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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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九十七 沙奈子編 「作品」

お風呂の後、沙奈子はまた裁縫セットを出してきた。また練習するつもりなんだと思う。だから僕は、古くなって使ってない別のハンカチを出してきて、彼女に渡した。それを受け取ると彼女はハッとした表情になった。何かを思い付いた感じだった。ハンカチを三角に折って人形を手にとって、羽織らせた。それは沙奈子のストールと同じようになった。


さすがにこの人形には大きかったハンカチは、だけどちょうど沙奈子がストールを羽織っているのと同じような感じになった。自分の思い付きが嬉しかったのかすごく目をキラキラさせてる。それからハンカチをいったん人形から脱がせて、針と糸を使って何かし始めた。何をしてるのかは、僕にもすぐに分かった、ハンカチに糸をつけて、フックの代わりにしてるんだ。


その作業はすぐに終わって、彼女は自分が作ったハンカチのストールを、ポンチョのようにして改めて人形に羽織らせた。水色の紙のドレスの上に青味がかった白いストールを羽織った人形がそこにいた。これってもしかして、沙奈子の<作品第一号>ってことになる?。そんなことを思ってた僕に彼女が聞いてきた。


「この子のお布団のタオル、ぬってもいい?」


お布団のタオル…。ああ、沙奈子がいつも人形の布団にしてるタオルのことか。


「いいよ。好きに使って」


僕の言葉に彼女はさっそくタオルを出してきた。もう古くなってきてたタオルだから人形の布団変わりしてもいいと思ってたやつだ。そうしたら沙奈子がたたんだそのタオルに針を通し始めた。それを見て僕もすぐにピンときた。たたんで使ってたのを、本当に人形の布団にしようと思ってるんだ。


チクチクチクチクと、決してスムーズとは言えないけど丁寧に根気強く彼女はタオルを縫っていった。30分ほどかけてタオルの布団が一枚完成して、そのまま次の作業に移る。今度のはさっきのよりたたむ回数を調節して一回りほど大きいものだった。そうか、さっきのが敷布団で、今度のは掛布団ってことだな。


また同じように針を通して、地道な作業が続いた。全部で1時間半ほどの作業で、人形のストール一枚と布団一組が出来上がった。それがどれほどのことなのか僕にはよく分からないけど、素直にすごいと思った。彼女は自分の手で、人形で使うそれを作ってしまったんだ。


縫い目とかはまだまだ綺麗とは言い難い気がする。布団に至ってはよくある古タオルを再利用した雑巾にも見えてしまう。だけど沙奈子が頑張って作ったものなんだから、そんな野暮なことは口には出さない。誰かに裁縫を習ったわけでもない小4の子が自分だけでこれを作ったっていうのが立派だと思った。


「すごいな。沙奈子。よくできてると思うよ」


布団が雑巾に見えてしまったっていう考えは追い遣って、とにかく感心した気持ちを口にした。沙奈子は照れ臭そうにしながら、だけどどこか自慢げに微笑んでるようにも見えた。そんな彼女を見ながら僕は、これは端切れとかを買ってきてあげたら、本格的にいろいろなものを作るかもって思った。きれいなそういうのを手に入れるまでは、家の中にある着なくなった服とか使わなくなったタオルとかをどんどん使ってもらってもいいかもしれない。


でも今日のところはさすがに疲れたのか、自分で裁縫セットを片付け始めた。これで終わりということかな。時間を見たらもう9時をだいぶ過ぎていた。後は寝る時間までゆっくりするだけだなと僕が思った通りに、沙奈子は自作のストールを羽織らせた人形をずっと眺めて過ごした。


10時前になって「そろそろ寝ようか」って言った僕の言葉に彼女も頷いて、トイレに行った。その間に僕は布団を敷き、僕がトイレに行く間に沙奈子は自作の布団を人形のために敷いていた。


それからいつものように一緒に布団に入って、おやすみとお返しのキスをして、彼女は目をつぶった。その沙奈子の頭を撫でながら、僕は今日のことを思い出していた。


『わたしを捨てないで』


沙奈子のその言葉が、胸に刺さる。それは、彼女が抱いてる不安そのものだと改めて思った。だって、自分のことを捨てるかもとか考えもしない相手にはそんなことを言うはずがないんだから。僕のことを信じたいけどどうしてもその不安が拭えないんじゃないかな。だけどその気持ちは、僕にも分かる気がする。


僕は、自分の両親すら信じられないで育った。そのせいか、他人を心から信じるということができなかった。多少親しい人ができても、その関係は長続きしなかった。そしていつしか他人と親しくなるということ自体を諦めてしまったんだ。誰のことも信じられないから、親しくならなければ疎遠になってしまっても気にしないでいられるからね。


信じたいという気持ちは、僕にも昔は少しくらいはあった気もする。でもその気持ちは報われることはなかった。何しろ血の繋がった両親でさえ、信じるに値しなかったんだから。


ましてや沙奈子は、今まで大人にことごとく裏切られてきたんだ。そんな彼女が僕を信じたくても信じ切れないっていうのがあったとしても仕方ないと僕は思う。いや、むしろ信じられる方がおかしいんじゃないかな。


だから僕は、信じてもらえてないことを悪いことだとは考えないようにしたんだ。僕だって他人を信じられないのに僕のことを完全に信じてほしいなんてムシが良すぎると思ってる。


沙奈子に対しては『信じてほしい』とは言ったけど、それは彼女が僕のことを信じ切れないのが分かっているからこそ言えたことでもあった。僕を完全に信じるような子だったら、そんなことを言う必要もなかったと思う。


ここまで思えるのは、たぶん、僕にとって沙奈子が、ある意味では<もう一人の僕>だからなんじゃないかな。僕が不安に感じてること、信じたいのに信じることができないこと、今はこうして一緒にいられるけどいつか自分が置き去りにされてしまうんじゃないかという恐怖、そういうものが彼女の中にも見えてしまうから、それでもなお一緒にいるためにはどうしたらいいかっていうのを考えてしまうんだ。


だから僕は、沙奈子が何を考えててもいいし、僕のことを信じ切れなくてもいいし、自分のために僕を利用しようとしてるんだとしても、それを全部受け止めたいと思うんだ。そうすることでしか、僕は彼女と一緒にいることはできない。彼女を受け入れることができない。互いに相手を信じ切れない者同士が一緒にいるためには、相手に裏切られてもいい、騙されてもいいっていう覚悟が必要なんだと僕は思った。


そして人間は、忘れる生き物だ。『一生の誓い』とか言って宣誓したことでもほんの何年かで忘れてしまう。心変わりしてしまう。じゃあ、忘れないためには、心変わりしないためには、いつでも何度でもその誓いをやり直せばいいんじゃないかな。そのために僕は、何度でも何度でも何度でも何度でも自分に言い聞かせなきゃならないし、言い聞かせる。


他人がどういう風にしてるかなんて僕は知らない。他人のやり方なんて関係ない。これは、僕が沙奈子と一緒にいるために必要なことなんだ。そのことを、沙奈子が気付かせてくれたんだよな。


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