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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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七十八 沙奈子編 「喪明」

火曜日の朝、また少し早くに目が覚めた僕は、今日は先に起きて、まず冷蔵庫の中身を確認した。沙奈子の夕食として買い置きしてある冷凍食品も確認してみる。とりあえず週末までの分は十分にあった。ただ、いつまでも冷凍食品というのはどうかなってふと思った。前日に買って帰ったコンビニ弁当を夕食にするのは、どうしても消費期限が切れた後に食べることになるからまだこっちの方がマシかなと思ってそうしてたけど、いつまでもこのままってわけにもいかない気はする。


だからって僕が作っておいておくというのも、正直言って不安だ。自分が信用できないし。沙奈子がもう少し大きくなったら自分で作ってもらうというのもあるかもしれない。でもそれも今はまだ心配だった。そこで、以前からちょっと考えてた宅配のお惣菜の利用を本気で検討してみようかと思った。一週間分をまとめて送ってもらってってやつだから冷凍したのを解凍する形なのは同じでも、一食それぞれの栄養のバランスとかは考えられてるみたいだし。


こういうやり方してるときっと『手作りでないと愛情が伝わらない』とかいう人もいるんだろうな。けれど僕は思う。僕の母親も一応手作りで料理はしてくれてたのに、その愛情とやらは僕には一切伝わってないよ、って。手作りだから愛情が伝わるんじゃないよな。愛情がこもった手作りだから伝わるんじゃないのかな。いくら手作りでもそもそも愛情がこもってなければそんなのは伝わらないとしか思わない。


もっとも、手作りさえしない僕がいくらそれを言っても負け惜しみでしかないのも分かってるけどね。だから、手作りにこだわる人に対してケチをつけるつもりもないんだ。ただ、自分のやり方を押し付けられても困るなあっていうだけで。その点、山仁さんや伊藤さんや山田さんは、『こういうやり方じゃないとダメ』っていうのを押し付けてくるわけじゃないからすごく助かってる。自分はこう思うっていうのは持ってても、『だからあなたもそうしなさい』っていう圧力は感じなくて、ストレスにならない。


伊藤さんと山田さんについては、最初の頃はかなり戸惑ったりもしたのは正直なところだったりはする。でも、今はもうそんなには感じない。二人は二人なりに一生懸命なんだなって思うだけかな。それに、あんな話を聞いてしまうとね…。


英田あいださんのお子さんのことも併せて、思い出すと胸が苦しくなる。安心しきって眠ってる沙奈子の姿を見ると、つい重ね合わせて考えてしまう。この子が事故に遭ったら…。リストカットとかするようになったら…。込み上げてくるものがあって、涙までこぼれそうになる。


でもとにかく今は沙奈子はこうして落ち着いて寝てくれてるんだ。心配事は心配事として考えても、今はそうじゃないっていう事実も大切だよな。こぼれかけた涙をぬぐって、気持ちを切り替える。まだ一日は始まったばかりだ。


そうだ。沙奈子が起きる時間まではもう少しある。せっかくだから今のうちに宅配弁当の申し込みもしてしまおう。ノートPCを開いてブックマークを付けておいた宅配弁当のサイトで申し込みを行う。もう何度かチェックして検討してたから、決めたらすぐだ。それを終えて改めて朝の用意に取り掛かろうとした時、沙奈子が目覚める気配があった。


「おはよう」


横になったままちょっと焦点が定まらない表情で僕を見る沙奈子に声をかける。


「…おはよう」


そう答えるとやっと頭がはっきりしてきたみたいで、体を起こした。そしてゴミ箱のところに行って、僕の様子を横目で見ながらおむつを脱ぐ気配が伝わってくる。今日はもうトイレに行ってしまってたから、布団を片付けることで沙奈子の方を見ないようにする。それから彼女がトイレに行ってる間に顔を洗い口をゆすぎ、服を着替えた。今日は普通ゴミの日だから、ゴミをまとめてそれをアパート前のいつもの場所に出してくる。その間に、彼女も顔を洗って口をゆすいで、服を着替えて、トーストを焼く用意を始めてた。


それからはもうほとんどいつもと同じように用意を済ませて、彼女の用意もできてるのを確かめて僕は家を出た。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


のいつものやり取りをしながら、『今日は何もない一日でありますように』と願いつつ。


会社に着くと、どうしてもつい英田さんの机に目が行ってしまう。今日もまだ休みのはずだ。その分、仕事は増えてしまうのは仕方ない。何もないことの代わりだと思えばどうってことない。ただ、あまり頑張りすぎて僕の能力以上の仕事を任されるとそれはさすがに困るからちょっとセーブしつつも頑張るつもりだ。


さすがに昨日ほどの動揺もなくて何とか仕事にも集中できそうだ。そのまま特に何もなく、仕事は順調に進んだ。


昼休み、社員食堂に行くと伊藤さんと山田さんがすでに待っていた。


「昨日はお恥ずかしいところ見せてしまいました…」


開口一番、山田さんがそう言った。


「ううん。大事な人のそういうこと思い出したら、冷静でいられなくても全然おかしくないと思う。それよりいつもの山田さんに戻ったみたいで良かった」


僕がそう応えると、山田さんの顔が少し赤くなった気がした。


「あ~、いいなあ、絵里奈えりなばっかり優しくしてもらって~」


伊藤さんがそう言って口をとがらせる。すると僕は、思わず言ってしまった。


「伊藤さんも、昨日はすごく立派だったと思いますよ。友達のこととか、沙奈子のことを思ってくれる気持ちとか、すごく伝わってきました」


以前の僕なら決して口にしなかったような言葉が、自然に出てきてしまった。その途端、伊藤さんの顔も赤くなるのが分かった。


「え~、でも立派って言い方はなんかあんまり嬉しくないかな~」


なんて頭を掻きながら言ってるけど、それが照れ隠しだというのも分かった気がした。でもその時、僕はちょっとした違和感も感じたのだった。なんだか、今日は、二人の印象がちょっと違うような…?。


そう感じてつい二人を見つめてしまったのに気が付いたのか、伊藤さんが言う。


「気が付きました?。私たち、メイクを変えてきたんです」


言われてみたら、伊藤さんは髪をアップにして後ろでまとめてるし目も普通に釣り目な感じだし、山田さんは少し垂れ目気味なのをメイクでそう見えないようにしていたのが割と自然な感じになってる気がする。あれ…?。だけど二人とも、亡くなった友達に似せるためのメイクをしてたんじゃなかったっけ…?。


その僕の戸惑い応えるように、山田さんが口を開いた。


「昨日、仕事が終わってから玲那れいなと話したんです。香保理かほりが亡くなったこと、私たちももうちゃんと受け止めなきゃいけないって。いくら香保理の真似したって、私たちは彼女じゃないからって…」


そう言った山田さんの目はすごく潤んでたけど、だけど何かを決心した感じで僕をまっすぐ見つめてきた。その山田さんの言葉に、伊藤さんも頷きながら言った。


「彼女のことをこんなに話したのは、山下さんが初めてです。私も、山下さんに聞いてもらったら、なんだかこう、胸の辺りがすごく楽になった気がして、ああ、彼女はもう亡くなったんだなあって素直に思えるようになったんです」


そして二人は互いに顔を見合わせて、それから僕の方を向いて微笑った。その時の二人の姿が、僕にはなんだか沙奈子とダブって見えたのだった。


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