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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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九十九 沙奈子編 「禍福」

時間は少し戻って火曜日の昼休み。僕はやっぱり伊藤さんと山田さんと一緒に昼食をとっていた。プレゼントのことはまだ敢えて触れないでおこう。16日は日曜日だから、その前の金曜日にでも渡そうか。しかし、改まって女性にプレゼントを渡すとか考えると、何だか緊張するな。がっかりされたらどうしようとか、要らないものだったりしたらどうしようとか、つい考えてしまう。


だけど今回のはあくまでお中元みたいなもの。そう。付き合いたいとか好意を持ってる相手に送るプレゼントとは違うんだから、深くは考えない。ようにしよう。そうしよう。


それにそもそも、今日はそういう話をする気分じゃない。英田さんのことを思い出してしまうから。


伊藤さんと山田さんも、さすがにその辺りは気になってるようだった。


「英田さん、今日から出社してるんですよね…」


そう聞いてきた伊藤さんの表情も明らかにいつもとは違ってた。山田さんにも笑顔がない。先週程じゃないにしても、やっぱり沈痛な感じはあった。友達のことはある程度受け止められるようになっても、それとこれとは話が別だからね。


「辛いでしょうね…」


伊藤さんがそう言うと、それ以降は三人とも会話らしい会話にならなかった。


そんな感じで沈んだ気分のまま一日を終えて、家に帰る。沙奈子の待つ家に帰れるのがありがたいと心底思った。「ただいま」って言ってドアを開けたら「おかえりなさい」っていつも通りに出迎えてくれたことで救われたような気がした。


沙奈子はまた絵を描いてるようだった。人形の服を描いてるんだろうなと思った。キッチンのゴミ箱をちょっとのぞき込むと、宅配のお惣菜のトレーが入ってた。ちゃんと食べてくれたんだと安心した。使った茶碗とかも自分で洗って片付けてくれてた。ホントにすごいな、沙奈子は。


風呂に入って何とかさっぱりして出てくると、沙奈子が迎えてくれた。顔を近付けると、「おつかれさま」って頬にキスをしてくれた。「ありがとう」って額にキスを返すと、やっぱりちょっと照れ臭そうに笑ってくれた。その顔にまた救われたような気がした。


当たり前のように沙奈子を膝に寛ぎながら、扇風機だとさすがに寒くなってきたからドライヤーで髪を乾かす。僕の膝で夢中になって絵を描いてる彼女の後姿を見てると、また英田さんの憔悴しきった顔を思い出してしまった。僕も沙奈子を喪ったらあんな顔になるんだろうかと思った。


そんな考えを頭を振って追い払おうとすると、彼女がちょっと驚いたような顔で振り返った。


「あ、ごめん、ちょっと考え事してて」


僕がそう言うと沙奈子はまた正面を向いて絵を描き始めた。彼女の肩越しに覗いてみると、やっぱり人形の服の絵だった。しかも水色のワンピースっぽい服みたいだった。本当に水色が好きなんだなって思った。でも今回は、他にもいくつか絵を描いてるみたいだった。以前は一つ書き上げるごとにそれを切り取って着せてたのに、今回はいくつかまとめてそうするのかなと思いながら見てたら、何か違和感を覚えた。


そう言えば、切り取って着せてた絵って、ぱっと見は服に見えなかったよな。たぶんそれは着せてみて初めて服になるように描いてたからだ。なのに今描いてる絵は、そのまま服に見える。ということは、これは着せるために描いてるんじゃなくて、ひょっとしてデザイン画ってやつなのかな。


それに気付いた途端、沙奈子が何かすごいことをしようとしてるんじゃないかって思った。これは布を使って服を作るためにそのデザインを考えてるんじゃないかって。だとしたら本当にすごい。だから僕は聞いてみた。


「ねえ、人形の服を作りたいのかな」


その僕の言葉に彼女は振り向いて、「うん」とはっきり頷いた。


「布で作るの?」


そう聞くと、絵を描きながらまた頷く。やっぱりそうなのか。そこで僕は、ノートPCを起動させて、WEB検索を掛けてみた。<人形の服の作り方>って感じで。すると簡単な人形服の作り方っていう感じの動画がいくつも出てきた。その一つを見てみると、まさに沙奈子が今描いてるようなワンピースを、針と糸を使って作る動画だった。気付くと沙奈子もそれに見入ってた。


「気になる?」


そう聞くと、何度も頷いた。少し興奮してる感じだった。


「じゃあ、この動画をいつでも見られるようにしておくから、参考にしてみたらいいよ」


って言った瞬間、


「ありがとう、お父さん」


って、キラキラした目で僕を見た。


「まあでも今日はもうすぐ寝る時間だから、作るのはまた今度ね。あと、作るのは僕がいる時だけね。沙奈子一人の時に怪我したら大変だから」


そうだ。針とか大きなハサミとかやっぱり危ないし。こういうので少しくらい怪我は付き物でも、怪我した時の対処はやっぱり大人がするべきだと思うし。


僕の言葉に彼女は素直に頷いてくれた。たぶん、沙奈子だったら言うとおりにしてくれるだろうって気がする。と、見れば針も糸も使わずに作るやり方も紹介されてた。布用の接着剤を使うやり方だ。もしかしたらこれなら僕がいない時でも大丈夫かも知れない。今度、布用の接着剤というのも買ってきてあげようと思った。


そうこうしてる間に寝る時間になった。


「よし、じゃあ寝ようか」


動画を見やすいようにショートカットを作って、デスクトップに置いておく。沙奈子も少しはPCが使えるからこうしておけば分かるからね。


彼女がトイレに行ってる間に布団を敷いて、僕がトイレに行ってる間に彼女は人形の布団を用意して、準備万端だ。二人で布団に入って、僕の腕枕で沙奈子がくっついてくる。僕が額におやすみのキスをすると、彼女も頬におやすみなさいのキスを返してくれた。


でもその時、そう言えば今日は学校のことを聞くのを忘れてたっていうのを思い出し、改めて聞いてみた。


「学校は楽しかった?」


すると沙奈子は僕の胸に子をうずめたまま「うん」って頷いた。


「石生蔵さんはどうだった?」


って聞くと、今度は顔を上げて、「普通」って答えた。そうか、普通かって僕は安心した。彼女が普通って言う時は大丈夫だって今はもう分かる。だとしたら例の不審者の件も特に問題ないってことなのかな。それなら良かった。


再び沙奈子は僕の胸に顔をうずめた。そのまましばらくすると、寝息を立て始める。僕はそれを聞きながら、今日一日のことを思い出してた。英田さんのこと、伊藤さんと山田さんのこと。特に何があったっていうわけじゃないのに、何だか辛い一日だった気がする。それを沙奈子が救ってくれてるのをまた実感する。


英田さんに起こったことが大きすぎて、しばらくこんな感じが続きそうな気がしてしまう。いくら僕が落ち込んだって英田さんの力になれるわけじゃないのは分かってるけど、どうにもできない。


生きるって苦しいっていうのを思い知らされた気もする。だけど同時に、沙奈子が、生きることは歓びでもあるっていうのを教えてくれてるのも間違いないと思ったのだった。


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