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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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七十 沙奈子編 「平静」

深夜。沙奈子のことが心配で、僕は何度も目が覚めた。その度に落ち着いた寝息を立てる彼女を確認してまた眠るというのも何度も繰り返した。でも結局、沙奈子は朝までぐっすりだったと思う。安心したのと同時に、ちょっと拍子抜けした気もしていた。だけどそれでいいんだよ。沙奈子が安心してられたらそれでいいんだ。


ただ、まさかキスの効果だとは思わなくても、結果としてそういうことなのかなと考えたりしてしまう。とにかく気が紛れたんならまあいいか。


朝、ちょっと寝不足な感じのままで起きた僕は、朝食のサンドイッチを買いにコンビニへと行こうとしてた。そうしたら沙奈子も服を着替えて、僕を見る。


「…一緒に行く?」


そう聞くとすかさず大きく頷いた。


と言うわけで、彼女と一緒にコンビニまで往復する。もっとも、コンビニは歩いて2~3分のすぐ近所だから、散歩と言うにもささやかすぎるひと時だった。それでも、日曜日の朝、こうして二人でゆっくり歩くというのもなかなかいいものだなと思った。


コンビニで野菜サンドとたまごサンドを買って、元来た道を引き返す。いつもは車通りの多いコンビニ前の道路も、さすがに空いていた。それをすぐ折れて路地に入っていき、レンタル物置を越えたら僕たちのアパートだ。沙奈子の足に合わせてゆっくりと歩いても5分とかからないその道のりを、手をつないで歩く。


何気なく彼女の顔を見ると、彼女も僕を見上げてニコッと微笑んだ。ああ、よかった。いつもの沙奈子だ。ようやくいつもの沙奈子が戻ってきてくれた。僕は心の中で胸をなでおろしながら、小さくて暖かい彼女の手の感触を確かめていた。


部屋に戻って、さっそく二人でサンドイッチを食べる。沙奈子は野菜サンド、僕はたまごサンドだった。彼女が苦手なツナサンドはもう買うことは無いと思う。ツナサンドは何も悪くないけど。


朝食を終えて、沙奈子が洗濯機に洗剤を入れてスイッチを押している間に、僕は掃除を始めてた。もうほとんど恒例の儀式の様に決まった動きだった。掃除の間も、彼女の顔は穏やかに見えた。どうやら本当に落ち着いたらしかった。


掃除を終えて一息ついて、それからこれも恒例の午前の勉強をする。2年生の漢字だ。間違ったら要らないプリントの裏に何度か書いていってもらう。


勉強の一時間が過ぎ、それでもまだ10時過ぎだったから、せっかくだし散髪に行こうと思った。


「沙奈子、散髪に行く?」


念のためにそう聞くと、彼女はためらうことなく頷いてくれた。


まだ結構涼しかったし、せっかくだからと二人で歩いていくことにした。また手をつないで、ゆっくりと。他人から見たら、ちゃんと親子に見えてるかな。親子以外の何ものにも見えなかったら嬉しいな。これで彼女が暗い顔をしてたり嫌がるそぶりを見せてたら、子供を連れ去ろうとする変質者とかに見えてしまうかな。そんなとりとめのない思考が浮かんでは消えて行った。


途中で何度も彼女と目が合って、その度にお互いにニコッと笑って、ああようやく平穏な日が戻ってきたなと実感する。一昨日、昨日と何だか大変だったのも、こうなってしまうとすっかり過去のことのようにも思えた。


散髪屋では、これまでと同じように前髪は眉のところで、後ろは肩のところで揃えてもらうようにお願いをした。僕も一緒に散髪してもらった。いつも行ってる散髪屋だから、「いつも通りで」で通じた。


馴染みの店員さんが、沙奈子のことを聞いてくる。だけどあまり詳しい経緯を話すのも変だから、


「事情があって姪っ子を預かってるんですよ」


とだけ話しておいた。店員さんにしたってただ話題の一つとして何気なく聞いてきただけだから、それ以上は立ち入ってこない。追加料金でシャンプーもしてもらって、さっぱりした。


散髪屋から家に戻る途中、高校生くらいの女の子と一緒に自転車に乗った山仁さんの息子さんとばったり会った。


「この人、僕のお姉ちゃん。イチコちゃんっていうんだ」


イチコちゃんって呼ばれた女の子は、さすがにどこか山仁さんに似た雰囲気のある、ちょっと飄々とした印象も受ける優しそうな子だった。なるほど家族なんだなって感じた。これから二人で僕たちも行った散髪屋に行くということだった。


「今日はお昼から勉強があるからダメだけど、また明日学校で遊ぼうね」


そう言って、山仁さんの息子さん、大希ひろきくんとお姉さんのイチコさんはバイバーイと大きく手を振ってくれたのだった。沙奈子もそれに応えるように手を振った。


その後部屋に戻ると、今度は先週と同じようにホットケーキを作り始めた。今度は泡立て器を買うのを忘れてる。仕方なくまたしゃもじでホットケーキミックスと卵と牛乳をかき混ぜてもらった。


それからやっぱり袋に書かれたとおりにやって、今日もうまく作れた。沙奈子はニコニコ笑いながらホットケーキを二枚分ほど食べた。よっぽど気に入ったんだと思った。


二人でその片付けをして、一息ついて、午後の勉強をする。そう言えば、山仁さんの息子さん、大希くんも昼から勉強だって言ってたな。今の子供は結構そうなのかな。大変そうって言っていいのか分からない。沙奈子もこうやって勉強してるけどそんなに大変そうにしてるわけじゃないし、山仁さんのことだからきっと楽しく勉強してるんだろう。学校に行けばまた会えるし、お互い頑張ればいいんじゃないかな。


割り算の計算も、少しずつだけど早くなってきてる気がする。


そうして午後の勉強も終わって、今日もまた、買い物に行く。昨日のことをつい思い出してしまうのはあっても、それを怖がってばかりもいられない。いつだってどこに行ったって嫌なことは必ずある。避けられるものは避けるとしても、全部はきっと無理だ。だったらそういうことがあった時にどう乗り越えるかを考えよう。


僕自身に対してそう言い聞かせて、今日は自転車で出かける。散髪屋に歩いて行ったから、買い物の方はもう歩かなくてもいいかなって思って。


いつものスーパーで今度こそ泡立て器を買って、来週分の食材とかを買い込んで、沙奈子の秋冬用の服を買い足して、家に帰る。今日は特に何もない一日だった。良かった。


買ってきたものを整理する間、沙奈子にはお米を研いでご飯の用意をしてもらう。今日の夕食はカレーにするつもりだった。いつものごとく手抜きカレーでも、二人で食べればおいしいよ。と僕は思ってる。


手抜きカレーは30分もあればできてしまうから、それまでやっぱり二人で寛ぐ。この寛いでる時間を使って料理くらいできると自分でも思ったりはしても、僕がそこまで欲してないしそれよりはこうしてスキンシップを…。ってこれも言い訳だな。それは分かってるんだけどね。


僕のそういうダメな部分を沙奈子が見習ってしまったらどうしようって思っても、完璧な人間になろうとして精神的な余裕をなくしてイライラしてしまったら意味がない気もするしで、こういう選択がどういう結果につながるかは、結果が出てみないと分からないんだとつくづく思うのだった。


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