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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四十二 沙奈子編 「傷痕」

…夢か……。


ふっと目が覚めた僕は、そんなことを考えていた。沙奈子がうちに来て、僕の家族として暮らし始めるようになった頃の夢だった。


窓の方を見ると、カーテン越しでも空が少し明るくなってきているのが分かった。次に沙奈子の方を見ると、彼女はすごく落ち着いた寝息を立てて眠っていた。そろそろおねしょをしてる頃だと思ったけど、おむつがあるからそのまま寝かしておいてあげようと思った。


それから夢の内容を思い出す。実際にあった出来事の記憶がそのまま再現されただけの夢だった。でも僕はそのおかげで、自分がどうして沙奈子のことをこんなに守ってあげなくちゃと思えるのか、その理由の一端を思い出すことができたのだった。


そうだ、あの時、公園で出会ったあの子の姿が、最初のきっかけだったんだと思う。


すると僕は、胸が締め付けられるような気分になってしまった。どうして僕はあの時、あの子の手を掴んで警察とかに行かなかったんだろう…?。どうして僕は、あの子を見捨ててしまったんだろう…?。


あれから気になってニュースとかをチェックしてみたけど、あの公園の辺りで虐待を受けた子が保護されたっていうニュースはこれまでなかった。あの公園の近くで虐待を受けた子が亡くなったとかいうニュースもなかった。だとしたらあの子は今も、あのままでいるのかも知れないと思って、たまらない気持ちになった。


実際には、児童相談所も警察もその子のことを探してるらしいから僕にできることなんて何もないんだとは思うけど、あの後にも何度かその公園に行ってみたけど、その子の姿を見かけることはもうなかった。


だから余計に感じるんだと思う。僕はあの子を助けてあげられないけど、沙奈子のことは助けてあげられるはずだって。それが僕の役目なんだって。


沙奈子の寝顔をしばらくぼんやりと見ながらそんなことを考えていたら、僕はまたいつの間にか眠ってしまっていたのだった。




山仁さんの息子さんと石生蔵いそくらさんとの一件があった日から十日ほど遡る。


朝、いつもの様に目を覚ます。夢のことはとりあえず置いといて、沙奈子と二人で用意をする。石生蔵さんとのことは、解決はしてないけどいくらか落ち着いてきてたこの頃、僕はこれまでにも増して沙奈子の様子を注意深く見るようにしてた。彼女が辛そうにしてたりしたら見逃すまいと思ってのことだった。


それで、沙奈子が自分で髪をといてる時に気付いた。彼女の首の後ろ、生え際の辺りに、髪の毛に隠れて分かりにくいけど丸い痣みたいなものがあることに。


「沙奈子、ちょっとそこ見せて」


僕がそう言って彼女の首の後ろ辺りに手を近付けた時、明らかにビクッと怯えたような反応があった。最近、僕の前ではあまり見せなくなった反応だ。だから余計に気になった。


「大丈夫。見るだけだから」


そっと髪の毛を持ち上げてみて、確かめた。丸い痣が、少なくとも三つ。髪の毛が生え始めてる辺りでパッと見は分かりにくいけど、何かにぶつけたというよりは、火傷の痕みたいな感じだった。しかもそこだけ、髪の毛がほとんど生えてない。それを見て僕はピンときた。


「痛かった…?」


僕が聞くと、沙奈子は黙って頷いた。たぶん、煙草か何かを押し付けられた痕だと思った。きっと、髪の毛を伸ばし放題にしてた頃ならそれこそ気付かなかったと思う。ちゃんと綺麗に揃えて、ブラシでとくようにしてたから気付けた気がする。


以前、僕がラーメン屋で虫歯に気付くまで、痛いとも言わずに隠し続けられたのはなぜかと思ったけど、これかも知れないと思った。痛いとか何とか言ったらこういう形で折檻を加えて、何も言わせないようにしたんだと思った。


その瞬間、僕の中に、ものすごく大きくて黒くて圧力を持った何かが込み上げてきた。怒りだか何だか自分でもよく分からない、感情なのか何なのかも分からない何かだった。だけど僕は、それをあえて無視するようにして鎮めた。ここで今、僕が感情的になっても仕方ない。目の前には沙奈子しかいないんだから、彼女を怖がらせるだけだ。だけど、もし、兄が今度僕の前に現れたら、その時は感情を抑えきれるか自信が無くなってしまった。


だけど駄目だ。兄に報いを受けさせたいなら、ちゃんと方法を考えなくちゃ。僕が感情に任せて何かして逮捕とかされたら、辛い思いをするのは結局、沙奈子じゃないか。それだけは駄目だ。


それに、僕だって兄のことを責められる立場じゃない。こんな痣に気付くまでにも四ヶ月以上もかかるなんて、僕がいかに沙奈子のことをちゃんと見てあげてなかったかっていう証拠じゃないか。少なくとも、一緒に風呂に入って、膝に座らせて寛いで、その間はずっと目の前にあったはずなのに、今日になるまで気付かなかった。こんな僕に兄を責める資格があるとは思えない…。


だから、彼女を抱き締めた。せめてもと思って、もうそんな辛い目には遭わせないと思って、抱き締めた。


「もう…痛くさせないよ。ごめんな、沙奈子…」




その後、お風呂に入ってる時とか着替えてる時とかに、僕は意識して気を付けて、沙奈子の体を見るようにした。そうしたら、両方の脇の下にも何か所かあった。意識して見ないとただちょっと皮膚の色が変わってるだけって思うかも知れないけど、首の後ろのあれを見た後だと同じものとしか見えなかった。それどころか、あんまりしっかり見るのはためらわれて見ないようにしていた太腿の内側とか、お尻の割れ目の間にも、同じような痣があった。わざと、見えにくいところとか、見るのをためらわれるところにそういう風にしてたんだというのが分かった。


実際にやったのが兄かどうかは分からない。兄は確かに煙草を吸ってたような気もするけど、それだけじゃ証拠にはならない。ただ、沙奈子が身近な大人からそういう風にされてきたことだけは、改めて実感させられた。それがどれほどのことだったか、そこまでの経験はない僕には分からない。


でもこれだけのことをされてきた沙奈子が心の奥に暗い何かを秘めてても、何の不思議もないと改めて思った。今後、それがもし表面化したとしても、僕だけはそれを受け止めてあげなきゃいけないと思う。世間ではメンヘラとか言ってそういう辛いものを抱えた人を馬鹿にする風潮があるみたいだけど、彼女の傷を見てしまった僕には、とてもそんなことはできない。


沙奈子が大人になって、普通に好きになれる人に出会って、普通に幸せになれるかどうかは、僕には分からない。そうなってほしいとは思うけど、もしそうじゃなくても、二人でいられたら幸せだと思ってもらえるようにはしたいと思う。って言うか、たぶん僕にはそれしかできない。


その時ふと、山仁さんの息子さんのことが頭に浮かんだ。彼がもし沙奈子のことを受け入れてくれるんだったら……。


いやいや、それも違うな。だってまだ小学4年生だもんな。今からそんなこと考えてたって、迷惑になるだけだろ。それに沙奈子が彼のことを男の子として好きかどうかもよく分からないし。そうだよ。今はとにかく成り行きを見守るしかないんだよな。


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