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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五 沙奈子編 「成長」

「今日は自転車を買いに行こう」


日曜日の朝、突然の僕の申し出に、沙奈子は驚いたような顔をして僕を見た。喜んでくれるかと思ったけど、意外と困惑したような感じだった。服くらいだと素直に喜べるけど、さすがに自転車くらいになると遠慮してしまうのかと思った。だけど、これは沙奈子のためだけでなく、僕のためにもそうしたいという理由があった。


沙奈子が来たことで、最近、あちこち出掛けることが多くなった。一人だった頃は会社の行き帰りのついでにほとんどの用事を済ませていたから家から出るのはそんなになかったけど、先日の学校での個人懇談や、歯医者通い、沙奈子のための買い物等々。


そのどれもを徒歩ばかりでやっていると結構大変な気がしていた。だから僕は、思い切って自転車を買うことにした。沙奈子はもう小学生だから自転車の後ろに乗せることはできないのでそれぞれのを買うことになるのはちょっと痛いけど、仕方がないと思った。


だからとにかく、僕自身の為にも自転車が欲しかったのだ。


いまいち気乗りしない風の沙奈子を連れて先日服を買った近所の大型スーパーにやって来ていた。ここは数はそんなに多くないけど、自転車も売ってて、しかもその辺の自転車屋よりも値段も安いのを、僕は買い物に来た時に見ていて知っていた。


早速自転車売り場に行って、僕用には一番安い9800円の軽快車にして、沙奈子用に水色の子供自転車を買って帰ることにした。だけどその時、店員が何気なく聞いた一言がきっかけで、そんなにすんなりいかないことが分かってしまったのだった。


「お子さんは、補助輪なしで乗れますか?」


さすがに小学4年生の子にそれを聞くのは失礼なんじゃないかって僕は思ったけど、沙奈子を見たら彼女は首を横に振っていてこれには僕の方が驚いてしまった。後で店員に聞くと、最近は4年生くらいでも乗れない子が結構いるということだった。


これはまさかの事態だ。でもそこで、店員がおかしなことを言いだした。


「それでは練習のために、ペダルを外しておきましょうか?」


ペダルを外す?。何のために?。それじゃ自転車の意味が無いんじゃないか?。


「自転車に乗れないのは、ほとんどの場合がバランスの取り方に慣れてらっしゃらないからです。バランスが取れないのにペダルをこぐという動作までしなくてはならないので、脳が混乱してしまって、うまく乗れないんですよ。そこで自分には無理だという思い込みができてしまうと、乗れるまでに時間がかかってしまったり、諦めてしまったりする人もいらっしゃるんです」


僕自身は、いつから乗れるようになったのか分からないけど気が付いたら乗れていたからそんなこと考えたこともなかった。感心する僕にさらに店員が続ける。


「ですからまず、ペダルをこぐのではなく、足で地面をけってスピードに乗り、バランスを取ることを体に覚えさせるんです。それが上手くできるようになってから、ペダルを取り付けてこぐ練習をするというのが最近よく行われる練習法です。バランスを取ること自体は、片足立ちが30秒ほどできる方なら誰でもできるはずです。この方法だと、早い方なら数十分で自転車に乗れるようになりますよ」


何気なく沙奈子の方を見ると、意外なことに彼女もその説明を熱心に聞いていた。早ければ数十分で乗れるようになるという言葉が、彼女にとっても興味を引いたのかもしれないと思った。


「それじゃお嬢さん、まず片足立ちしてみましょうか?」


そう言われて沙奈子は小さく頷き、早速片足立ちに挑戦することになった。そうすると、どちらの足でも全然問題なく30秒をクリアすることができた。あまり運動は得意ではなさそうな彼女だけど、さすがにそこまで鈍いわけでもなかったんだな。


それで僕は、練習のためにペダルを外してもらうことにした。


「けがを防止するためにはプロテクターやヘルメットをお求めいただけるといいと思うのですが、いかがなさいますか?」


完全にセールストークだとは分かってたけど、沙奈子のためだと思えば乗るしかなかった。自転車2台と子供用ヘルメット一つ、肘膝用のプロテクター一式の代金を払い、防犯登録を済ませた後、店員は手際よくペダルを外した。


「外したペダルについては、工具があればご自分で付けていただくこともできますが、領収書などをお持ちいただきこちらで買っていただいた自転車だということが分かれば、無料で取り付けさせていただきます」


外したペダルを前かごに入れながら、店員が言う。さらに、


「もしよろしければ、1時間ほどでしたら当店の屋上で練習もできますが、どうなさいますか?」


と聞いてきた。そんなこともできるんだと僕はまた驚いた。


二人の自転車を押してエレベーターに乗り、付き添ってきた店員が鍵を使って普段は押せないようになってる屋上のボタンを押して、僕達は屋上に出た。するとそこは、ゴーカートのコースのようなところに、小さな信号や横断歩道、踏切らしいものが設置された、いかにも子供向けの自転車練習用っていう感じのスペースがあった。


「実は当店では、近隣の町内会やPTAの方を対象に、自転車講習会を行うためのコースの貸し出しを行わせていただいてます。また、当店で自転車を買っていただいた方には無料で1時間練習ができるサービスも行わせていただいております」


さすがに夏も近い今だと晴れればすごく熱いと思うけど、今日は幸いにも曇り空だったから、練習には最適だと思った。早速ヘルメットとプロテクターを身に着けた沙奈子は、自転車のシートの高さも調節してもらってまたがり、地面?を蹴って自転車を進ませた。


最初の方こそよろよろと頼りなげだったけど、足で蹴りながらコースを何周もしてる間にみるみる危なっかしさが無くなり、勢いよく地面を蹴って足を上げた状態で惰性で10メートル以上進むようになったかと思えば、そのままカーブまでできるようになったのだった。時計を見ればまだ30分くらいしか経ってない。これだと本当に1時間もかからずに自転車に乗れるようになりそうな気がしてきた。


ブレーキを握れば減速ができることも理解した沙奈子の姿は、ペダルこそついてないけどほとんど普通に自転車に乗れてるように見えた。そしてそれは、他でもない沙奈子自身が一番驚いて、喜んでいるようにも見えた。


せっかくなのでペダルをつけて乗ってみようということになり、つけてもらうことにした。その間、いつもは大人しくて表情もそんなにない彼女だけど、この時ばかりは本当に子供らしいキラキラした目で自転車本来の姿に戻っていく自分の自転車を見詰めていた。


ペダルが付き、最初はそれが邪魔になってやりにくそうにしてたけど、それもすぐに慣れて加速して、惰性で進んでる時にペダルに足を乗せるだけから始まってゆっくりペダルを回すようになり、ついには普通にペダルをこいで乗れるようになったのだった。


それを見て僕は思った。子供って、時々びっくりするような速さで成長するんだって。


そして僕達は、ついでということでまたスーパーの中の喫茶店でサンドイッチとオムライスでお昼にして、二人で自転車に乗って家へと帰ったのだった。


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