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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五十七 沙奈子編 「愛情」

「今日は、石生蔵さんどうだった?」


風呂に入ってから沙奈子を膝に座らせて寛いでる時、そう聞いてみた。


「…泣いてた」


彼女は短くそう答えた。


「どうして?」


って聞いてみる。


「…やまひとさんにきらわれたって思ったと思う…」


やっぱり沙奈子にもそう見えたんだ。他人の感情とかに敏感な彼女らしいと言えるのかもしれない。そこで僕は、気になったことを聞いてみた。


「…それを見てどう思った?」


そう。泣いている石生蔵さんを見て沙奈子が何を思ったかが、気になったんだ。


「…かわいそうって思った…」


ジグソーパズルを持つ手が止まり、少し間を置いてから沙奈子はそう言った。それが彼女の本心なのか、それともそれを聞いた僕の意図を読んだ上でのことなのかは、僕には分からなかった。


そう、彼女の答えは、僕が無意識に望んでたものだった。そこで「いい気味だと思った」とか「ざまあみろと思った」とか答えられたら、僕は少なからず失望していたと思う。たとえ自分に辛く当たってる人でも泣いているのを見たらかわいそうと思うような人であってほしいと僕が無意識に願ってるのを、沙奈子は読み取ってるのかもしれない。


彼女はとてもいい子だ。それは確かだと思う。だけどそれが本当に真実の彼女なのか、それとも僕の望みを感じ取った上で演じているものなのか、今はまだ分からない。


でも、もしそれが演技だとしても、そうすることが正解だと感じる今の状態を大事にしてあげたいと僕は思った。だって、人を思いやる気持ちが大切って世間一般では言うけど、実際に本心から他人を思いやれてる人って実はそんなに多くないはずだから。ほとんどの人が、そうすることがたぶん正解なんだ、そうすれば上手くいくんだっていう計算や打算からそうしてるだろうから。そして多くの場合でそれは正解なんだろうから。


もちろん本心からできるのが理想なんだろうっていうのは僕も思ってる。だけどそんな聖者みたいな人がたくさんいるとは思えない。僕だっていつでも本心からそんなこと思えるわけじゃない。だから沙奈子が本心からそう思えてるわけじゃなくても、それを責めたり失望したりしないであげたい。思いやってあげられるのが正しい選択なんだって考えられることを肯定してあげたい。


思いやりを押し付けられるのは嫌な時もあるけど、「いい気味だ」とか「ざまあみろ」って言われていい気分の人もいないと思う。せっかく沙奈子自身が石生蔵さんの態度を受け流せるようになってきてるのに、そこで「いい気味だ」とか「ざまあみろ」なんて言って火に油を注ぐ必要もないだろうから。


今回のことでの僕と沙奈子にとって一番の正解は、石生蔵さんと仲良くできるようになったり、石生蔵さんをやり込めて勝ち誇ることじゃない。ただ、事態をエスカレートさせずに平穏さを取り戻すことだ。石生蔵さんが他人に辛く当たったりするのをやめられるかどうかはあくまで石生蔵さん自身の問題だから、僕たちにはどうすることもできないし、しなければならないことでもないはずなんだ。


そもそも石生蔵さんがどういう人になるかっていうのは石生蔵さんの親が責任を持つことだって思ってる。僕は沙奈子が将来どういう人になるかっていうことに責任を持ちたいとは思うけど、他の人のことまで面倒見てられないし、そこまでの力もないから。僕にそこまでの力があれば何とかしてあげたいと思うのも正直な気持ちではあっても、現実には無理だし。


そういうのって、飼えもしない捨て犬や捨て猫を拾ってくるのと同じかもしれないかな。飼えないのに拾ってきて結局は死なせたりまた捨てることになるのなら、最初から何もしない方がいいって僕も思ってる。石生蔵さんの将来まで責任持てないのに石生蔵さん自身を変えてしまおうなんて、ひどい思い上がりなんじゃないかなって気がしてる。


それでも、結果としていい方向に向かってほしいというのも偽らざる気持ちではあるかな。向かってほしいと思ってるだけだから、実際にそうならなくてもがっかりとかしないようには気を付けたいとも思う。自分では何もしないのに結果だけを要求するような人にはなりたくないから。


そんなことをいろいろ考えながら、僕は沙奈子の頭を撫でていた。


「沙奈子は優しいな」


って、彼女を肯定する言葉を掛けていた。この時にそう言葉を掛けたことが正しかったかどうかはこれからの彼女の様子を見ていくしかないと思う。もしそれが正しくなかったとしたら、その時には改めて言い方を考えないといけないな。


こういうことをずっと考えるのが苦痛じゃないのも、相手が沙奈子だからかもしれない。僕がどういう言葉を掛けるか、どういう態度をとるかで彼女がどういう人に育っていくのかが変わるんだと思うと、考えずにはいられないんだ。彼女には、生まれてきたことを後悔してほしくない。そのために僕は自分にできることをしたい。


不思議だよな。今までは自分自身に対してもそんなことを思えなかったのに、彼女に対してはそんな風に思えるんだから。


ああ、もしかすると、こういうのが<愛>ってやつなのかな? 今まで愛なんて考えるといかにも嘘くさくて欺瞞に満ちてるって感じてしまってたけど、今、僕が感じてるのがもしそれなら、分かるような気もする。


毎日心配して、毎日無事を確認して安心して、彼女が幸せであるのを願うことが僕にとっても幸せだって思える。


そうか、そういうことなんだ。たったそれだけのことなんだ。地球を救うとか世界が平和になることを願うとかそんな大袈裟なことじゃなくて、自分の身近な人が、自分の大切な人が幸せでいてほしいって思えるのがそれなんじゃないかな。


それに、地球があって平和じゃなくちゃ彼女だって幸せになれないかも知れない。そのためには地球があって平和であってほしいって考えたら、大袈裟な話にも無理なく繋がるのか。なんだ、それだけの話だったんだ。沙奈子が幸せでいてもらうにはどうすればっていう話なんだ。


これも、彼女が僕のところに来なければ今でも想像もできてなかったと思う。彼女にしてみたら、実の父親に、知らない叔父さんのところに捨てていかれたっていうとんでもない不幸だったけど、それを本当に不幸のままにするか、幸せに変えるかは、僕の力でできることなんだ。


まさか自分にそんな役目が回ってくるなんて思ってもみなかった。最初はとんでもないことに巻き込まれたっていう被害者意識しかなかった。それが今は<愛>とか言っちゃってるんだもんな。考えてみたら冗談みたいにすごい変わりようだ。


そんな自分がすごく可笑しく思えて、でもそれは全然嫌な気分じゃなくて、僕の顔はすごく緩んでしまってた。思わず沙奈子を抱きしめてしまってた。そんな僕の肩に、沙奈子も頭を預けるようにもたれかかってきてくれた。


沙奈子…愛してる。


口には出さなかったけど、他には誰も聞いてなくても口に出すのは恥ずかしくてできなかったけど、心の中でそう思った。愛なんて言葉、一生使うことは無いだろうなって思ってたのに、今のこの気持ちを表すには他に適当な言葉が思い付かなかったのだった。


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