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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五十三 沙奈子編 「興奮」

夕方。また沙奈子と一緒に買い物に行く。歯磨き粉とかポケットティッシュとか、別に急いで買う必要はないものばかりが今回は目的だけど、やっぱり一日に一回くらいは外に出た方がいいと思って、とにかく理由を作って出掛けるようにしてた。今日は荷物も少ないはずだし涼しいし、散歩も兼ねてあえて歩いていくことにした。


ちょっと歩くのが遅い気がする沙奈子の足に合わせて歩けば、大型スーパーまでは15分弱。簡単に買い物をすませば往復で30分程度だから散歩としてはちょうどいい感じじゃないかな。


でも今日はちょっと、スーパーの中で寄り道することにした。おもちゃ売り場に寄ってみることにしたんだ。と言うのも、沙奈子がどんなおもちゃに興味があるのかっていうことを知ってみたいと思ったからだ。勉強を頑張ってるご褒美っていう訳じゃないにしても、たまには何かちょっとしたものくらい買ってあげてもいいんじゃないかって思った。


なにしろ沙奈子は、これまでそういうものをねだるような素振りさえ見せなかった。子供なんだから少しはおもちゃとかも欲しいはずだと思うのに、彼女はそういうことをとにかく我慢してしまうんじゃないかな。おもちゃとか欲しがっただけで折檻されたりしたかもしれない。それが怖くてそんな様子さえ見せなくなってしまったのかもしれないと考えたりしてしまう。それくらい彼女は控えめすぎるんだ。


それに、沙奈子の誕生日は5月12日。僕のところに来てすぐに誕生日だったんだ。だけどその頃はそれどころじゃなくて、と言うか彼女の誕生日そのものを知らなくて、誕生日のお祝いをしてあげられなかった。もう四ヶ月以上過ぎてしまったけど、遅ればせながら誕生日のプレゼントもしてあげたいと思ったんだ。思い出したのはついさっきなんだけどね。


考えてみたら自転車を買ってあげたのを誕生日プレゼントっていうことにしてもよかったかなと思ったりするけど、何だかそれもちょっと僕の気分として違うかなって感じだった。


「おもちゃ売り場に行ってみる?」


そう聞いたら、沙奈子はちょっと驚いたような顔をした。でもすぐに嬉しそうに「うん」と頷いてくれた。


手をつないで二階にあるおもちゃ売り場に向かう。エスカレーターを上がってすぐ右に、おもちゃ売り場はあった。それを見た沙奈子の目がキラキラとするのを、僕は見逃さなかった。やっぱりおもちゃとかにも興味があるんだと思った。


すると沙奈子は、きょろきょろと何かを探すように歩き出した。男の子向けのおもちゃが並んだところは素通りして、ジグソーパズルが並んだところで一瞬立ち止まったかと思ったらまた進んで、女の子向けのおもちゃが並んだところに来たのだった。そしてあるおもちゃの前で立ち止まった。


それは、女の子向けのおもちゃの定番中の定番、いわゆる着せ替え人形だった。沙奈子はそれを、本当に子供らしいキラキラした目で見詰めていた。いくつも並んでるそれらを順に見ていって、結局、最初に立ち止まった人形のところに戻ってきた。いろいろある中で一番、基本になる飾り気のない人形だった。それを見て何だかいかにも沙奈子らしいなって思ってしまった。


「それがいいの?」


僕が聞くと、でも、彼女は僕を見てちょっと困ったような顔をした。てっきりそれが欲しいと言うのかと思ってた僕が少し戸惑っていると、彼女はすたすたと歩いてジグソーパズルが並んでいるところに来た。そしてイルカの絵が描かれたパズルの見本を見上げてた。最初はただイルカの絵が見たかったのかと思ったら、他のジグソーパズルも見始める。まさか、ジグソーパズルそのものに興味がある?。そう思って僕は聞いた。


「ジグソーパズルが好き?」


すると沙奈子はすぐに頷いた。知らなかった。小学4年生でジグソーパズルが好きとか、僕の周りにはいなかった気がする。随分と渋い好みだと思った。すると彼女はまた人形の方に戻ってそれを見て、またジグソーパズルのところに戻ってそれを見てというのを何度か繰り返した。どうやらどっちにするか悩んでるようだった。珍しく興奮してるのか、「ふん~」と鼻息が荒くなってる気もする。その様子があんまりにも可愛らしくて、


「よ~し、じゃあ両方ともにしよう」


僕がそう言った瞬間、沙奈子は「えっ!?」って声を上げて僕を見た。それには逆に僕の方が驚いた。まさかそんな反応するとは思ってなかった。これまでの彼女のイメージには無かった反応だった。でも気を取り直して言う。


「沙奈子の誕生日プレゼントと、プレゼントが遅くなったお詫びだよ。人形とジグソーパズル、一つずつなら選んでいいよ」


咄嗟に思い付いた理屈でプレゼントを二つにしたその時の沙奈子の顔を、僕は当分忘れられないだろうと思った。嬉しそうなのか驚いてるのか困惑してるのかよく分からない顔で目を潤ませて僕に抱き着いてきた彼女の頭を、何度も撫でた。


それから沙奈子は、人形の方はもう決まってたみたいですぐに手に取ったけど、ジグソーパズルの方はたっぷり30分くらい迷って、結局、最初に見ていたイルカのものに決めたのだった。でもそれは、300ピースってなってた。いきなり大丈夫なのかな?。最初はもっと簡単なのにしたらって考える僕の心配をよそに、彼女は300ピースのそれと人形を大事そうに抱えてレジの方に歩き出した。


彼女がそうするっていうのならそれでいいし、忍耐強い沙奈子のことだから大丈夫なのかなと思ってその二つを買うことにした。その後で日用品売り場に行って歯磨き粉とポケットティッシュを買って、歩いて家に帰った。その途中も沙奈子は僕からのプレゼントの入った袋をしっかりと胸に抱いて、やっぱり興奮してるのかいつもと少し違う感じで歩いてる気がした。しかも早く家に帰りたいのか、スピードも明らかに早い。


家に着いてもまだ興奮してる気がする。いや、余計に興奮が高まってる気もする。部屋に入るとやけに力が入った感じの表情で僕の顔を見る。さっそく遊んでいいのか聞きたいんだなと思って、


「いいよ、遊んでて」


と言ったら急ぐようにして袋から出してまず人形の方をパッケージから出して、返ってきた夏休みの工作の貝殻の家の椅子に人形を座らせていた。明らかにそういう人形で遊ぶことをイメージしていたのであろうそれは、あつらえたようにサイズがぴったりだった。そしてそれを眺める沙奈子の鼻息がどうも荒い。「むふ~っ」ていう感じかな。


だけどそれを見て僕は、彼女にもちゃんとそういう欲求があったんだっていうことに安心したのだった。これまでの様子を見てたら何もかもを諦めてただ流されるままに生きることにしてるようにしか見えなかったから…。これまでにも彼女がそれまで見せてこなかった一面を見せるたびに思ったことだけど、やっぱり沙奈子も普通の子供なんだよな。当たり前なんだけどさ。


テーブルに家と人形を飾り、その前に今度はジグソーパズルを出して、すぐに彼女はそれを始めたのだった。


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