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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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六十 沙奈子編 「将来」

木曜日の朝。今日もやっぱりいつもと変わらない始まりだった。相変わらず僕になるべく見られないようにおむつを捨てる様子も何だか可愛いと思ってしまう。そう思いながらも、今日も見て見ぬふりをしてあげた。沙奈子だって僕が見て見ぬふりしてるだけなのに気付いてるかも知れないけど、まあその辺はエチケットということで。それにこんな狭い部屋じゃ、見ないようにしてても見えてしまうからね。


それでいて、寝間着兼用の部屋着から着替えるのを見られるのは今でもぜんぜん平気そうなんだよな。実際、彼女が着替えてる様子を見てたら、『ちゃんと着替えられるから見ててね』とでも言いたげに笑いかけてくるし。お風呂だって、金曜日は僕が帰ってくるまで待ってて一緒に入りたがるし。その辺の違いがまだよく分からなかった。子供特有の謎のこだわりということなんだろうか。


もしそういうことならあまりとやかく言っても仕方ないと考えるようにはしてるんだけど、やっぱり不思議ではある。でもまあ、今のところ別に問題があるわけじゃないしと改めて自分に言い聞かせる。これまでにも何度か繰り返した自問自答だった。


その一方で、最近はトーストを焼くのはすっかり沙奈子の役目になっていた。ポップアップトースターだから簡単だというのもあるにしても、すごいと思う。ただ。彼女にとってそうすることは自分の身を守るためでもあるかも知れないと感じるのも事実だった。嫌われないように、邪魔だと思われないように手間のかからない良い子を演じているのかもとつい思ってしまうのはあった。


それでも、嫌々やってる感じはしない。それは救いかも知れなかった。楽しんでやってくれてるんならいいんだけどね。


相変わらずこうやって朝からいろんなことを考えてしまう僕の一日が始まった。


二人で朝食の後片付けをして歯磨きをして、改めて今日の用意の確認をして、よし、準備万端だ。


「沙奈子、今日も学校行ける?」


念の為に聞いても、彼女は「うん」と穏やかな表情で頷いてくれた。そうか、じゃあ大丈夫かな。


「沙奈子も気を付けて行くんだよ。じゃ、行ってきます」


そう言って僕は家を出た。バス停に向かう間も、バスに乗ってる間も、いつも沙奈子のことを考えてる。心配なのもそうだけど、彼女がどういう風に育っていくかとか、どんな人になるかとか、いろいろ想像してしまう。もうそれが普通の状態になってた。


僕の夢の中に出てきた50年後の沙奈子らしい女性も、たぶん可能性の一つなんだと思う。そういう人になってほしいっていう僕の願望が反映された姿だというのは分かってても、彼女ならそうなってくれるかもっていう気もする。


どんな人と出会って、どんな経験をして、どんな結婚をして、どんな家庭を築くんだろう?。彼女にはどんな花嫁衣装が似合うかな?。定番の白いウエディングドレスもいいなと思いながら、和風なのも似合いそうだとも思う。みんなに祝福されて賑やかにするのも悪くないと思いつつ、家族だけの小さな結婚式もいいな。その時、僕は、花嫁衣装を着た彼女を前にして泣いてしまうだろうか?。


なんて思ってたら、何だか胸がつかえる感じがしてしまった。目が潤んでしまってるのが自分でも分かった。想像しただけでこれじゃ、やっぱり泣いてしまいそうだなあ。


彼女を大切にしてくれる相手だったらいいな。いやむしろそうじゃなかったら結婚なんて認めない。そう思うと、沙奈子が連れてきた相手が悪そうな奴だったら僕はどう対応するだろう?。怒鳴ってしまうかな?。それとも黙って睨むかな?。だけどいかにも怖そうな相手だったらそんな風にできないかもしれない自分が情けなかった。いやいや、彼女の人生がかかってるんだから、そんなことじゃ駄目だ。父親らしくしっかりしないと。


ああでも、そんな風にできる人間だったら、きっと違う生き方してたよなあ。キャラじゃないんだよってつくづく感じる。


だけどもし、彼女を本当に大切にしてくれる人が現れたら、僕は全力で応援したい。結婚して家を出たらそれで終わりじゃなくて、家族なんだから力を合わせて生きていきたい。困ったこととか苦しいこととかあったら、僕も力になりたい。けどそういうのを迷惑だって言われたらその時は、黙って見守る形かな。それで陰で力になる感じで。


それでもどうしてもうまくいかなくて無理ってことになったら帰ってくればいい。子供とか連れて帰ってきても僕も一緒に育てる。自信はなくても何とかする。


とか言いながら、その僕がまだ結婚してないんだから結婚しろとは言えないし結婚しなくても別にいいとも思ってる。それに、伊藤さんや山田さんも言ってたけど子供って親に似てしまうことも多いから、女の子の沙奈子は、僕の兄みたいな人を選んでしまう彼女の母親に似てしまうことだって十分に考えられるし、それだったらいっそ結婚なんかしなくたっていい。変な男に引っかかるくらいならずっと僕と一緒だっていいんじゃないかな。


それはそれで二人とも歳をとったらどうなるんだろうっていう不安もある。そのためには一人で生きていけるようにはなってもらわないといけないよな。


でもそこまで考えて自分がいかにも娘離れが出来ない父親みたいなことを考えてることにも気付いて、今度は思わず苦笑いしてしまった。人に見られたら思い出し笑いしてる危ない人に見えるかなあ。別にいいけど。


なんてことを考えてるうちに降りるバス停まで来て、危うく乗り過ごしそうになりながら慌てて降りた。いつものオフィスでいつものように自分の席について、仕事の準備を始めると、今度は沙奈子がどんな仕事に就くんだろうか気になってきた。


まず思い付いたのは、ファッションデザイナーだった。もちろん人形の服を自分で作ったりしてるのを見たから連想したんだけれど、さすがにそれは安直かな。第一、沙奈子のイメージに合わない。そういう華やかなところにいる彼女の姿が想像できない。だけどそれは僕の勝手な思い込みかも知れないのも事実なのかな。ひょっとしたらひょっとするかもしれないし。もしそうなら当然応援したいと思う。


次に思い付いたのは保育士さんだった。こっちの方がまだ想像としてはリアルかもしれない。ただそれでも、今の沙奈子だとちょっと厳しい気もする。僕の夢に出てきた結人みたいな子がいたらオロオロするだけかなって気がしてしまう。もちろん今のままで大人になるわけじゃないと思うから意外と堂々とできるようになってたりするかもとは思いつつも心配だった。


更に次に思い付いたのは、保育士さん関連で、保育所じゃなくてそれこそ児童養護施設の職員とかもありえるかな。より沙奈子に似た境遇の子供たちの助けになってあげられたらって思うのは、僕の願望か。


けれど結局、一番無難なのは、中小企業でもいいから事務員にって感じかなあ。与えられた仕事だけきちんとこなしてたら文句言われる筋合いもないもんな。


そんなあれこれを考えながら、僕は仕事を始めるのだった。


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