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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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六十三 沙奈子編 「謝意」

相変わらず不可解な夢のおかげでいつもより早く目が覚めてしまったけど、元々沙奈子と一緒に寝るようにしてただけだから別に問題なかったりする。


夢はあくまで夢だから気にしすぎても仕方ないよな。ただ、可能性の一つとしてはもしそうなった場合はどうしたらいいのかっていうのを考察するきっかけにはしてもいいと思ってる。


そんなことを考えてると沙奈子がふっと目を覚ました。何か気配を感じたのかもしれない。


「おはよう」


布団に横になったままで向き合って、そう声を掛けた。


「おはよう」


沙奈子もそう応えて、ニコッて微笑んでくれた。その様子が可愛くて思わず頭を撫でて、それから二人で起き上がった。沙奈子が僕に見られずにおむつを捨てられるように、先にトイレに行った。最近はこのパターンだった。僕がトイレから出たら今度は彼女がトイレに入って、その間に布団を片付ける。


今日は金曜日。週末も含めていろいろゆっくりできるかな。


いつもの通りに沙奈子に見送られて家を出て、仕事を頑張って、昼に、沙奈子が僕と一緒にお風呂に入りたがるのは女性の目から見てどうなのかっていうのを相談できて少し安心してまた仕事を頑張って、今日は7時過ぎに残業も終わることが出来た。


ちょうど仕事が終わって会社から出たところで僕のスマホに珍しく着信があった。水谷先生からだった。もしかしてと思って電話に出ると、


「実は、沙奈子さんと石生蔵さんのことでお話ししたいことが」


って、思った通りの内容だった。僕も聞きたかったからいいタイミングだと思った。


「先週の金曜日の件以降、石生蔵さんの沙奈子さんに対する態度がそれまでとうって変わってすごく柔らかいものになったんです。それ自体はすごく良いことなんですが、ただそれが、これまでの自分のしてきたことに対する反省から来るものなのかは、今のところはまだはっきりとはしていません。もしかしたら山仁さんに対していいところを見せたいという気持ちである可能性もあります」


と、僕が思ったのと同じことを言っていた。やっぱり、近くで見ててもそんな風に感じるんだ。


「ですが、今のところ沙奈子さんにとって不都合があるようには見られませんので、このまま注意深く見守る方向で行きたいと思います」


ということだった。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


僕はそう言って電話を切った。これから先どうなるかはまだ分からないけど、一応、一山超えたっていうことなのかと感じた。今回のことは、放っておいたり対応を誤ると深刻なイジメとかに発展する危険性はあったと思う。それがとりあえずであっても回避できたのなら、素直に喜びたかった。


家に帰る時も、いつも以上に気持ちが軽くなった気がした。


「ただいま」


「おかえりなさい」


のいつものやり取りをした後、せっかく早く帰れたから今日はスーパーに買い物に行こうと思った。沙奈子の裁縫道具を買うのと、伊藤さんと山田さんへのプレゼントを兼ねたお礼の品の下見をするためだった。沙奈子のことで相談に乗ってもらったから、完全にそういう気持ちになってた。


二人で自転車に乗って、スーパーへと向かう。もちろん無灯火は良くないからちゃんとライトは点ける。100均で買った乾電池式のLEDライトを使うと重くならないから昼間と同じように乗れるのが良かった。


スーパーに着くと、まず二階の学用品売り場に行った。思った通り学校で使う用の裁縫道具が売ってて、それを買った。


「学校で使うやつだけど、学校じゃなくても使いたかったら使っていいからね」


僕がそう言うと、沙奈子は「うん」と頷いた。


どう使ってくれるかは本人次第。役に立ててくれたら嬉しいとは思いつつ、押し付けたりしないように気をつけなくちゃね。


その後で一階の婦人服売り場に行った。やっぱり時期的に秋冬物がメインになってて、ストールも売ってた。それをいくつか見て回る。


う~ん。僕が無理なく買えるものといったら3000円前後かなあ。そうすると化繊のになっちゃうか。天然繊維のはさすがに高そうだ。デザイン的にもさすがにすごくおしゃれって印象でもない。でも気軽に普段使いにするにはその方がいいかな。なんてことを考えながら見比べてる時、ふと、何となく沙奈子の方に振り向いた。本当に何となくだったんだけど、今から思えば何か気配を感じたのかもしれない。


見ると、沙奈子の様子がいつもと違ってる気がした。僕に向けられたその視線に何か違和感を感じるような。いつもの穏やかで柔らかい感じじゃない気がする。それどころか、どことなく不穏な印象が無いことも…。


…もしかして、不機嫌になってる?。


そう思った途端に、沙奈子の顔が怒ってるように見えてきた。まさかとは思うけど、ひょっとしてヤキモチ…かな?。


明らかに大人の女の人向けの商品を品定めしてるということは自分のじゃなくて他所の女の人のための品物を見てるってことに気付いた?。そしてそれに対してヤキモチを焼いてるってことなのか?。


そんな風に思うと、なんだかすごく無言の圧力を感じる気がする。これはひょっとして、またやらかしちゃったかな。


女の人と付き合ったことが無いから気にもしてなかったけど、これは沙奈子の女心ってことだろうか。それともあくまで子供として、父親が他の女の人を気にしてるのが何か嫌ってことだったりするのか?。


さすがに聞くに聞けないから本当のところは分からない。とは言え、沙奈子が視線がやけに痛い。まあ、ある程度は目星をつけられたから、今日はこの辺りでやめておこう。実際買うのは別の日。一人だけで…。


…って、それも何か違う気がする。彼女に隠れてこそこそ女の人のものを買うなんて、なんか変だって気がした。だって、別に悪いことをしようとしてるんじゃない。ただお世話になった人にお礼をしようとしてるだけだ。それをごまかすのっておかしいんじゃないか?。


その辺のさじ加減みたいなものは僕には分からない。だけど沙奈子に対してはそういう隠し事をなるべくしたくなかった。もしかしたらそんな難しく考えずにこっそりやるのも気遣いと言えるかもしれなくても、それはあくまで全く気付かれてない状態の時にするのならそういうのもありかもしれないって思った。でもこうやってプレゼントの下見してるのを見られてしまった後でごまかすのって、何だか卑怯な気がした。だから僕は言ったんだ。


「海に行った時に一緒だった女の人、覚えてるだろ?。あの人たち、僕の会社の人でいつもお世話になってるんだ。だからそのお礼をしようと思ってね」


その時の沙奈子の表情は、どう表現したらいいのかよく分からないものだった。驚いたみたいな、怒ってるみたいな、悲しんでるみたいな、とにかく僕も初めて見る表情だと感じた。


その後、家に帰ってからも沙奈子の様子はどこかおかしかった。何となくよそよそしくて、距離を感じた。


確かに、沙奈子にとって伊藤さんと山田さんは、今のところあまりいい印象のない人たちなんだとは思う。でも、沙奈子にとっては苦手な人たちかもしれなくても、お世話になってるのは事実なんだ。それに対して感謝の気持ちを表すことを許さないというのは、ちょっと違うんじゃないかな。僕はそう思ったのだった。


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