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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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七十二 沙奈子編 「反応」

「な、だから大丈夫だって言ったろ。千早ちはや


「そんなこと言って、ヒロだって相当怒ってたクセに。だから鮫島さめじまに何も言わなかったんでしょ」


山下におでこを舐められて顔が熱くなってた俺は、急に後ろから声が聞こえてきたのに飛び上がりそうになった。焦って振り向いたら、そこにはニヤニヤと笑う山仁やまひとと、ムクれた顔で腕を組んでる石生蔵いそくらがいつの間にか立ってた。


俺は顔がもっともっと熱くなってきた。何だよこいつら、いつの間に来たんだよ。顔だけじゃなくて体中熱くなって、何も考えられなくなってた。


「沙奈は怖がりだから、ホントにヤバい奴は分かるんだよな」


山仁がそう言うと、山下がだまってうなずいた。


「その沙奈が鮫島はホントは優しい奴だって言ってるんだから、そうなんだよ」


山下がうなずいたのを見て、山仁は石生蔵にそう言った。でも石生蔵はムクれたままで言った。


「はいはい。そうですね。いつだってヒロが正しい正しい。どうせ私は単純で気が短いですよ~だ」


そんな石生蔵の肩を山仁がポンポンと叩きながらまた言う。


「いやいや、そこが千早のいいところだから。後先考えずに沙奈を助けようとするのは千早しか出来ないことだよ」


そしたら石生蔵がますます口を尖らせた。


「なにそれ、ホメてないし」


なんだよ。なんなんだよこいつら…!。


俺はもうわけが分からなくなって思わず走り出してた。そのまま学校を飛び出して、走って施設に帰った。施設についてから、上履きのままで帰ってきたのに気が付いた。


ハアハア息が切れたけど、どうでもよかった。さっきの顔とか体が熱いのに比べたら全然マシだった。ちくしょう、何だってんだほんとに。


施設の職員のババアに靴のこととおでこの傷のことを聞かれても俺は答えなかった。無視して自分の机に戻った。相変わらずチビどもがうるさいのに今日は気にならなかった。いつもは『お前らも親に捨てられたクセに何がそんなに楽しいんだ』ってイライラするのにな。だけど構ってもらいに来られたらうっとうしいからいつものように寝たふりした。チビの一人が俺のところに来たのを、職員の女が「結人お兄ちゃんは寝てるからね」って言って連れてった。


おでこがズキズキして、それで余計に山下に舐められた時のことを思い出してしまった。


なんだよ、あいつ…。


しばらく寝たふりしてたら、職員のババアが俺に声を掛けてきた。


「お友達が、靴を届けに来てくれたわよ。ほら、起きて。お礼を言わなくちゃ」


ババアは俺が寝たふりしてるのを知ってるから面倒臭いし言うとおりにした。玄関に行ったら山下が立ってた。施設の門のところに石生蔵と山仁が隠れてるのも見えた。


「はい、これ…」


山下が俺の靴を差し出すから、仕方なく受け取った。そしたら山下は頭を下げてそのまま出て行った。何か言いに来たのかと思ったら本当に靴を届けに来ただけかよって思った。山下が門のところまで行ったら石生蔵と山仁が出てきて、三人で並んで帰っていった。俺は黙ってそれを見送っただけだった。


何だか余計におでこがズキズキしてきた気がした。




…もう、すっかりいつものことになったな…。


朝、アラームが鳴るのにはまだ少し時間がある。でも二度寝するには中途半端な時間に目が覚めた僕は、布団に横になったまま、寝息を立ててる沙奈子の顔を見ながら夢の内容を思い出していた。


しかし、今回の彼の名前も結人なのか。苗字も出てきたな。鮫島結人…?。何だかいかにもって感じの名前だな。まあ、夢の中のことだから適当でも関係ないと思うけどね。


それよりも僕が気になったのは沙奈子があんなことするかなってことだった。彼女が結人に怒鳴られて固まったのは金曜土曜の二日にかけて見た沙奈子の様子が元になったんだと思う。だけど、だからって結人の額の傷を舐めるとか、夢にしたって飛躍しすぎじゃないかな。確かにキスするよりは子供っぽいかなとは思っても、でも沙奈子だからなあ。彼女がそんなことするって僕が内心思ってるってことなんだろうか。ちょっと納得がいかない。


あと、石生蔵さんと大希くんのことも僕はどう見てるんだろうって感じだった。あれじゃ完全に沙奈子と結人を応援するサポーターだよな。今まで見た大希くんのイメージとはだいぶ違ってるし、石生蔵さんなんて本人のこともちゃんと知らないのに、何だか申し訳ない気もする。


ただ、大希くんが、怒ってるからこそ結人に何も言わなかったっていうのは、山仁さんに聞いた話から連想したのかもしれないとは思った。


もちろん沙奈子も大希くんもずっと今のままじゃないだろうからあんな風に変わってても変じゃないんだろうけどさ。


それにしても、結人は本当は優しいかあ。まあ確かに、根っから意地悪な人は怯えて固まる沙奈子の反応を面白がったりはしそうだな。それでもっと追い詰めようとする。彼女はきっと、加虐嗜好の強い人間からしたら格好の標的になりそうだ。だけど結人はそうじゃなかった。沙奈子の様子に驚いて気にする感じだった。保健室に行ったのも、結局は心配だったからなんだろう。もしかしたら本当に根は優しい子なのかもって思ったりする。


ああでも、他人の感情とか気持ちとか気分とかに敏感な沙奈子なら、そういうことに気付いてもおかしくないのかな。


そうか、結人が攻撃的なのは、今はまだ弱い自分を、周りの攻撃から守るためだったのかもな。沙奈子がそういうものに対して身を縮めて息を潜めることで回避しようとするのに対して、結人は反発することで攻撃を仕掛けてきたらただじゃ済まないぞっていうアピールをして攻撃をためらわせようとしてるのかもって気がしてきた。


だけど、それは決して効果的なやり方じゃない気がする。沙奈子のやり方は、相手が怯える彼女を見てつい同情してしまう感じじゃないと通用しないし、かと言って結人みたいなのは逆に相手を余計に怒らせる場合の方が多そうだ。結人がもっと力をつけて強くならないと、意味がないかもね。子供のうちじゃ、ただ生意気で乱暴な問題児って思われるだけじゃないかな。


そうか。二人とも子供だもんな。子供だからそういうところが上手にできないんだな。目の前で起こってることに上手く対応できるようにやり方を教えていってあげるのが、大人の役目なんだな。


沙奈子の性格じゃ、結人みたいなやり方はたぶん決して身に付かないと思う。彼女の場合は、相手の嗜虐心を刺激するような仕草や表情をしてしまうことを克服する必要があるんだろうか。それで言うと、50年後の沙奈子らしい女性が、もう一人の結人に対して見せた、相手の挑発や威圧をさらっと受け流すっていう感じも一つのやり方なのかな。


でも、そのやり方を身に付けるには、まず、反射的に怯えてしまう今の状態を克服しないといけないのか。それはきっと何十年もかかることなんだろうな。僕も沙奈子がそういうものを身に付けるために協力したいと、彼女の寝顔を見ながら思ったのだった。


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