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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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七十三 沙奈子編 「価値」

沙奈子にどういう人になってほしいかというのは、あくまで僕の勝手な想いでしかないから、それを押し付けるようなことはしたくないと思う。自分の思い通りにならないからってキレるような人間でいたいとは、僕は思わない。それは、まさに僕の両親や兄のことだから。僕は、あの人たちを見習いたくない。反面教師にすることはあっても、同じことをしたいとは思わない。


でもそれと同時に、あーでもないこーでもないと考えて試行錯誤するしかできないのも事実だった。僕自身がこれまでまともに手本を示してもらってないから、参考になるものがほとんどないし。


僕がおかしな夢を見るのは、やっぱり、そういう状況になったら自分ならどうするかっていうのを無意識に想定しようとしてるからなんだろうなって思ったりする。ただ、さすがに夢なんてのがそもそも無茶苦茶で荒唐無稽なものだから、そのための前提が意味不明だったりするけどね。


それに、登場人物自体が、全員、別の名前や姿形を持ってても結局は僕の勝手な想像、言ってしまえば全員が僕自身なんだから、最初から当てにするのもおかしな話だし、あくまで『そう言えばこんな状況も想定できるよな~』っていうことの元ネタにでもなってくれれば十分だと思うようにしようって感じかな。


ただ、そう思いながらも続きが気になってる僕がいるのも事実だけどね。


そうだよな。僕と一緒にいるようになった以降の沙奈子にだって、僕の知らない時間とか一面とか経験とかがあるんだ。学校での彼女の姿なんて、それこそ僕の知らない彼女そのものだ。僕の夢の中に出てくる沙奈子とは違っても、いや、むしろ違ってて当然なんだけど、それが彼女なら受け入れるしかないとは思ってる。僕は彼女を、僕にとって都合の良い人形にはしたくない。それは、僕の両親がしようとしたことだから。その結果として、兄や僕みたいな人間が出来てしまったんだから。


自由奔放と言えばまだ聞こえはいいかもしれないけど、実際はただ身勝手で我儘なだけの兄。大人しくて真面目と言えばまだ聞こえはいいかもしれないけど、実際にはただ無気力で周囲に流されるだけだった僕。こんなのを作り出しただけの人達なんて見習いたくない。


そんな風に、僕にとって都合の良い人形にはしたくないと思う一方で、僕の目の前であどけない顔をして眠るこの子には兄や僕みたいになってほしくないっていうのも正直な気持ちだったりはしてる。人形としてじゃなく、一人の人間として、自分が大切にしたいと思う人を彼女自身の力で大切にできる人なってほしいと思ってしまう。


これは僕が勝手に思ってることだ。だから押し付けたくはないと考えてる。押し付けたくはないと考えつつ、押し付けにならないように気を付けつつ、なるべくそうなるようにするにはどうしたらいいのか、僕は頭を巡らしていた。


だけど、いつも答えは出ない。妙案は浮かばない。いつだって結局は、やれることをやるしかないっていう結論になるだけだ。やれることをやって、それでその結果がどうなっても、僕はそれを受け止めなきゃいけないって思うだけだった。


僕の頭の中では、ほとんど常にと言っていいくらい、そういう思考が延々とぐるぐる回ってる。そこまでやって、辛うじて今の状態を保ってる。それを思うと自分の駄目さ加減が嫌になってしまうから、考えることそのものを否定するような思考は極力スルーして、とにかくぐるぐる考えてる。


他の人から見たら、きっとすごくイライラするんだろうな。そんな風にも思ったりする。けど違う。大切なのはそこじゃない。そんなことは気にしちゃだめだ。僕は他の誰かのためにやってるんじゃない。誰かに評価されたり認められたりするためにやってるんじゃないんだ。沙奈子のためだけにやってるんだ。それを何度も自分に言い聞かせる。そうしてやっと、僕は今の自分を維持してられる。あまりにも不十分で頼りなくて役に立たない僕の能力とか考え方とかを総動員して、やっと今の状況を保ってられる。


今でも時々、全部投げ出したいっていう気持ちが頭のどこかをよぎることがある。こんな面倒臭いことはやってられないっていう気持ちも自分のどこかにあるのは自覚してる。でも、そうじゃない、そんなのは嫌だ、沙奈子のことを見捨てて後悔せずにいられるわけないじゃないかって思う自分も同時にいるんだ。この子のことが好きだ、大切にしたい、守ってあげたい、この子が幸せになるなら僕の幸せなんてどうでもいいって考えてるのも本当なんだ。


自分に正直になれ、自分勝手で自分だけが楽をしていい気持ちになりたいのが人間なんだって言う人もいるよな。でも、自分に正直になればこそ、この子だけは、この人だけは、何としても守りたいって思ったりすることがあるのも人間なんじゃないかな。


ほんと、人間って面倒臭いよな。矛盾してるよな。そんなことばっかり考えてるなんて、イライラされても仕方ないよな。だけどそれが僕なんだから、どうしようもないんだ。


他人のことなんかどうでもいい、誰が幸せになって誰が不幸になっても僕には関係ない、そう考えて生きてきたのも僕だし、今、沙奈子のためにはどうしたらいいのかぐるぐるぐるぐる堂々巡りをしてるのもやっぱり僕なんだよ。


理解してもらえなくていい。他人から見て価値が無くてもいい。僕は、沙奈子のために今の僕を肯定したい。こうやって彼女が油断し切って安心して静かに寝息を立てられる状況を作れてる僕を認めたい。世の中の誰も認めてくれなくても、僕が僕を認める。彼女の居場所を作ってあげられてる僕を認める。


時には失敗することもある。特に、イライラして怒鳴りそうになってしまったのは大失敗だと思う。そういう失敗をしてしまった場合には素直に謝って改めるようにこれからも心掛けていきたい。大人だって失敗する。間違ったこともしてしまう。でもそういう時は失敗や間違いを反省してちゃんと謝ってやり直せばいいんだっていう手本を示す機会にもなるんじゃないかな。一度や二度の失敗で人生が終わってしまうわけじゃない。命を失うとかの、絶対に回復できない、絶対に取り戻せない失敗じゃない限りはどんなことだって取り返せるんだっていうのを見せられるんじゃないかな。


一度や二度の失敗で家から出ることもできなくなる人って、身近な大人にそういうのを見せてもらってなかったのかなとか思ったりする。間違うな、失敗するなってばかり言われて、間違ったらどうしたらいいのかとか、失敗したらどうしたらいいのかっていうのを教えてもらってないのかもしれないって思う。


僕は、自分が駄目な人間だからこそ沙奈子に教えてあげられることがあるんだって思いたい。こんな駄目な僕でも、たった一人になら、安心して寝られる場所を提供してあげられるんだっていうのを見せてあげたいって思ってる。逆を言えば、それしか出来ないっていうことでもあるけどね。


そうやってまたぐるぐる堂々巡りをしていつもの僕なりの結論に達した時、沙奈子がふっと目を覚ました。


「おはよう」


油断し切った寝ぼけまなこで僕を見る彼女に、僕はいつものようにあいさつしたのだった。


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