが何かを察知し、ガッちゃんに向かって火炎弾を放つ。突然自分に飛んで来てビビったガッちゃんは、体を大きく横に反らした。
「フギャッ!?」
火炎弾はガッちゃんの右肩スレスレを飛んでいき、反れた勢いでガッちゃんは変な声を上げて地面に倒れる。何事かと思って自分に向かっていた火炎弾を見ると、それは既に着弾しており、人型の炎と化して目標を包み込んでいた。
「何!?何か出たの!?別の敵!?」
「落ち着きなさいガッちゃん・・・。ちょっとヤバいのが来たわよ」
焦るガッちゃんを落ち着かせようとするバブルスだが、彼の言葉から濁点が消えている。そのハゲ頭もうっすらとかいた汗によって、一層輝きを増していた。もちろんピンクのレオタードも汗ばんできており、ガッちゃん的には見たくもない絵面になっているのだが、今はそれどころではない。ガッちゃんは再び人型の炎を睨んだ。
「・・・・・」
炎に包まれた、輪郭だけでも男と分かるそれは、両手を組んだまま沈黙している。ただ立っていだけにも拘らず、両脚は力強く伸び、足裏はしっかりと大地に噛みついている。周囲にいるドロリンコ達も動きを止めてボーっとしており、両手をダランとしている。そんな対照的な光景と奇妙な緊張感がしばらく続き・・・
「私の動きに気付くとは・・・良い仲間を見つけたな勇者よ」
最初に沈黙を破ったのは炎に包まれた男であった。男は覇気のこもった声で一言呟くと、組んでいた腕を勢いよく解いた。
「フンッ!」
鼻息一つで気合を入れて解かれた腕は、唸りを挙げて炎を蹴散していく。どういう原理かは分からないが、とりあえず消し飛んだ。バトル系のおやくそくである。炎の中から姿を現した男は、自身の巨躯の調子を確かめるように屈伸をした後、鋭く赤い目で勇者を眺めた。
「魔王様にたてつくなど不届き千万。ここからはこの私、魔王軍第三隊長のガトー・カカオマスが相手をしよう。先程までのドロリンコはほんの小手調べ。ここで貴様らの旅は終わりだ」
丁寧に自己紹介とドロリンコが多い理由を述べる巨漢は、ガッちゃん達に対して拳を構える。気が付けばドロリンコ達は消えていた。おそらく小手調べは終わったから引かせたのだろう。そしてそれは、自分1人でも相手をする自身があるということだ。それに気付いたアンとバブルスは警戒を強めるが、ガッちゃんは、
「もう魔王の方に勇者のことバレてるじゃん!隠密行動意味無いよこれ!?」
「だから貴様らの旅は終わりなのだ。経験が乏しいのは分かるが、最後ぐらい勇者らしく振る舞え」
現状に突っ込みを入れるガッちゃんだが、ガトーは表情一つ変えずに死の宣告をする。それを聞いてガッちゃんはちょっとチビりかけるが、ガトーの言葉に疑問を持つとおずおずと聞き返した。
「死ぬのは嫌だけど、仮に死んでも信頼と安心の神父達が・・・」
「それだが、ファストの方には既にゲリラ分隊を向かわせた。手薄な今が攻め時だと思ったからな。神父達もただでは済まないだろう」
「んひー」
死に対する唯一の希望を打ち砕かれるガッちゃん。もうダメかと思ったが、アンとバブルスが視線をこちらに向けてくる。
「そうだ・・・俺には仲間がいる。まだ弱くてチート武器装備してもヘロヘロな俺に付いて来てくれた仲間がっ・・・!」
仲間から無言の信頼を向けられ、自分の立場を改めて理解した。まだ出会って一日ぐらいしか経っていないが、ガッちゃん自身が勇者であることと、互いに共通の敵を持っているという点で、それなりの信頼は得ている。ならば、それに応えなければここからの旅を続ける資格は無い。ここでへばっていたら勇者では無いのだ。
ガッちゃんは突き飛ばされて座っていた体を起こし、決意を込めて剣を握りしめる。もう先のドロリンコのときのようなヘタレでは無い。今のガッちゃんを支えているのは仲間からの信頼と、勇者としての心である。
「そうだ。その状態の勇者を倒さなければ意味がない・・・!」
やる気を見せたガッちゃんを満足そうに眺めるガトー。構え続けていた拳をさらに固め、いつでも飛び出せるように姿勢を低くした。
「いくぞ・・・!勇者とその仲間たちよ。この場が魔王様の勝利を決定する・・・んっ?念波?」
いかにも正々堂々とした悪人らしいセリフを言うガトーであったが、途中でそれを中断する。ガッちゃんやアン達もそれらしく軽口を返す準備をしていたが、そのタイミングの悪さに拍子抜けした。
「・・・・・ふんふん・・・・・何ぃ!!」
誰かと電話をしている様な雰囲気を出すガトー。念波だか何だか言っていたので、おそらくテレパシー的な奴だろう。ガッちゃん達はチャンスだから斬り込むべきか大事を取って様子を見るか悩んでいた。それが決定する暇も無く、ガトーは早急に誰かとの念話を終わらせて、焦った顔でガッちゃん達の方を向く。
「勇者よ!私は急用が出来た。命拾い出来て良かったな!さらばだ!」
「ちょ!?待っ・・・」
ガッちゃんが問い詰める前に、ガトーはシュンッとその場から消え失せた。再び3人だけになったガッちゃん達は互いに顔を向かい合わせる。
「ヤバそうな雰囲気出てた人がいなくなったけど・・・」
「まあ、運が良かったからこれでいいんじゃないかしら」
「そう"ね"。あ"の"ま"ま"戦ってい"たら"負けていたわ"よ私達」
ホッとするアンとバブルスを見て、本当にヤバいやつだったんだなと思うガッちゃん。3人は運が良かったことを噛みしめ、再び草原を北西へと歩き始めた。
今週は研究が忙しかったので更新遅れちゃいました。最低でも1週間に1話投稿を守っていきますのでよろしくお願いします。