六十一 沙奈子編 「心境」
沙奈子のおねしょのことは、伊藤さんと山田さんにはまだ話してない。と言うかさすがに話せないと思う。二人のことは信用したくても、やっぱりこういうのを知ってる人があまり増えるのはマズい気がするし。だから沙奈子の謎のこだわりについては謎のままでも仕方ないか。別に困ってるわけでもないからね。
昨日の対立のことなんて無かったみたいに二人の様子はいつも通りだった。そんな二人を見ていると、最近、何となく外見でも見分けがつくようになってきた気がする。メイクのせいで似た感じにはなってるけど、実はけっこう違ってる。伊藤さんは釣り目がちで、だけど山田さんは若干垂れ目なんだ。それを山田さんがメイクで伊藤さんに寄せてきてる感じだった。伊藤さんも、山田さんに合わせてる感じなのかな。
ただそうなると、どうして二人はそんなにお互いを似せようとしてるんだろうと、それが気になってきた。単に仲がいいからそうしてるのか、それとも同じような流行りものを取り入れるからそうなっただけなのか、はたまた他に何か意図があるのか。でもさすがにそんなことまでは聞けないな。聞いたからってどうなるものでもないもんな。そんな風に思いながらも、何となく見分けがつくようになってきたことで、二人に対する親近感が増してきてるのは事実だった。
同じ子育て中の山仁さんと違って彼女たちには沙奈子のことを気遣ったり考えたりする必要は無いはずなのにいつも気にしてくれることが、素直に嬉しいと思えるようになっていた。感謝もしたい。そこでせめて何か恩返しが出来ないかと思って、聞いてみた。
「二人は誕生日とかいつなのかな?」
すると二人は「え?」と声を上げて急に目を輝かせて、身を乗り出してきた。
「山下さんが私たちの誕生日を気にしてくれるなんて、嬉しいです!」
今日も見事なハモリを見せてくれるな。何だか本当に双子の姉妹みたいだ。そう思った時、僕は頭の片隅で、もしかしたらそれが答えなのかなとも思ったりした。二人は自分たちを互いに姉妹みたいに思ってて、それで実際に双子みたいに見えるようにって考えてるのかもしれない。それが正しいかどうかまでは確認できないけどね。
こんなに陽気で楽しそうな二人でも、以前に話してくれたみたいに辛いこととかもあったみたいだから、それをお互いに支え合うことで乗り越えようとしてるのかもしれない。そうであっても不思議じゃない気がした。しかも二人が声を合わせて言ったことに、僕は少なからず驚かされていた。
「私たち、実は同じ歳で誕生日も同じなんですよ。10月16日です。もうすぐです」
へ、へぇ~、そうなんだ。
しかしそうなるとますます双子になろうとしてるっていう印象が強くなった。きっと彼女たちにもいろいろ事情があるんだろうな。
それはさて置き、10月16日か。まさか同じ日だとは想定してなかったな。だけど二人一度にお礼できるから、むしろ助かったかも知れない。僕がそんなことを思ってると、今度は二人に逆に質問された。
「山下さんの誕生日はいつですか?」
そうだよな。話の流れ的にはそうなるよな。
「6月5日」
そう答えると二人して、
「えっ、もう終わってるじゃないですか。ショック!」
だって。そこまでハモれるとか、さすがに感心してしまう。
昼休みが終わって仕事をしながら僕は、彼女たちに何をお礼としてプレゼントしたらいいのか考えてた。アクセサリーは定番かもしれないと思いつつ、それだと何だか付き合ってる彼女とかに送るもののような気がするし、ここはまあ、秋からだんだん寒くなっていくことを考慮すると、ストール辺りが実用的で無難なのかな。やっぱり女性だから冷え対策とかは重要そうだし。
女性へのプレゼントをスーパーで買うっていうのもなにか違う気がしないでもない一方で、あくまでお中元とかの意味合いに近いお礼の品だから別にいいよな。気合を入れた外出で使えるようなすごくおしゃれな感じなのは無理でも、むしろ気軽に普段使いにして使い潰してもらえるようなものの方がいい気がする。金銭的に余裕もない身で見栄を張るのもおかしいし。それで沙奈子に影響が出たりしたらそれこそ本末転倒だ。
よし、それでいこう。
結論が出た後はとにかく仕事に集中して、残業が早く終わるように頑張った。その甲斐あってか今日も8時過ぎには会社を出られた。もう少し早ければ今日にでもスーパーに行って裁縫セットを買ってどんなストールが売ってるか見てこられると思ったものの、さすがにそうは上手くいかないか。今度の土曜日に買い物行くときについでにそうしよう。
家に帰って沙奈子の無事を確かめてホッとして、風呂に入ってさっぱりしたら沙奈子と一緒に寛ぐ。でも今日の沙奈子はまた、ジグソーパズルの方をやっていた。
もうかなり手慣れた感じでパタパタとピースを並べていく。それを見て単純にすごいなと思った。そう言えば最近、ドリルの方はご無沙汰だった。でもその分、土日はちゃんとしてるからまあいいか。急いでやる必要もなくなってきた感じだし、することがなくて手持ち無沙汰にしてたらその時はやってもらえばいいかな。
それより今日も確認しておかなくちゃな。
「石生蔵さんはどうだった?」
いつもの質問に沙奈子の方もすっかり慣れた様子で答えた。だけど今日の答えはそれまでと少し違ってた。
「…優しかった」
…え?。
意外な答えに、僕は一瞬、戸惑った。そして確認の為に聞き返した。
「優しかったって?」
優しい?。優しいってどういうことだ?。石生蔵さんが?。山仁さんの息子さんのことで沙奈子にヤキモチ焼いてたんじゃなかったのか?。
「体育の時に私がこけたら起こしてくれた。砂が付いたのをパンパンってしてくれた…」
そうなんだ。そんなことがあったんだ。だけどどういう心境の変化何だろうか。石生蔵さんの心の中で何があったんだろうか。そう言えばこのところ水谷先生からの報告がない。ということは報告が必要になるようなことが起こってないっていうことかな。ただ、今回のことの客観的な立場からの見解について聞きたい気がする。
明日にでも電話してみようかと思いつつ、こっちから電話するのは迷惑かなとも思った。そうだよな。少なくとも意地悪されてるんじゃなかったらそんなに気にすることもないのか。
それでもやっぱり気になるのは正直な気持ちだった。ヤキモチの結果としてきつく当たってた相手に優しくするなんて、何があったらそうなるんだろうと思う。石生蔵さん自身が今までの自分の言動を反省してくれたっていうことならすごいけど、そういうのって現実にはなかなかない気がする。その時、僕の頭にふとひらめいたものがあった。
もしくは、路線変更ってことかな。
そう思った。自分が反省して優しくなったっていうのをアピールすることで、山仁さんの息子さんによく思われようとしてる感じかも知れない。それなら納得できる。
それが事実かどうかは分からないにしても、結果として沙奈子が嫌な思いをしないで済むなら細かいことは拘らないでいいか。
僕はそんな風に思ったのだった。




