表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
59/2601

五十九 沙奈子編 「創意」

お小遣い。そう言えばお小遣いなんてものもあったんだ。


僕は親からお小遣いなんてもらったことがなかったからか、すっかり忘れてた。そうだよな。お小遣いを渡して自分でやりくりしてもらうっていうやり方もあったんだ。でも、山仁さんのところでは、


「うちはお小遣い制ではなく、欲しいものはその時に申告してもらって、それが本当に必要なものかどうか、本気でそれを欲しいと思ってるか、どれだけそれを大切にできるかを一緒に検討するという形にしてます」


ということだった。


「ありがとうございました。参考になりました」


そう言って僕は電話を切った。だけど、正直言ってうちは状況が違うから実は余計に分からなくなった感じがしてた。せっかく相談に乗ってもらったのに何だか申し訳なかった。


それでも、欲しいものを申告してもらう方法だと、その都度、どれだけ欲しいのか、なぜ欲しいのか、それを手に入れるために自分は何をすればいいのかっていうことを考える癖がつくようになってくれる気はする。自分が伝えたいことをきちんと伝える練習にもなりそうだ。すごく理に適っていて、いいやり方のように思えた。ただそれは、ちゃんとそういうことを自分から言ってくれる子でないと逆に上手くいかない気がする。しかも毎回毎回そういう風に子供と話し合うというのは、相当に根気がいることだと思う。真似できる人は少ないんじゃないかな。


僕自身はそういう話し合いは、沙奈子が相手だったら何度でもできそうな予感はする。だけど肝心の彼女の方が遠慮して本心を言ってくれない可能性が高い。だからと言って僕の方から聞くのはなんか違う気がするし。


それらの諸々を考慮すると、やっぱりお小遣いがいいのかなあ。


そんなわけで、今後、お小遣いを渡すことに決めたのだった。ちょうどもう月末近くだし、10月に入ってから始めようと思った。金額についてもちょっといろいろ考えてみた。1000円くらいが切りがいいかなと思いつつも、今まで渡してなかったからまずは500円から始めて様子を見て、それで最終的な金額も決めようと考えた。


それにしても、僕がお小遣いを渡す側か。なんか不思議な感じだな。夕食を食べながらそんな考えが頭をよぎる。自分がもらえなかったのに渡すなんて不公平だとかは思わないけど、とにかく変な感じだった。


残業も頑張って早く終わらせて、今日も8時過ぎには会社を出られた。いつものようにバスに揺られて、特に何か考えるでもなく窓の外を眺める。ただ、彼女が待つ家に帰れるのは嬉しかった。家に着いてドアを開けて、「ただいま」って声をかけて「おかえりなさい」って応えてもらって、今日も沙奈子の無事な姿を見られてホッとした。


でも、当の沙奈子はと様子を見てみると、今日も人形の服作りに忙しいようだった。彼女の前に置かれた人形の服が、また変わってた。今度はドレスっぽい裾の広がった水色のロングスカートの服だった。しかも頭に紙で作ったティアラっぽい飾りがついてて、なるほどお姫様のイメージなのかと思った。


よく見ると服は背中の部分をセロテープで止めて着せる形になってた。これがファスナーってことなのかな?。袖を作るのはさすがに大変なのか、昨日のワンピースも今日のドレスっぽい服もノースリーブだった。


しかしここまでしっかり作ってると、山田さんの言う通りに自分で作るのが楽しいのかとも思える。だけど、おもちゃのことだけじゃなくてお菓子とかだって自分で食べたいものとかあるだろうし、そういう意味でもお小遣いを渡すって決めたんだから渡そう。


風呂に入ってさっぱりして、沙奈子を膝に座らせて寛ぐ。でも彼女は人形の服作りに一生懸命だった。その様子を見ててふと思った。彼女に裁縫道具とか渡したらどうするだろう?。紙と違って実際に布で作るのはさすがに大変かな?。だけどそういう特技があったら意外と役に立ったりするかもしれないな。


そう言えば学校でも裁縫セットって使うんだったっけか?。いつもの大型スーパーの学用品売り場にも確か裁縫セットが売ってた気がする。ということはそういうの買っておいた方がいいのかな?。よし、今度買ってこよう。そういうのはおもちゃと違って与えるべきかどうかあまり気にしなくていいから助かるな。


そんなことをぼんやり考えてた時、学校から連想してふと石生蔵さんとはどうなったのかっていうのを思い出した。


「今日は、石生蔵さんどうだった?」


僕がそう聞くと、沙奈子は絵を描く手を止めてちょっと考えて、


「…普通」


って答えた。


こういう場合の普通というのがちょっとよく分からないんだけど、少なくとも状況が悪くなってるわけじゃないと考えていいのかな?。だから続けて聞いてみた。


「学校は楽しい?」


すると彼女はすぐに「うん」と頷いた。そうか。楽しいって思えるんだったら細かいことは別にいいや。


僕がそんなことを考えてると沙奈子が不意に立ち上がった。何事かと思ってると机のペン立てからハサミを取り出してまた僕の膝に座る。そして紙を切りだした。服の絵が描きあがったからそれを切り取ろうとしてるんだって分かった。それを切り終わると今度は人形に着せていた水色のドレスを脱がせ始める。背中のセロテープを、紙を破らないように慎重に外して、上も下も脱がせた。脱がせたドレスとハサミを持ってまた立ち上がって机のところに行き、貝殻の家と一緒に並べて置いた。


それからまた僕の膝に戻って、新しい服を人形に巻き付けるようにして着せて、外したセロテープで止める。さらに肩のところはストラップみたいに細くなってて、それを背中側に回して一緒にセロテープで止めた。


先に着せていた水色のよりは濃い青色のワンピースだった。完成した人形を眺める様子は、後ろから見てても嬉しそうだった。だけどそろそろ寝る時間だ。


「じゃあ、寝ようか」


僕がそう言うと沙奈子は頷いて、人形をそっとテーブルの上に置き、トイレに行った。僕が布団を敷いてるとトイレから戻った彼女が、ハンドタオルをたたんで作った布団を僕たちの布団の隣に敷いて、そこに人形を寝かせた。


照明を消して二人で一緒に布団に入る。人形の布団を整えて彼女は、「おやすみなさい」と人形に向かっていった。その後で僕の方に向き直って、いつものように腕に寄り添ってきた。「おやすみ」と言う僕に「おやすみなさい」と返して、沙奈子は目をつぶった。


そんな彼女を見て僕は、今日も無事に終わったなって思った。寝つきの良い沙奈子は、ほんの数分で寝息を立て始める。僕も寝つきは悪い方じゃないと思うけど、彼女には負ける。まあそれは沙奈子がまだ子供だからかな。


僕も目をつぶって彼女の寝息に耳を澄ます。スー、スー、と規則正しく繰り返されるそれが心地良い。やがて僕もそれを聞いているうちにいつの間にか眠りに落ちていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ