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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五十六 沙奈子編 「安寧」

月曜日の朝。この前の金曜日に山仁さんの息子さんと石生蔵さんとの間でトラブルがあってから初めての学校。僕は起きてからずっと沙奈子の様子を注意深く見てた。辛そうにしてないか、表情は暗くないか、気分が悪そうにしてないか。でも特にそんな風でもなくて、割といつも通りにしてる気がした。


おむつをゴミ箱に捨ててトイレに行って手を洗って口をゆすいで着替えてトーストを食べて歯磨きをして今日の予定を再確認して準備は整った。あとは時間が来るのを待つだけだ。


僕は僕で、念のために沙奈子が必要なものをチェックする。今日は習字があるそうだから昨日のうちに用意しておいた習字セットも再確認する。そして彼女の給食用の箸やランチョンマットやミニタオルや箸の用意をして、水筒にミネラルウォーターを入れて、ランドセルと一緒に並べて置いておく。それから自分の用意を済ました。


7時過ぎには沙奈子に見送られて家を出る。その間際、


「学校、行ける?」


と念のため聞いたら、「うん」と頷いてくれた。どうやら大丈夫そうだな。学校でのことは沙奈子自身も見てただろうし、山仁さんも心配ないって感じにしてくれてたから、本当に大丈夫なんだと思う。


だけど家を離れると早速、彼女のことが心配になってくる。ちゃんと時間通りに家を出られるか、登校中に体調を崩したりしないか、集団登校の列に自動車が突っ込んで来たりしないか、学校でも何か事故が起こらないか、トラブルが起こらないか、石生蔵さんとのことは本当に大丈夫なのか等々の心配事が、バスを待ってる間もバスに乗ってる間も、ぐるぐると僕の頭をめぐってた。


さすがに仕事が始まったらそれどころじゃなくなるけど、トイレ休憩などでふっと余裕が出来るとやっぱり心配事が頭をもたげてくる。これだけ毎日毎日たくさん心配していて疲れないかと思われるかもしれないけど、不思議とそんなこともなかった。逆に、心配してた分だけ、家に帰って無事な姿を確認したらそれだけで幸せな気分になれた。


昼休憩、いつもの通り伊藤さんと山田さんが僕の前に座る。そこで、二人に聞いてみようかなと思ってたことを聞いてみた。沙奈子が小食っぽくてあまり食べないようなんだけど、肥満のこととか考えたらあまり無理に食べさせないようにした方がいいのかなって。


「沙奈子ちゃん、体調とかはどうなんです?。貧血とかありそうですか?」


伊藤さんがそう聞いてくる。


「いや、特にそういうのはないと思う。顔色とかも悪くないと思うし」


僕がそう答えると、山田さんが言った。


「じゃあ、そんなに気にしなくてもいいんじゃないですか?。私なんか家のことで食欲不振になって学校で倒れたことありますよ」


そうなんだ。そう言えば沙奈子はそういうのはない感じかな。今まで体調崩したこともないし、おとなしそうだけど意外と体は丈夫かもしれない。


「学校からも何か言われてません?」


と伊藤さん。


「それもなかったな」


という僕の返事に、


「だったら気にしなくていいと思いますよ。女の子って年頃になってくると太ってなくても自分は太ってるんじゃないかって思えてくるんですよね。標準体重よりもちょっとでも上だったらもう、顔が青くなっちゃいます」


って答えてくれた。すると山田さんも、


「なんか鏡って、太って見える気がしますよね。あと、自分で自分の体を見るとどうしても上から見下ろす形になって、縦方向よりも横方向のサイズが気になっちゃうのもあるって何かで聞いたことがあります。だからついつい気になっちゃうんですけど、数字的に標準体重よりちょっと下くらいっていうのが出てくれるとまだ、自分にも大丈夫なんだって言い聞かせやすいって思います」


て言ってくれた。


やっぱり実際に女の人にそう言ってもらえると、医学的にはそんなに根拠はないかもしれないけど納得できる気がする。さすがに突拍子もないことを根拠もなく言われたら眉唾かもしれなくても、この程度だったら。


そうだよな。本人が健康だったら、あまり気にしない方がいいよな。普段の体調とかよく見てあげることの方が大事なのかもしれない。それで思い出した。僕の両親は、僕がお腹が痛いって言ってるのにロクに話も聞いてくれなくて、それで無理して学校に行って授業中に突然吐いたことがあった。しかも僕が吐いたのを見てつられて吐く子までいて、殆どパニック状態。


その上、実はそれはノロウイルスか何かで、後々までクラスで流行っちゃって大変なことになったなんてこともあった。明らかに体調が悪いのに無理して学校に行かせるのは逆に他人に迷惑をかけるって、僕はそれで学んだのかもしれない。ちょっとくらいの風邪で学校を休むのなんて甘やかしだとか言う人もいるかも知れないけど、インフルエンザなんか正式に出席停止を宣言されたりするんだよ? 他人に迷惑をかけるなって言うんなら、そういうことも気にするべきなんじゃないかな。


幸い沙奈子は今までそんなことなかったから学校を休ませたのは『行きたくない』って言い出した時だけだった。ちゃんと普段から子供の様子を見てあげてれば、何か変わったことがあったりしたら気が付きやすいんだと思う。それは体調だけじゃなくて、学校で嫌なことがあったりとか、それこそイジメがあったりとかしても気付きやすいんじゃないかって思った。


義務教育期間中の子供に教育を受けさせる義務っていうのはあくまで保護者に課せられた義務であって、子供が学校に行かなきゃいけない義務っていうことじゃないんだよな。しかも、きちんと教育を受けさせてあげられるなら学校っていう形にこだわる必要もないらしい。学校の中で集団生活とか人間関係を学ぶとかが大事って言う人もいても、それで逆に人間関係に失敗したら本末転倒なんじゃないか?。


学校に行かせておけば安心じゃなくて、学校で何を学んでどんな経験をしてるかっていうのを僕は気にしたい。それでマズい方向に行ってると感じたら他の学校に行くとか、学校じゃない方法で教育を受けられたらそれでいいんじゃないかな。学び舎のはずの学校で子供が潰されるなんて、やっぱりおかしいよ。学校は人間を生産する工場じゃないんだから。


それにしても、沙奈子が小食で大丈夫なのかっていう話からずいぶん逸れた気がするけど、まあいいか。


午後も仕事に集中して、なるべく残業が長くならないように頑張った。6時頃に社員食堂で夕食を食べてるとスマホに着信があった。水谷先生だった。石生蔵さんが泣いて謝って、山仁さんの息子さんがそれを許したっていう話だった。沙奈子とは直接は関係ない話だけど、影響があるかもしれないからと報告してくれたということだった。その後、8時過ぎには会社を出られた。そして家に帰ってドアを開けて、「ただいま」って声をかける。すると、人形を前にジグソーパズルをやってた沙奈子が僕の方を見て「おかえりなさい」って応えてくれた。


良かった。今日も無事だった。表情もいつも通りだった。石生蔵さんのことは、大丈夫だったみたいだ。そう思ってホッとして、僕はまた幸せをかみしめるのだった。


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