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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五十五 沙奈子編 「耐性」

子供にストレス耐性をつけるためには怒鳴るべきだという人がいるけど、僕はその考え方はおかしいと思う。第一、ストレス耐性っていうもの自体がよく分からない。医学的にも心理学的にも何か根拠のある考え方じゃなさそうだし、結局はトンデモ科学の一種なんじゃないのかとしか思えない。


本当に当たり前みたいに言葉として使われてるけど、ストレス耐性って何なんだ?。何か数値化できるものなのか?。全方位的にストレスに強い人なんて、僕は見たことない。ある種のストレスには強い人でも、別のストレスにはてんで弱かったりするし。


単純にストレスに強いかどうかっていうだけの話だったら、普通の人なら我慢できない虫歯の痛みを、『痛い』とも言わず我慢していた沙奈子なんて、とんでもなくストレス耐性が高いってことになるんじゃないかな?、だったら彼女にはもうストレスをかけて慣れさせる必要なんて全くないっていうことになるよな。


実際、僕は沙奈子にわざとストレスをかけて慣れさせるような必要は全く感じてなかった。それどころか、彼女がこれまでに受けたストレスは一生分と考えてもお釣りがくるんじゃないかって思う。だから僕が彼女にわざとストレスをかける必要なんてこれっぽっちも感じない。


そんな彼女でも、石生蔵さんとのことで学校に行きたくないと言い出したのを無理に行けと言って送り出してたら、今頃どうなってたのかってすごく思う。


ただ、石生蔵さんのこともそうだったけど、普通に生活してるだけでもストレスがかかるものだっていうのは分かってる。そういうものをすべて無くすことは不可能だっていうことも。そう考えると、回避できないストレスにどう対処するかっていうことを彼女は学んでいく必要はある気はする。


ストレスを全て回避するなんていうのが不可能なら、その時その時に直面したストレスを経験として活かしていけばいいんじゃないかなって僕は思ってる。わざとストレスなんか掛けなくても、ストレスは向こうから勝手にやってくるんだから。沙奈子も、石生蔵さんが自分にきつく当たってくることに、だんだんと慣れていったみたいだし。そしてそれは、僕が無理に学校に行けって言わなかったことで、どうしても我慢ができなかったら行かなくてもいいっていう余裕があったからそうなれたんだっていう気がする。


僕自身は今まで、とにかくスルーすることでストレスに対処してきた。見えてるもの、そこにあるものを見ないようにして耐えてきた。それは一緒になって支えてくれる人がいなかったからだっていうのが今なら分かる。でも今は、沙奈子がいる。彼女が別にそんなこと意識してなくても、傍にいてくれるだけで頑張れる、力が湧いてくるっていうのがある。それがストレスを和らげてくれる。


人は一人では生きていけない。


よく言われることだけど、これまでの僕はその意味が理解できなかった。僕は一人で生きている。誰の力も借りないし、誰にも関わらないで生きていけてる。ずっとそう思ってた。そういう生き方もあるんだとは今でも思ってる。だけど僕自身は本当はそうじゃなかった。そうじゃないことを見ないようにして強がってただけだった。沙奈子と一緒に生きるようになってそれを思い知らされた。強がって生きるのはこれからもできるかもしれないけど、自分からそうしたいとはもう思わない。


僕もさんざん親にはきつく当たられた。だけどそのおかげで身に着いたのは、現実から目を背けて逃げる方法だけだった。一人で生きるために努力したつもりでも結局は大した人間にもなれず、いてもいなくても同じという人間にしかなれなかった現実に勝てず、そういうものを打ち破れる力なんてそんな漫画みたいな能力も開花せず、ただ死んでないだけっていう人生を直視しないことで何とか生きられる程度の人間にしかなれなかった。


そう言えば、山田さんが言ってたな。怒鳴ることを正当化する親の子供は扱いにくくなる傾向があるって。あくまで傾向っていうだけだから当然それに当てはまらないものも多いっていうことなんだと思うけど、僕はその当てはまらない方の一種なのかもしれないな。表向きは他人に合わせて逆らわないようにして、でも実は内心で冷笑してて毒にも薬にもならないように目立たないようにする。一見扱いやすそうで、なのに本質的にはどこか危ういものを抱えてる。そんな形でストレスに耐えられても、嬉しくもなんともないよな。少なくとも今の僕にとっては、そんなのは嬉しくもなんともない。


大事なのはどうやってストレスに対処するかってことなんだろうなって今は思う。ただ耐えるだけっていうのはなんか違う気がしてる。ただ耐えるだけなら、見て見ぬ振りするのが一番簡単だもんな。


穏やかに寝息を立てる沙奈子の顔を見ながら、僕の腕に寄り添うようにして眠る彼女の体温とかを感じながら、僕は考えてた。小さいなあ。こんなに小さい体でずっと耐えてきたんだなあって。寝顔なんてまだ赤ちゃんとそんなに変わらない気がする。そんな彼女には重すぎるものを背負ってきたんだよなあ。その彼女がやっと安心して寝られるようになったんだ。それを守ってあげられないなんて、何のための大人なんだ。僕は無力で頼りない人間だけど、少なくとも彼女よりはたくさん生きてて一応は大人って呼ばれてるんだから、それを守ってあげられる大人でありたい。


どうすれば彼女がこうやって安心して眠れる環境を守っていけるのか。この寝顔を守ってあげられるのか。そのためにはどうしたらいいのか、これからも考えていきたい。と言うか、勝手に考えてしまってる僕がいる。何だか、これまで考えないようにして逃げてきた分の穴埋めをしようとしてるみたいにも思えるなあ。


安心して油断し切って寝られる場所があってこそ、辛いことや大変なことにも耐えていけるんだと今なら分かる。悲しいことや苦しいことがあってもそれが癒されていくんだと思う。彼女はこれまでもういっぱい苦しんできた。辛い思いをしてきた。それでもう十分じゃないか。これ以上そんなのは必要ないよな。


将来、僕じゃない誰かが代わりに安心して寝られる場所を提供してくれるんだとしても、いや、沙奈子自身が誰かにそういう場所を提供できるようになるんだとしても、少なくともそこまでは僕がその場所を提供してあげたい。そしてそれは、僕自身にとっても安心できる場所なんだと思う。だって僕は今、こんなにも安心してる。安らいでる。明日も頑張ろうって思える。


家って本来、そういう場所なんだろうなあ。外でどんなに辛いことがあって苦しいことがあっても家に帰ればそういうのを忘れられるから、また頑張れるんだろうなあ。今のこの状態は、僕にとってもやっと手に入れることができた家庭なんだから、それを守ることは僕自身のためにもなるんだって感じる。そのためなんだから仕事も頑張らなくちゃな。


だけど家庭を守るためだって仕事ばかりになっても、きっとうまくいかなくなるんだろうな。そのあたりのバランスも忘れないようにしなくちゃと、僕は思ったのだった。


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