六 沙奈子編 「行楽」
そう言えば、水着が無かったのを学校で借りてそのままだった。
明日、沙奈子の学校でプールがあることを思い出した僕は、水着を学校から借りてそのまま使っていたことを忘れていたのも一緒に思い出した。僕が洗濯するのは何となく気が引けたというのもあって沙奈子に洗濯も用意も任せっきりにしてたから、すっかり忘れてた。さすがにいつまでも借りっぱなしにしてるのはマズいよな。
もしかしたら沙奈子自身は担任に水着を用意してもらうように言われたりしてたかもしれないけど、彼女はまだ、学校であったこととか全然話してくれないから、そういうのが伝わらない。プリントだけはテーブルに出してくれてるけど、書面で返却を求められるのってかなり向こうも困ってるって状況だろうから、そうなる前に返さなきゃ。
しかも実は、彼女の学校では女子の水着も昔のワンピースタイプからセパレートタイプ推奨になってて、今ではもう女子は全員、セパレートタイプを使ってるらしかった。でも沙奈子が借りてるのは旧式の、いわゆる<スクール水着>って言われたらまず思い付くようなワンピースタイプで、彼女一人だけがそれを着ることになるからなるべく早くセパレートタイプの水着を用意してあげてくださいと、最初に借りた時に電話で言われていたのをすっかり忘れていたのだった。
もしそれが原因でイジメとかになったら、僕の責任だ。早く用意してあげないと。幸い、紺の無地だったら市販品でも構わないということだったから、それならたぶんいつもの大型スーパーでも売ってるはず。
珍しく今日はわりと早く帰れたから、今ならまだ営業中のはずだった。でも、僕一人じゃ女の子の水着を買う勇気がまだない。別にやましい気持ちはないから堂々としてればお父さんが娘の水着を買ってるって思ってくれるはずだけど、どうしても変な目で見られてるんじゃないかっていう不安感が消えてくれない。
だから、もう夜の8時を過ぎてるけど、沙奈子に一緒についてきてもらうことにした。
「水着を買わなきゃいけないんだけど、サイズとかよく分からないから一緒に来てくれるかな」
そう声を掛けたら、彼女は別に困ったような表情をすることもなく頷いた。
この時期、7時過ぎくらいまでは結構明るいけど、さすがに8時を過ぎたら真っ暗だった。こんな時間に小学生の子を連れ出すのは何となく罪悪感があった。だけど僕にはこうするしか方法がない。
スーパーに向かう途中、意外と何人も小学生くらいの子供を連れた人とすれ違って、僕達も全然目立った感じじゃなかった。今はそんなものなのか。それとも前からそうだったけど僕が知らなかっただけだろうか。
けど今はそれは関係ないか。5分ほどで大型スーパーについた。営業時間を見ると9時までだった。良かった。
子供服売り場に行くと、やっぱり水着も売っていた。とにかく女の子用のセパレートタイプの紺の水着を探すと、あった。サイズもいろいろ揃ってる。値段も2000円ほどと思ったよりも安かった。もっと安い1000円のもあったけど、いかにも生地が薄くて女の子の場合はいろいろ困りそうだと思ってそれよりは生地が厚めの2000円のにした。
たぶん、沙奈子の身長は130㎝あるかどうかくらいかと思って、水着だから伸び縮みするし、140㎝用くらいにしておけば来年も使えると思った。
白地に黒でクラスと名前をつけないといけなかったけど、水着とセットで売られていて別に買う必要が無いのは助かった。
さらには、ビーチサンダルと帽子とゴーグルも必要だった。すっかり忘れてたから、帽子は水着と一緒に借りてたけどビーチサンダルもゴーグルもなしで水泳の授業に出させてたんだと申し訳なく思った。
帽子を見たら、いろんな色があった。それを見て僕は、年度で帽子の色が違うから注意してくださいとプリントに書かれていたのを思い出した、なのに、何色だったかが思い出せない。仕方ないから沙奈子に聞いてみる。
「プールの帽子って、何色だったっけ?」
急に聞いたけど、「…緑」ってちゃんと答えてくれた。そこで緑色の帽子も持って、¥200の水色の安いビーチサンダルと、水色のゴーグルと、ビニールのバッグとバスタオルも手に取った。取り敢えず水泳関係はこれでいいと思うけど、他にも何かいるものが無いか考えてみる。
あ、そう言えば臨海学校も来週だった。歯ブラシセットとかも必要じゃなかったっけ。カゴを持って慌てて日用品売り場に行って、携帯用歯ブラシセットもカゴに入れる。ポケットティッシュとかも必要なはずだとカゴに入れた。
移動はバスらしいから、沙奈子は乗り物酔いはどうだろう?。
「バスとか電車とか乗ったら気持ち悪くなることある?」
と聞いたら、小さく頷いた。となると酔い止めも要る。なのに医薬品売り場はもう閉まってた。7時までと書かれてた。仕方がない。それはまた別で買おう。
とそこで、大事なことを思い出した。臨海学校は2泊3日で荷物が多いから、45リットルくらいの大きなリュックが必要なんだった。
「沙奈子、でっかいリュックも必要だ!。沙奈子が持ってたのよりもっとでっかいの」
彼女にそう声を掛けて、今度はバッグやリュックを置いてるところに来た。そうこうしてる間に閉館時間が迫ってることを知らせる蛍の光が流れ始める。僕は焦って45リットルのリュックを探した。だけど普通の大きさのしか見当たらない。
どうしようと思っていたら、僕がいた列の隣の列を沙奈子が指差していた。もしかしてと思ってそっちを見たら、あった!。沙奈子、ナイスアシスト!。
「ありがとう」
僕は思わずそう言って彼女の頭を撫でていた。そしたら沙奈子は、照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑ってた。それを見た僕は、何だか二人で宝探しゲームでもしてるみたいだなと思った。
実際にはただの買い物だけど、でも二入でこうやってめぐったら、これも立派なアトラクションのような気がした。
他にも何か必要なものはあったかも知れないけど、とりあえずもう時間もないし今日はここまでということで会計を済ませた。
従業員が閉店作業をしてる入り口を通り過ぎた時には、まるでタイムリミットぎりぎりで脱出できたみたいに思えた。何となく沙奈子を見たら彼女も笑顔で僕を見てて、試しに手の平を近付けてみたら、驚いたことにハイタッチを返してくれた。そういうノリを見せる子だとは思ってなかったけど、やっぱり普通の子と同じように楽しいことは好きなんだな。
だけど、いざ帰ろうとしたら思ったより荷物が多くなってしまって自転車のカゴに入りきらないでどうしようと思ってたら沙奈子が、
「リュック…入れたらいいと思う」
と言ってくれた。そうだよ、せっかくこんな大きなリュックあるんだから、それを使えばいいんだ。
さすがにそのリュックは大きくて、荷物を全部入れても半分くらいしか埋まらなかった。それを背負って、僕と沙奈子は、ダンジョンを攻略した勇者気分で家路に着いたのだった。