表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
90/2601

九十 沙奈子編 「邂逅」

「あ、山下さん。こんにちは」


後ろから不意にそう声を掛けられて、僕はその声の方を振り返っていた。沙奈子も声の方を見た。


それは、子供だった。男の子と女の子の二人組の子供だった。男の子の方は僕もよく知ってる子だった。山仁やまひとさんの息子さん、大希ひろきくんだ。


でも女の子の方は、どこかで見たことある気がするけど、思い出せなかった。大希くんよりもけっこう背が高くて、ちょっと気の強そうな感じのする、視線に力のある女の子だった。誰だろう。すると沙奈子が静かに言った。


「やまひとさん、いそくらさん」


その声に、僕はハッとなった。そうか、この女の子が石生蔵さんか。


「山下さんも学校行ってたの?」


大希くんが沙奈子に話しかける。さすがに慣れた感じだった。


「ひなんくんれん…」


沙奈子がそう答えると、さすがにそれだけじゃよく分からなかったみたいで、「え?」って聞き直された。だよな。避難訓練の一言だけじゃピンと来ないよな。


「もし地震があったらどうやって学校に避難するかっていう避難訓練してたんだよ」


僕がそう言ってフォローすると、「そっか」って納得してくれたみたいだった。


「大希くんたちは学校で遊んでたの?」


と、今度は僕が聞いてみる。すると彼は大きく頷いて答えてくれた。


「うん。そしたら石生蔵さんもいたからこれから一緒に帰るとこ。お昼ごはんだから」


僕に対しても屈託のない朗らかな感じ、彼はすごく幸せなんだろうなって素直に思えた。だけど石生蔵さんの方は、さっきから一言も口をきいてなかった。ちょっと様子を見てる感じにも思えた。ただそれは、沙奈子に対してのものじゃない気がした。彼女を睨んでるとか、そういう印象はなかった。どっちかと言うと僕に対してのものって感じがする。もしかしたら知らない大人がいることに緊張してるのかもしれない。それは別に自然な反応か。


「山下さんも家に帰るの?」


大希くんに聞かれて、沙奈子が答える。


「うん、帰ってホットケーキ作る」


その瞬間、それまで一言も口を利かなかった石生蔵さんが急に声を出したのだった。


「え?、ホットケーキ!?。いいなあ…」


その反応にすかさず僕は聞いてみた。


「石生蔵さん、ホットケーキ好き?」


すると石生蔵さんは普通に答えてくれた。


「うん。でもお姉ちゃんすぐ焦がすから。上手に出来たのは自分のにして私には焦げたのしかくれないの」


ああ、何か姉妹あるあるなのかな、それって。僕がそう思ってると、大希くんが言う。


「そっか、かわいそう」


でもそれに続けて大希くんがさらに言った。


「僕のお父さん、ホットケーキ作るのは上手だよ。お母さんより上手ってお姉ちゃん言ってた」


う~む。これは自慢なのかただの情報なのか。それにしても山仁さんもホットケーキ作るんだって思ってると、石生蔵さんが羨ましそうに言った。


「え~?、いいなあ~」


その時、意外な人物が口を開いた。


「私、自分で作れる…」


沙奈子だった。沙奈子がポツリとつぶやくようにそう言ったのだ。それに石生蔵さんが大きく反応する。


「え!?。ホント!?。すご~い!。私も自分で作れるようになったら上手に出来るかな?」


石生蔵さんも驚いたかもしれないけど、僕はもっと驚いたかもしれない。まさかこういう流れでそんなアピールをするとは思ってなかったからだ。確かに前回なんかは僕は手伝ってるだけで、ほとんど沙奈子にやってもらったみたいなものだった。まだ完全に任せきりにするには不安でも、僕が見てる前でなら一人でも作れる気はする。ただ、ひっくり返すのはまだやってないから、それはどうするんだろうと思わなくもない。でもこれはチャンスだと思った。せっかくだからもっと仲良くなってもらえるかもしれないって感じた。だから僕は言ったんだ。


「もしよかったら、今度一緒に作る?」


正直言って大人としての社交辞令が半分だった気もする。それでもこれでもっと沙奈子と親しくしてもらえるならっていう気持ちも確かにあった。すると石生蔵さんのテンションがさらに上がった。


「作りたい作りたい!」


足をじたばたさせ、興奮してるのが分かった。さっきまで僕のことを警戒してる風だったのが嘘みたいに目をキラキラさせてた。だけど…。


「じゃあ、おうちの人に許可してもらえたら、一緒に作ってもいいよ」


僕がそう言うと、石生蔵さんはハッとなって言葉を詰まらせ、困ったような顔をした。足をじたばたさせるくらいに興奮してたのが一気に冷めるのが見えた。その反応に、もしかしてそういうの許してもらえない家庭なのかなっていうのが僕の頭をよぎった。


「今日とかじゃなくてもいいよ。沙奈子ちゃんのおうちでホットケーキ作るっていうのをちゃんと家の人に説明して許可してもらえたら、沙奈子に言って。土曜日とか日曜日だったらいつでも大丈夫だから」


そう言った僕に、石生蔵さんは少し俯いたまま頷いた。何か地雷っぽいのを踏んでしまったのかもしれない気もする。そこで結局、話は続かなくなって、みんなで一緒に歩いて帰った。まず石生蔵さんが家の近くに着いたっていうことで別れて、次は大希くんとも別れた。


沙奈子と二人だけになって僕は、石生蔵さんのことを思い出してた。確かに石生蔵さんの沙奈子に対する態度に何か棘とかそういったものは感じなかった。念のために沙奈子に聞いてみる。


「さっきの石生蔵さん、普通だった?。いつもあんな感じ?」


僕のその問いに、沙奈子は「うん」と頷いた。そうか、じゃあもう石生蔵さんとの関係についてはそんなに心配しなくてもいいのかな。ただそう思うのと同時に、最後の方の反応のことが、僕は少し気になっていた。友達の家でホットケーキを作る許可をもらうのにあんな顔をするなんて、ちょっと普通じゃない気がした。


ただ、沙奈子がもし他の子の家でホットケーキを作るなんていう話になったら僕も少し慎重になってしまう気もする。迷惑にならないかとか、何か事故があったりしたらどうしようとか考えると、そんな簡単に『いいよ』とは言えないかもしれない。もしかしたらその程度の感じで石生蔵さんの家の人も簡単に許可をくれないだけかなと思わなくもない。


それならいいんだけど、でも石生蔵さんが沙奈子にきつく当たるようなことをせずにいられなかったのが本当に恋心のせいだけなのかが分からないから、もしかしたら家庭の問題が影響してるかもっていう懸念はどうしてもあった。さっきの反応がそういう家庭の問題に関係するものじゃなければいいけどって思ってしまう。


だけど今回、石生蔵さんっていう子と実際に会ってみて、やっぱりただ毛嫌いするだけじゃ駄目かもしれないっていうのも実感した。沙奈子に意地悪した子だからっていうだけで悪い子だって決め付けてしまうのは違うんじゃないかとも思えた。ホットケーキが好きでホットケーキの話でテンションが上がってしまうなんて、普通の子だもんな。


そういうところを知ることができたのは幸運だと、素直に思えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ