六十二 沙奈子編 「正夢」
俺がこの学校に転校してきてもう二ヶ月経った。最近はクラスの奴らとケンカになりそうなこともなかった。俺が相手するほどの奴らじゃないからな。ムカついたら相手に殴らせればいいし。そしたら相手だけ怒られていい気味だって思える。
それに最近、俺のことをカッコいいとか言ってる女子もいる。でもなんだそれ?。頭おかしいんじゃないのか?。
その中でも特に変な奴がいた。山下とかいう、俺の隣の席の女子だった。すげー大人しくて、俺のことをカッコいいとか言ってる女子とは違ってるけど、そいつは最初からやけに俺になれなれしかった。俺がわざと教科書とか出さなかったら自分の教科書を見せに来たり、俺が物を落としたら拾ったり、手を洗って服で拭こうとしたらハンカチを出して来たり、とにかくまとわりついてきてうっとうしかった。
そう言えば、俺が最初にケンカした時も、相手の奴が下級生をイジメてたから助けようとしてただけだって担任に言ってたのもそいつだったな。何のつもりか知らないけど、変なヤツだよな。何で俺みたいのに構うんだよ。こいつが一番頭おかしいと思う。
授業中、なんか気配がしてそいつの方を見たら、笑ってやがったんだ。ニコッて感じで。ウエッ、気色悪い。さすがに俺でも女殴るほど卑怯者じゃないから無視するだけだけど、男だったら殴ってたと思う。それぐらいうっとうしかった。
でもある日の昼休みに、そいつが他の女子に呼び出されて教室を出ていくのを俺は見た。別にどうでもよかったけど、気になったとかじゃないけど、ちょっとその辺ぶらつこうかなとか思って教室出たら校舎の裏で山下が3人の女子に囲まれてるのが見えた。小さな声だったから何言ってんのかは聞こえない。でも何だか雰囲気が悪い気がした。
そしたら山下と向かい合ってた女子が山下の肩を手で突いたのが見えた。それを見た瞬間、俺も何だかムカッてきて、思わず飛び出しかけた。でも俺が飛び出す前に、
「ちょっと、沙奈に何してんの!」
って声が聞こえて、俺とは反対側から飛び出してきた奴が2人いた。女子と男子だった。あれって確か、隣のクラスの石生蔵とかって女と、山仁とかっていう奴だ。そういやこいつら、山下とよくつるんでたよな。石生蔵と山仁が現れて3人の女子はどっかに行ったから俺は結局出ていかなかった。だけどその時、石生蔵が山下に何か言って、山下が急に俺の方に振り返った。
俺はヤバいって思って隠れた。でも山下と目が合った感じがした。
教室に戻ったら山下も戻ってきた。教室の出入り口のところに石生蔵と山仁の姿がちらっと見えた。俺は席について窓の外を見た。山下も席について、「ありがとう」って言ってきた。俺は聞こえないふりをして無視した。
それからも山下は、なぜか分からないけど俺に付きまとってきた。だから俺は、山下を無視するようにしてたんだ。
…って、久しぶりのあの夢か…。
金曜の朝、いつもより少し早い時間に目が覚めた僕は、ここ数日はご無沙汰だった結人の夢を見た。だけど今回の夢に僕はすごい違和感を感じてた。
確かこれって、50年後の話だったよな。なのにどうして結人の学校に沙奈子と山仁さんの息子さんと石生蔵さんがいるんだ。
そう、結人の同級生として出てきた<山下>っていう女の子は、今より少しだけ大きくなった感じだったけど間違いなく沙奈子だった。
わけが分からなかった。これじゃぜんぜん辻褄が合わない。いや、夢なんて元々整合性とか辻褄なんか関係なく無茶苦茶なものだってのは分かってる。分かってるけどなんだこれ?。50年後の沙奈子が結人っていう男の子を里子に迎えてっていう話じゃなかったのか?。自分の脳が勝手に作ってる話とはいえ、もう何が何だか。
本当に意味の分からない内容に、自分で自分に呆れてしまう。僕は一体何がしたいんだろう。
そんなことを考えながら起きる時間までゴロゴロしてようかと思ったら、不意にあることに気が付いた。
あれ?。そう言えば今回の男の子、結人と言えば結人だっていう気はするものの、今回は50年後の沙奈子らしい女の人は出てこなかったよな。
…ということは、今回の彼は結人じゃない?。すごく結人に似てるけど別人で、今回の話はもしかして6年生くらいになった沙奈子たちの話ってことかな。
ああでも、そう考えた方が筋が通るか。
と、そこまで考えた時、僕はまた気が付いてしまった。そうだ。前の夢に出てきた50年後の沙奈子かも知れない女性の旦那さんらしい男の人の顔、どこか結人の面影がある気がする。
そして僕はピンときた。
もしかしてこの話、沙奈子が6年生の時にクラスに転校してきた、結人そっくりの男の子と沙奈子が将来結婚して、50年後に旦那さんに見た目も境遇もそっくりな結人を里子に迎えるっていう話なのかもしれない。そう考えたら話としては辻褄が合うとはいえ、やっぱり訳が分からないのには変わりなかった。
いやあ、つくづく夢って意味不明だな。
まさか予知夢だとか思わないにしても、2年後くらいだと割とそんなに遠くないから、夢の通りになったりするかどうか確かめやすいかな。50年後はさすがに遠くても、今回のはもしかしたら覚えてられるかもしれない。それでもし正夢になったらどうしようか。いやいや、そんなことはさすがに有り得ないか。有り得ないとは思うのに、変にリアルだし内容自体は突拍子もないものじゃないからすごく気になってしまうのも事実だった。
しかし、結人みたいな感じの人が沙奈子の旦那さんかあ。それが現実になったら僕はどうしたらいいんだ。結人はまだ子供だからそんなに怖いとは思えなくても、ああいう感じの子が大人になったら僕はビビらずに相手できるかなあ。
…不安だった。不安しかなかった。正直、この夢は正夢になってほしくなかった。
山仁さんの息子さんだったら、僕もすごくありがたい。山仁さんだったら沙奈子の義理のお父さんとしては大歓迎だ。きっと沙奈子のことを大事にしてくれる気がする。
いや、でも、もし今回の男の子が本当に結人みたいな境遇だったら親とは離れて暮らしてて、実際にはいないようなものだってなったら、逆に相手の親に気兼ねする必要が無いっていう可能性もあるか。もしそうだったらむしろ助かるかも知れない。山仁さんみたいな人じゃなかったら、いっそいない方が…。
あと、石生蔵さんが夢の中で沙奈子をかばってくれてたのは、彼女に優しくしてもらったという話を受けてそうなったのかな。あ、でも、僕は石生蔵さんの顔って見たことあったかな。…あ、ある、クラスの集合写真だ。臨海学校の時の写真だってことで沙奈子がもらってきた写真の中に写ってて、教えてもらったんだった。なるほど、それでか。
何ていろいろ考えてたらとても二度寝できそうになくなった。でもまあいいや。時間が来るまで沙奈子の寝顔でも見ていよう。
別に夢の通りになるとは思わない。思わないけどこの子がどんな人生を送るかは、いろんな可能性があるんだろうな。僕の見た夢もその可能性の一つなんだろう。どういう生き方をするにしても、とにかく幸せになってほしいというのだけは確かだった。
 




