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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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八十二 沙奈子編 「情報」

山下におでこを舐められてからも、俺は山下を無視し続けた。別に話しすることとかないからな。だけど山下の方も、あれからあんまり俺にしつこくしてこなくなった。なんでか分かんねーけど、付きまとってこねーんならせいせいしたってもんだよな。


けど、急に付きまとってこなくなるのは何か気持ち悪いよな。なに考えてんだあいつ。


別に気になるってわけでもねーけど、別に見てたわけじゃねーけど、何日かしてから、授業中に山下が首の後ろをポリポリ掻いた時、俺はちょっと気になるものを見つけた。山下の首の後ろの方、いつもは髪の毛に隠れてるところに、なんかの痕があるのが見えた。俺にはそれが何かすぐ分かった。俺が知ってるあれだ。


だから放課後、山下を三階の音楽室の前に呼び出した。ここはあんまり人が来ないところだからな。


「お前、首の後ろ、あざがあるだろ」


俺がそう聞いたら、山下は首を押さえながらうつむいた。やっぱりなと思った。だから俺も、靴と靴下を脱いで、足の指を掴んで広げて見せた。


「お前の首のやつ、これと同じのだろ」


そう言って、俺の足の指の間のあざを見せた。丸くて茶色いあざだ。そしたら山下が黙ったまま頷いた。


「お前も俺と同じだったんだな。だからしつこくしてたのかよ」


靴下と靴をはきながらそう言ったら、また山下が黙って頷いた。


「ちぇっ、女に同情されるとか、俺もヤキが回ったってやつかよ」


って言った時、階段のとこらで何かが動いたみたいに見えた。よく見えなかったけど、俺にはそれが誰か分かった。石生蔵いそくら山仁やまひとに違いないと思った。たぶんあいつらも来ると思ってたから別にいいけどな。


その日から俺は、山下のことがあまり気にならなくなった。あいつが俺の近くに寄ってきても、イラッとしなくなった。学校から帰る時に山下が俺の近く歩いててもどうとも思わなくなった。だけど仲間だとか思ったわけじゃないからな。でも、他の奴とはちょっと違うのかなと思ったけどよ。


「…靴、ありがとうな…」


帰ってる時にそんなこと言ったのも、当たり前のことしただけだからな。別に山下だから言ったわけじゃないからな。


ちらっと山下の方を見たらニコニコしてやがったけど、勘違いしたら承知しねーぞって思ってた。





…うわあ…。なんてベタな展開…。


朝方、ふっと目が覚めてまた例の夢の続きを見たんだと気付いた時、思わずそんな風に感じてしまった。しかも結人がデレたところで目が覚めるとか、ベタベタにもほどがあると、思わず苦笑いする。


今日はさすがに起きるにはまだ早い。できればもう少し寝たいなと思いつつ、沙奈子の寝顔を見る。すると昨夜のことも思い出されて、顔が熱くなるのが分かった。


さすがにあれは誰かに見られたら恥ずかしくて身悶えるだろうなあ。二人だけだからいいわけで、人には絶対見せられないよなあ。そんなこと考えてると余計に目が冴えてきてしまった。眠らなきゃと目を閉じるのに、顔が熱くて眠れそうな気がしない。結局、そんな感じで、何とかうとうとまではしても眠れないまま時間が来てしまった。でもまあそんなに辛くはないからいいか。


アラームが鳴って沙奈子も目を覚まして、「おはよう」って声をかけると「おはよう」って応えてくれた。それから後はもういつも通りだった。昨夜はあんな感じだったのが嘘みたいに彼女も普通だった。そうだよな。いつもあの感じじゃおかしいもんな。


それでも、僕が会社に行く時にはまた行ってらっしゃいのキスをしてくれた。昨日よりはお互い照れ臭くなかった。こんな感じでこれも習慣化していくんだろうなって思った。それでもやっぱり、良い気分で仕事に向かえる。英田あいださんの机が目に入るたびに胸が痛んだりもするけど、仕事自体は順調だった。


昼休みにも伊藤さんと山田さんから元気をもらって、午後からの仕事を頑張る。頑張りすぎてペースを上げすぎたのを、夕方以降に少し調節する。


社員食堂で夕食を食べてる時、学校から何か連絡入ってたりしないかと思って見たスマホに、学校からメールが届いてるのに気が付いた。保護者に対して緊急の連絡がある時に使われるやつだった。しかもタイトルを見ると『不審者情報』となっていた。


<不審者>っていう言葉にハッとなって内容をよく見ると、『本日夕方5時ごろ、当校4年の女子児童への声掛け事案がありました。女児に声を掛けた不審者は20歳前後の若い女とみられ、女児の名前を確認したのち、『負けませんから』と意味不明な発言をして徒歩で逃走した模様』って、書かれてた。


「…なんだこれ……」


不審者という言葉からなんとなく僕が連想したのとはかなりイメージが違う内容に、思わず声が漏れてしまった。特に、負けませんからと意味不明な発言をして逃走という部分が本当に意味不明で戸惑ってしまった。


だけど、その文面から受けた印象とは裏腹に、実際にはもっと緊迫した状況だったのかもしれない。若い女性なら安心だっていうわけじゃないかもしれない。そうだよ。どんな人がいるかも分からないのに、笑い話にしていいはずがないよな。それにあの学校の4年の女子児童って言ったら、沙奈子もそうじゃないか。まさか、沙奈子じゃないよな。


僕は思わず家に電話をかけていた。何度かコールすると留守番電話に切り替わった。


「沙奈子、いる?。いたら電話に出て」


普段、沙奈子には、電話には出なくていいと言ってあった。どうせうちにかかってくる電話なんてほとんどセールスだから出る必要がないからだ。だけどメッセージが録音される時はスピーカーから声が聞こえるし、こう言えば僕からの電話だと分かって出てくれるはずだ。そしたら、ガチャっと受話器が上げられる音がして、「もしもし、お父さん?」って声がしたのだった。


良かった。ちゃんと家にいてくれた。僕はとりあえず胸をなでおろした。それから気を取り直して、用件を伝えた。


「沙奈子、今日、何か変わったことなかった?。学校の帰りとかで」


その僕の言葉に答えた沙奈子の声も様子も、いつもと何も変わらない感じだった。


「ううん。普通」


そうか、じゃあ、このメールの女子児童は沙奈子のことじゃなかったんだ。そこで僕はようやく安心できた。


「それならいいよ。ありがとう。今日もたぶん昨日と同じくらいの時間になるから、待っててね」


「分かった。お仕事がんばってね」


そうやり取りして、僕は電話を切った。


やれやれと思った。ただ同時に、今回のメールの女子児童は沙奈子じゃなかったのはよくても、そういう不審者に出会った子がいたのは確かなんだから、良かった良かったでは済まないとも感じた。その子が怖い思いしたんじゃないかと考えるとたまらない気分になった。つい沙奈子とダブらせて考えてしまうから。


本当に何もない良い一日っていうのは案外難しいものなんだなと、改めて感じたのだった。


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