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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五十八 沙奈子編 「欲求」

「ただいま」


火曜日。いつも通りにドアを開けて声を掛けたら、いつも通りに沙奈子が「おかえりなさい」って応えてくれた。今日も彼女の無事を確認できて、僕はホッとする。


上着をハンガーに掛けながら彼女を見ると、今日はジグソーパズルはテーブルの端に置かれてて、代わりに要らなくなったプリントの裏らしい紙に色鉛筆で絵を描いているみたいだった。丁寧に色を塗ってる感じだけど、何の絵かはよく分からなかった。でも彼女が集中してやってることだから邪魔するのも悪いし、僕はそのまま風呂に入ることにした。沙奈子はもう部屋着に着替えてるから風呂に入ったんだと分かった。


僕が風呂からあがっても彼女は夢中で絵を描いていた。それを横目に扇風機で髪を乾かし、一息ついた。その時ふと、絵を描いてる沙奈子の前に置かれた着せ替え人形を見ると、僕は何か違和感を感じてもう一度見返してしまった。違和感の正体はすぐに分かった。人形の着てる服が違うんだ。


だけどその服がまたおかしかった。沙奈子のお気に入りのワンピースに似た水色のワンピースなんだけど、何か違う。…そうか、素材が違うんだ。紙?。紙でできてるのかな?。そうだ、紙の服だ。それに気付いた後で沙奈子が紙に書いてるものを改めて見ると、服だということがピンと来た。なるほど、着替えさせる服がないから、自分で作ってるんだ。


それを見て僕はちょっと申し訳ない気分になった。せっかく着せ替え人形があっても服がないと着せ替えられないよな。服も一緒に買ってあげるべきだったって思った。だけど同時に、服を買ってとせがむんじゃなくて自分で作ってしまう沙奈子に感心もさせられた。単純にすごいと思った。


でもやっぱり思ってしまう。人形の服も買ってあげた方がいいんじゃないかって。思うんだけど、その一方で何でもかんでも買い与えるんじゃなくて、今みたいに創意工夫して自分で作る姿勢も大事にしてあげるべきかもしれないって考えたりもする。これはちょっと悩ましい。


昔の子供はおもちゃとかなかなか買ってもらえなくてそれこそ自分でいろいろ工夫して作ったりしたって聞く。僕が子供の頃にはすでに古臭い考え方だって感じだった気がするそれも、別に決して悪いことじゃない気もする。無いものは作る。そういう発想も生きていく上では大事なんじゃないかな。昔のことだって何でもかんでも時代遅れってバカにするんじゃなくて、良いものや役に立つものは見直してもいいんじゃないかな。


とは言え、せっかく気軽に手に入るものを利用しないで手間をかけるのも何だか無駄なような…。


沙奈子が欲しがったら買うっていう考え方も確かにできる。ただ、今までの経験で分かったこととして、よっぽどじゃないと彼女は自分から欲しがったりすることはないんだよなあ。一緒にお風呂に入ることをせがんだりしたのはあったにしても、それは別にお金を出して買ったりするものじゃないし、どうせ風呂に入らなきゃいけないんだからっていう気楽さによるものかもしれないし。


誕生日やクリスマスのプレゼントにするにも、人形の服だけっていうのもさすがに何か違うんじゃないかって感じがする。


どうしよう。これは山仁さんに聞いた方がいいのかな。それとも伊藤さんや山田さんに聞いた方がいいのか?。


う~ん…子供にどういう風におもちゃを買い与えるかは、それこそそれぞれの家庭で事情に合わせて決めることだろうから、山仁さんに聞いても参考にはならない気がする。それよりは、単純に女の子の気持ちとしてどうなのかをまず聞いてみようかな。


ということで僕は次の日、伊藤さんと山田さんに聞いてみることにしたのだった。




「私はやっぱり人形の服は買ってほしいかなって思いますね」


水曜日の昼休み。いつものように僕の前に座った伊藤さんと山田さんにさっそく聞いてみたらまず伊藤さんは即そう答えてくれた。だけど山田さんは、


「私は、自分で作ってるんなら、そうやって作ることも楽しんでるんじゃないかっていう気はします」


って答えてくれた。続けて山田さんが言う。


「確かに人形の服を買ってもらえたら嬉しいと思いますけど、工夫する楽しみっていうのもあると思うんですよ」


それに対して伊藤さんは言った。


「そうかもしれないけど、沙奈子ちゃんの性格からしたら本当は欲しいけど遠慮してるっていうのもあるんじゃないかな?。遠慮してくれてるのをいいことに我慢させるっていうのもちょっと違う気がする」


すると山田さんも応じた。


「そうかなあ。私は沙奈子ちゃんって、割と絵を描いたり何か作ったりするの好きそうかなって思ったんだけどな。他の子が持ってるのをすごく羨ましそうにしてたりっていうんだったらちょっと可哀想って感じはしても、まずは沙奈子ちゃんがどう思ってるか確認してみないと」


伊藤さんも負けじと応じる。


「だから、気持ちを聞いたらきっと欲しいって言うと思う。それを自分からは言えないのが沙奈子ちゃんなんだよ」


そしたら今度は山田さんが。


「正直言ったら買ってほしいっていうのは誰でもあるって。でも問題はそこじゃなくて、沙奈子ちゃんにとってどっちが楽しいかってことじゃないかな」


そんな二人のやり取りを、僕は茫然と見てた。この二人がこんなに意見が食い違うところを見たのは初めてかも知れない。同じ女の子としての立場でもこんなに違うんだって改めて気付かされた気がした。


険悪っていうほどじゃなくても僕のせいで雰囲気が悪くなったりしたら嫌だから、


「ありがとう。沙奈子のことをよく見て決めるよ」


って僕なりの結論を得たことにして、その場を収めた。だけど二人の意見のどっちも的を得てる気はするかな。結局は本人がどう思ってるか確かめないと話にならないっていうことか。それでも何だか考えがまとまらなくて、僕は夕食の時に山仁さんに電話をかけてしまってた。


「なるほど。それは悩ましいですよね」


山仁さんの落ち着いた話し方に救われるような気がする。すると山仁さんは穏やかに続けてくれた。


「うちの場合は、本人の様子を見てまだそんなに欲しがってるわけじゃないなと思ったら我慢してもらって、どうしても欲しいと思ってるなって感じた時には何か理由をつけて買ってあげてましたね。ただ、私は沙奈子ちゃんのことをよく知らないので、どちらが適切か断定することは出来ませんが、こういうのはそれぞれの家庭で子供の性格や状況に合ったルールを作るという形に落ち着くしかないんじゃないかって思ってます。私の家のやり方が沙奈子ちゃんに合うかどうか私には分かりません。すいません」


そう謝られてしまって僕は恐縮してしまった。


「いえ、そんな、僕の方こそお忙しい時にこんなことで電話してしまって申し訳ありません」


けれど、慌てる僕に山仁さんは言ってくれたのだった。


「沙奈子ちゃんがどういう反応をするのか、まずはいくつか欲しがっていそうなものを何度か買い与えてみて、それでもっともっとと欲しがるようになるようなら、本格的にルールを決めるっていう感じで様子を見るのはどうでしょう?。ねだればいつでも買ってもらえると思われるのは望ましくないですが、それでも遠慮するような感じなら、一ヶ月に一回とか、もしくはお小遣いを渡してその範囲で自分で買ってもらうようにするとか、そういうのもありなんじゃないですか?」


…あ……


その時僕は、ハッとなったのだった。


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