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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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九十二 沙奈子編 「挨拶」

ホットケーキを食べた後、片付けをして少し寛いで、それから昼の勉強を始めた。割り算にも慣れてきたんだっていうのは間違いない感じだった。すごく早いっていう訳ではないにしても、最初の頃と比べると全然違う。一時間でできるページ数が確実に増えてる。何より問題を解いてる沙奈子自身に余裕があるのが見てても分かる。


それにしても、毎回毎回、同じような問題ばかり解いてて飽きないのかなって、自分がやらせておいて今さらながら心配になってしまう。だけど嫌がってるように見えないのは彼女の特徴なのかもしれない。地道な努力を淡々と続けられるっていう。もしかしたら、できるようになっていくことが楽しいっていうのもあるのかな。


勉強を終えて、今度は買い物に行くことにした。


「よし、じゃあ買い物に行こうか」


そう言う僕に沙奈子が「うん」と頷いてくれる。今日は晴れたから、自転車に乗って行こう。ミネラルウォーターを箱で買うつもりだったし。そして二人でスーパーに向かったのだった。


スーパーに着いた僕は、まず日用品売り場に行った。非常用持ち出し袋っていうのを買うためだ。基本的に必要になりそうなものが袋に入れられてセットになって売ってるはずだった。防災コーナーと看板がかかったところに、それはあった。さっそくそれをカゴに入れて、それから他にどんなものが売ってるのかを見た。


防寒用のアルミシートとか、ヘルメットとか、エンジン式の発電機まで売ってた。発電機にも興味はあったけど、さすがにここまでは大袈裟かなと思う。だいたい、普段は使い道無くて邪魔になりそうだし。アルミシートとヘルメットはあった方がいいのかなと思ったら、アルミシートは僕が手に取った非常用持ち出し袋にも入ってた。でも予備はあってもいいかもしれないし、アルミシートを二枚、カゴに入れる。ヘルメットは、沙奈子には自転車用のヘルメットがあるし要らないかなと思いつつ、折りたためるのが売ってたから、それを二個カゴに入れた。普段は非常用持ち出し袋に入れておけばいいか。


他にも何か必要そうなものはあるか、それはいったん、家に帰ってからゆっくり考えることにしよう。思い付いた時に順次買い足すようにすればいいか。だからそこでまず会計を済ました。


それから非常用持ち出し袋にアルミシートとヘルメットを入れてひとまとめにして、地下の食品売り場に向かった。荷物が多くなるのが分かってたから、今日はカートを使う。まずは2リットルのミネラルウォーターが六本入った箱をカートに乗せた。それからマーガリンとか卵とか煮干しとかプチトマトとか冷凍食品とか、いつもの食材も沙奈子に手に取ってもらってカートに入れる。


と、その時、


「山下さん、こんにちは」


ってまた声を掛けられた。今度は僕の全く知らない女の子だった。沙奈子が「こんにちは」って応えると、その子は手を振りながら行ってしまった。沙奈子も小さく手を振って見送った。


「同じクラスの子?」


僕がそう尋ねると彼女は「うん」と頷いた。そうか。そうだよな。僕が知らないだけで、沙奈子と顔見知りだっていう子は少なくとも学校には何十人といるんだ。なんだかちょっと不思議な感じがした。沙奈子の世界もどんどん広がって行ってるのかもしれない。


買い物を終えると、かなりの荷物になった。沙奈子にも荷物を一部持ってもらって、自転車のところまで来た。そしたらまた「こんにちは」って声を掛けられた。今度も別の僕の知らない女の子だった。その子はお母さんらしい女性に連れられてて、その女性が会釈をしてくれたから僕も慌てて会釈を返した。顔は知らない。名前も知らない。ただその女の子と沙奈子が顔見知りだっていうだけだ。


「また同級生なのかな?」


その女の子とお母さんらしい女性がスーパーに入って行ったあと、僕はやっぱり沙奈子に尋ねてみた。「うん」と頷く彼女にさらに聞いてみる。


「何ていう子?」


その問い掛けに沙奈子が答えてくれる。


柄谷からたにさん」


そうか。って思ったけど、顔と名前を覚えてられる自信はなかった。昔から他人と関わることを避けてきたからか、あまりそういうのは得意じゃないし。


しかし今日はよく声を掛けられる日だな。ああでも、日曜日だし天気もいいし、子供を連れて買い物とかに出てる人も多いってことか。


そんなことを思いながら荷物を自転車に積み込んでいく。ミネラルウォーターは後ろのカゴに。ちょうどぴったり収まるサイズだった。そういうのを考えて作られてるんだなって感じた。非常用持ち出し袋は買い物袋から出して背負って、前カゴには食材を入れた。よし、これで帰れるかな。


僕が荷物を積んでる間に、沙奈子は自転車用のヘルメットをかぶった。特に暑かった頃は帽子をかぶってもらってたけど、今は自転車に乗る時はヘルメットをかぶってもらってる。プロテクターまではさすがに大袈裟かなと思って使ってないものの、やっぱり心配だったし。


そして準備万端整って、僕たちは家へと向かう。歩く時とは逆に、自転車の時は沙奈子に後ろを走ってもらった。歩いてる時は彼女がうっかり飛び出しそうになったら咄嗟に掴んだりってできても、自転車だとそうはいかないし。ただその分、後ろを何度も気にしないといけなかった。大人の僕が普通に自転車をこいだら沙奈子がついていくのは大変だからね。彼女のペースに合わせてゆっくり走りながら、それでもちゃんとついてきてるか、危ないことをしてないか、しょっちゅう意識して走ってる。今日は荷物が多いから特に大変だ。


信号とかで立ち止まる時は僕の横に並ぶから、その度に顔を見合わせてニコっと笑いかける。すると沙奈子もニコって笑い返してくれた。そういう様子も可愛いなあ。するとその時、


「あら、可愛らしい子ねえ」


って声がして、思わずそっちを振り向いたら、年配の女性がニコニコ笑いながら僕たちを見てるのが目に入った。ぜんぜん知らない人だった。


「娘さん?。おいくつ?」


そう聞かれたから、「10歳です」って思わず答えてた。そしたらその年配の女性は改めて沙奈子に向かって言った。


「そう、お父さんと一緒にお出かけ嬉しいね」


そう言われて沙奈子も大きく頷いた。さすがに彼女も知らない人みたいだったのに、僕と一緒だからかそんなに警戒してる感じはなかった。そんな沙奈子の様子に女性はさらに目を細めて今度は僕に向き直って言った。


「若いお父さんなのに、娘さんがこんなにニコニコ笑えるなんて、すごく立派ね。これからも娘さんがこんな風に笑えるように頑張ってあげてね」


『立派ね』。その言葉を聞いた時、僕は胸が詰まる感じがした、何かが込み上げてきて、目が潤んでしまうのが自分でも分かった。ただの社交辞令かもしれないけど、そんな社交辞令が出てくるくらいには僕と沙奈子の姿は他人からもそう見えるんだって感じた。


信号が変わって、僕はその年配の女性に何度も頭を下げながら走り出した。沙奈子もそれについてくる。そんな僕たちを女性は見守るように見てくれていたのだった。


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