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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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八十三 沙奈子編 「接点」

電話で一応無事を確認したとはいっても、不審者がいるという事実がある以上、僕の心配は完全には消えてくれなかった。残業を終わらせて心もち急いで家に帰る。


「ただいま」


玄関を開けて沙奈子の姿を求める。するといつも通りテーブルのところに座って僕を見る彼女の姿が見えた。


「おかえりなさい」


その声の調子もいつも通りなのが確認できてようやく僕は安心したのだった。


風呂に入り落ち着いた後で座椅子に座ると、沙奈子がお疲れ様のキスをしてくれた。するとまた僕は疲れが吹っ飛ぶのを感じた。だけど今日は、あんまり浮かれてるわけにはいかなかった。僕の膝に座った彼女に、電話を掛けた経緯を話した。


「今日の夕方、沙奈子の学校の4年生の女の子が不審者に遭ったらしいんだ」


僕のその言葉に彼女は驚き、そして不安そうな顔を見せた。


「不審者って言っても何かそんなに酷いことをしたわけじゃないみたいだけど、沙奈子ももしそういうのを見かけたら、ランドセルの防犯ブザーを鳴らしたらいいからね」


沙奈子の学校では、生徒全員に防犯ブザーが配られていた。もちろん彼女のランドセルにもそれは付けられてる。だから改めて使い方を説明してあげた。ブザーから垂れ下がってる方の紐を引っ張るだけでいいと説明したら、彼女は大きく頷いた。実際に引っ張ってもらおうかなと思ったけど、夜も遅いしさすがに迷惑になりそうだから今度何かの機会があればにしよう。


「使ったことある?」


って聞いたら、


「学校の授業で使った」


と言ってたし。


そんなやり取りをしてやっといつもの感じに戻れた。沙奈子の人形の服がまた変わってることに気付いたのもその後だった。たぶん、昨日描いてたものだと思う。だからか今日はジグソーパズルをやっていた。完成したそれを机に戻して、彼女は僕の膝に座り直した。僕に自分の体を預けるようにもたれかかり、目をつぶってるのが分かった。彼女もそうして安心しようとしてるんだって感じた。


そんな沙奈子の体をそっと抱きしめた。すると沙奈子ももっと僕に体を預けてくれた。毎日同じようなことをしているように思えても、毎日少しずつ違う。昨日の沙奈子と今日の沙奈子もちょっとずつ違ってる。しかも子供は、すごいスピードで成長してるんだ。その変化を見逃すのはとんでもなくもったいないことだって今なら分かる。


そんなことをしてるとすぐに10時になってしまった。二人で寝る準備を始めて、腕枕をして寝た。僕の方も慣れてきたのか、腕枕をしたままいつの間にか眠ってしまってた。それでふと目が覚めた時に枕と入れ替えたら、すごく腕がしびれてた。でもぜんぜん嫌じゃなかった。沙奈子の為だと思ったら平気だった。それから改めて僕は眠りについたのだった。




翌朝は、いつもの感じの朝だった。


今日は金曜日。やっと週末だ。今夜は沙奈子も僕と一緒にお風呂に入るために待っててくれるかもしれない。なるべく早く帰りたいとは思うけど、仕事次第だからなあ。


「行ってきます」「いってらっしゃい」のやり取りといってらっしゃいのキスの後、僕も改めて行ってきますのキスを沙奈子の額に返した。


嬉しそうにもじもじする彼女に見送られて、僕は会社に向かった。今日も調子よく仕事ができた。一気に片付けたらほとんど残業しなくても済みそうだって思えるくらい快調だった。ただやっぱりこんなに調子がいいのは今だけかもしれないから、昼からは少しセーブしないといけないなって思った。


昼休みにはまた伊藤さんと山田さんのマシンガントークを前に寛いだ。そう、寛いだって言えるくらい二人の存在もすっかり僕の日常の一部になってくれてた。


昼からは少しセーブしながらだったけど、それでも仕事は順調だった。沙奈子がくる以前、こんなに調子が良かったことはなかった気がする。自分がこんなにお調子者だったのかと少し呆れてしまうくらいだった。


残業に入り、社員食堂で夕食をとりながらスマホを見た時、またメールが入ってるのに気が付いた。今度は地域に対して一斉に発信されるエリアメールというやつだった。見ると、警察署が発信した不審者情報だった。内容は昨日のを改めて警察署からの情報として発信されたものだった。その後の情報みたいなのはなかったから、その不審者が捕まったとかじゃないんだって思った。


昨日よりちょっとだけ早く残業を終わらせて、僕は家に帰った。玄関を開けて、「ただいま」「おかえりなさい」のやり取りをしてまた安心した。


「お風呂、一緒に入る?」


そう聞いたら「入る」って言いながら沙奈子が服を脱ぎだした。僕もそのまま服を脱いで、一緒に風呂に入った。


沙奈子が自分で体を洗ってる間、僕が彼女の頭を洗った。気付いてしまったからか、どうしても彼女の首の後ろの痣に目が行ってしまう。それを見る度に、最近は怒りよりも悲しい気持ちになる。誰がやったのか知らないけど、どうしてこんなことができるんだろうと思ってしまう。


二人で湯船に浸かると、沙奈子が「お父さん、おつかれさま」ってキスをしてくれた。僕も「ありがとう」って頬にキスを返した。そして二人で溶けそうになるくらいだらけ切った。


お風呂からあがって扇風機で髪を乾かしてる時、いつものように僕は沙奈子に尋ねた。


「今日、学校はどうだった?」


すると彼女がいつものように「普通」って返してきた。だから、続いてすっかり恒例になった質問を口にした。


石生蔵いそくらさんはどうだった?」


そう聞くと、今度は少し何かを思い出そうとするかのように首をかしげて間をおいてから、


「変な人に会ったって言ってた」


って答えたのだった。それで僕も思わず、


「え?、変な人?」


って訊き返してしまってた。そうしたら沙奈子が答えてくれた。


「きのうの夕方に、変な女の人に声かけられたって言ってた。石生蔵さんのこと知ってたみたいで『負けません』とか言ってたって」


それって、もしかしてメールにあった不審者?。声かけられた女子児童って、石生蔵さんのことだったのか。その事実に、僕は少なくないショックを受けていた。ぜんぜん知らない子のことだったらまだ少し心配っていう程度だったかもしれないのが、自分の知ってる名前が出てきたことでさらにすごく身近なことに思えてしまった。


「石生蔵さん、その人に何かされたって?」


恐る恐るそう聞いた僕に、だけど沙奈子は平然とした様子で答えた。


「ううん。声かけられただけですぐどっか行ったって。変な人っているんだねって言ってた」


その時の沙奈子の様子から、当の石生蔵さん自身がそんなにショックを受けてたわけじゃないんだなっていうのが伝わってきた気がした。沙奈子はそういう時の人の気持ちとか感情に敏感みたいだから、石生蔵さんが怯えてたりしたら沙奈子も怖いと思ってしまうだろうし。


だから少しだけ安心できたけど、でもその不審者っていう人がどうして石生蔵さんに声をかけたのか理由が全く分からなくてどうしても気味が悪かった。『負けません』っていうのも、何を負けないって言ってるのか、僕には想像もつかなかった。


大変なことにならないといいけどって、僕は心の中で願ってたのだった。


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