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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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八十八 沙奈子編 「想定」

今日も、二人で近くのコンビニでサンドイッチを買ってきて朝食を済ませ、掃除と洗濯とご飯の用意をして、朝の勉強も終わらせた後、僕は沙奈子に言った。


「今日は、地震とかあった時の避難訓練をしよう」


唐突な提案にはさすがに彼女も少し呆気にとられたみたいだった。でもすぐ気を取り直して、「はい」って応えてくれた。


「今日はまだもしもの時に持っていくものが決まってないからこのままでいくけど、とりあえずこの辺だと避難の場所は沙奈子の学校だと思う。そこまで一緒に歩いていこう。その間で何か気を付けないといけないこととかあるか確かめながら歩こうって思う」


僕の言葉に頷きながら、沙奈子が靴を履いた。部屋を出て、まずはぐるっと周囲を見回して、僕は彼女の目を見ながら丁寧に言った。


「もし、沙奈子が一人の時に地震が起こったら、とにかくまず机の下に隠れて。それから、地震が収まって逃げられそうなら、学校に向かって。その時は、何も持たなくていい。大事なものは、安全になってから僕と一緒に取りに来ればいいから」


頷く沙奈子にさらに言う。


「沙奈子が一人だけの時はとにかく、安全なところ、今日は学校が一番安全だということで目指すけど、とにかく危なくないところに避難するように。僕を探そうとか僕に会いに行こうとかしなくていい。沙奈子は自分が危なくないところに行くのだけ考えてくれたらいい。僕が沙奈子を探すから。沙奈子が危なくないところにいてくれたら、必ず僕が見付けてあげるから。それまで待っててほしい。いいね?」


そう言うと、彼女は深く頷いて言ってくれた。


「分かった。お父さんの言うとおりにする」


僕を見上げる彼女の頭を撫でながら、顔が思わず緩む。


「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」


そして僕と沙奈子は、学校を目指して歩きだした。


やっぱり、この近くである程度の開けた場所と言ったら学校の校庭くらいしかない。次に広いのはコンビニの駐車場か。公園はあってもほとんど小さな児童公園だから、安全っていう感じはしない。だったらコンビニの駐車場の方がよっぽど広いし安全そうだ。でも今日のところは学校を目指す。それを基本ってことにする。


通学路については沙奈子の方がよく知ってるから僕は後からついていく。


学校までは、彼女の足でも10分程度のはずだった。この辺りは、幹線道路の方に出ないと、迷路みたいに入り組んだ、自動車も入ってこれないような狭い道が多かった。通学路は、一応、自動車も通れる程度の道が指定されてるらしい。その通学路を通って学校を目指すことにした。


でも実際に通学路を通ってみると、指定された道から少し脇道に入るだけで迷ってしまいそうな気はする。これは確かに通学路に従っていかないとかえって危なそうだ。割と古そうな家も多いから、大きな地震とかになると倒れて完全に道が塞がったりするかもしれないし。


辛うじて自動車がすれ違える道を歩いていく。ここまで一台も自動車を見てない。今日はたまたま特に少なかっただけだとしても、普段からこの辺りに住んでる人しか通らないんだと感じた。そう言えば僕が以前に個人懇談で学校に行った時は、通学路がよく分からなくていったん幹線道路に出てから、そこからならほぼ一本道っていう道を通って行ったんだった。あれはかなり遠回りだった気がする。


僕は、隣の県から就職で出てきただけで元々地元の人間じゃないから、ぜんぜん詳しくないんだよな。普段、出歩かなかったし。僕が子供の頃に住んでたところはもう少し田舎で、道もここまで入り組んでなかった。それがまた面倒くさくて駅に行く道くらいしか覚えなかったんだった。しかもその道も、幹線道路を基準にした遠回りな道だったし。そう言えばその途中に沙奈子の学校の近くを通るんだったな。


それにしても、完全な住宅街の中を通ってるのに、思ったほど人の姿も見ないな。今日が日曜日だっていうのもあるんだとしても、ちょっと気になった。意外と人の目は多くないかもしれない。


ただ、子供が多かった頃なら、いかにも小さな子が昔の遊びをして、それを近所のお年寄りが見守ってそうな路地って感じもする。今ではそういう風情はなくなりつつあるのかも。


こうやって自分の足で歩いてみると、いろんなことが見える気がする。住宅街の路地にも子供の姿があまりないとか、それどころか意外と人の姿を見かけないとか、こういう感じだと意識して子供を見守るようにしないと思った以上に人の目が少ないかもしれない。学校からのプリントに、登下校時に散歩をするとか買い物に出かけるとか、なるべく人の目を多くするように協力してくださいみたいなことが書かれてるものがあったのは、こういうことなんだって思った。


ただ、そういうのを別にすると、逆に静かで落ち着いた雰囲気もあるとは思う。こういうの、僕は嫌いじゃない。すごく活気があって見ず知らずの人が気軽に話しかけてくるっていうのは、正直言ってちょっと苦手だった。いや、かなり苦手だった。それもあって、不便じゃないのに賑やか過ぎないここに住むことにしたっていうのもある。


ここはもともと歴史のある街の外れで、昔から地元に住んでる訳じゃない人には割と冷たいって聞いてたけど、僕にしてみればこちらから関わろうとしなければ放っておいてくれるっていう意味ではむしろありがたかった気がする。それにこの辺りは特に、戦後に開発された町だそうだから、意外と他の地域から移り住んだ人も多いらしいし、すごく歴史があるっていう印象もあまりない。名所旧跡はあちこちにあるらしいけどね。でも僕はまだその詳しい場所も知らない。近所のおいしいレストランとか、雰囲気のいい喫茶店とか、そういうのもぜんぜん知らない。


僕は本当、自分が住んでるところのことを何も知らなかったんだなって改めて思った。これまでは知る必要性も感じなかった。ただ、沙奈子と一緒に暮らしていくなら、全く知らなくていいわけじゃないっていうのも感じた。


そんなことを思ってる間に、自動車が一台通るのがやっとの路地を抜けると、学校が見えた。なるほど、ここに出るんだと思った。僕が駅に行く道がいかに遠回りだったか思い知らされた気がした。でもそんなことは今はいいか。


「学校についたね」


僕がそう言うと、沙奈子が「うん」と頷いた。


校門まで行くと、門はしっかり締まってた。でも中から子供の声は聞こえる。校庭で遊べるけど、出入りはインターホンで声をかけて鍵を開けてもらうようになってるんだと思った。


「遊んでいく?」


って僕が聞いたら、彼女は「ううん」って首を横に振った。やっぱり外で遊ぶのは苦手なんだなと思った。そんな沙奈子に、僕は改めて言った。


「一人で避難してきたら、すごく不安だと思う。僕のことを探したくなるかも知れない。だけど、沙奈子が僕のことを探して他のところに行ったりしたら、僕が捜しに来た時にいなかったら困るだろ?。不安かもしれないけど、怖いかもしれないけど、僕を待ってて。そしたら必ず見付ける。沙奈子のところに戻ってくる。どんなに時間がかかっても必ずね」


そう言った僕を見上げながら、彼女は大きく頷いてくれたのだった。


「うん、お父さんのこと待ってる」


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