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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四十 沙奈子編 「相談」 

「女の子って、何歳くらいで父親と一緒にお風呂に入らなくなるもんなんですか?」


山仁さんの息子さんと石生蔵さんの関係が小康状態に入ったらしいことで僕自身も少し落ち着きを取り戻し、僕は会社の食堂で、いつもの様に目の前でマシンガントークをしていた伊藤さんと山田さんに、ふとそんなことを聞いてみたのだった。


「え?。どうしたんですか急に?」と伊藤さん。


「あ、もしかして沙奈子ちゃんの事ですか?」と山田さん。


頷いた僕に、山田さんが言った。


「そうですねえ。私は小学校の1年の頃には一緒に入らなくなったと両親から聞かされました」


それに続いて伊藤さんも。


「私は2年生の頃です。クラスの男子が下ネタトークしてるのが嫌で、そのせいでお父さんのこともちょっとそういう目で見るようになったのがきっかけだった覚えがあります」


「そうですか。普通はそんなもんなんですよね」


そう答えた僕に、山田さんが聞いてくる。


「沙奈子ちゃん、一人でお風呂に入れないんですか?」


さすがに勘が鋭いと思った。


「一人で入れないことはないんですけど、一緒に入りたいらしいんです。これはどういう心理なんでしょう?」


女の子の気持ちみたいのは僕には到底分からないから、せっかくこうやって親しくなれた二人にアドバイスをもらいたいと思って聞いてみたんだ。すると伊藤さんが言う。


「それはずばり、沙奈子ちゃんにとって山下さんは<お父さん>であって、<男の人>じゃないからじゃないですか」


それは僕もそう思う。明らかに沙奈子の態度を見てても、僕を男の人として意識してないのは分かるし。問題なのは、4年生でそういうことを意識してないのは大丈夫なのか?ってことなんだ。すると山田さんが僕の意図を察したように言った。


「沙奈子ちゃんはきっと、これまでお父さんに構ってもらえなかった分を取り戻そうとしてるんじゃないですか?。私の印象だと、沙奈子ちゃんって、大人しくて積極的にはなれないけど、本当はすごく甘えっ子なんだと思います。だから本当はもっと早いうちに通過してるはずの<お父さんにいっぱい甘えたい>っていう気持ちが、今になってようやく報われたってことなんですよきっと」


その山田さんの意見に伊藤さんも同調する。


「そうそう、私もそう思います。だから今、一緒にお風呂に入りたがっても全然おかしくないんですよ。それだけ沙奈子ちゃんが山下さんのことを本当のお父さんみたいに思ってるってことでいいってことですよ」


そんな風に言ってもらえて、僕はすごく気が楽になった。正直言ってこの二人のペースにはいまだについていけない僕だけど、一見するとすごく自分勝手そうに見える二人だけど、僕に対して、いや、僕と沙奈子に対してすごく気を遣ってくれてるっていう実感はある。だけど沙奈子のことがなかったら、僕はきっとこの二人とこんな風に話をするようにはなってなかったんだろうなあ。それがとても不思議だった。


だけど二人のトークはさらに続く。


「でも山下さん、今は一緒にお風呂に入ってくれてても、きっと、沙奈子ちゃんが男の子を好きになったりしたら一緒には入ってくれなくなると思いますよ」と伊藤さん。


「そうですよ山下さん。沙奈子ちゃんはまだ幼いだけなんです。異性を意識してないんだと思います。だから山下さんのことも男の人として見てない。異性を意識し始めると、一緒にお風呂なんか入ってくれなくなりますよ~」と山田さん。


「それどころか、急に素っ気ない態度を取るようになったりして、顔も合わせないようにしたりするかもしれませんね」


「うんうん。話しかけても返事もしてくれなくなるとか。私も中学高校の頃はお父さんと話したのなんか数えるほどしかないです」


「門限作っても破ったりとか。私もやりました~、門限破り。お父さんすごい剣幕で怒ってましたけど、余裕でスル~」


「そうですよ~。年頃の女の子は、お父さんにとってはまさに謎の生命体でしょう。でも沙奈子ちゃんがそうなっても、うろたえないであげてくださいね。それってきっと、大人への扉っていうものなんだと思います」


「だよね~。それを大人の余裕で受け止めてあげられたら、またお父さんのこと好きになってくれますよ。私はちょっと父のことは苦手ですけど~」


「私もそう。その頃のお父さん、うろたえたと思ったら急にキレたりして、『男の人ってコワい』って思っちゃったりしました~。だからホント、山下さんは沙奈子ちゃんのこと、しっかり受け止めてあげてくださいね」


とか何とか…。


「う、うん。頑張ります…」


結局、二人に圧倒されっぱなしだったけど、それでも相談したのは良かったと思った。僕一人の頭の中だけでいくら考えても分からないことに答えをくれたことには、本当に素直に感謝したいと思った。


ただ、実はこの時、他にも気になることがあったんだけど、それについては敢えてこの時は口にはしなかった。僕の思い過ごしの可能性もあったから……。




翌日に学校がある日は、寝るのが遅くなってしまうとマズいので沙奈子には我慢してもらって一人で入るようにしてもらってる。だけど、金曜日とか祝祭日の前日とか土日は、一緒に入るようにしてた。


金曜日なんかは、お風呂に入りながらその日に有ったこととか聞いたりもする。石生蔵さんとのことがあった時なんかは、当然、そのことが多くなってた。


「石生蔵さんって、どんな子?」


沙奈子があまり沈んだ様子を見せなくなった頃、そう聞いてみた。


「元気な人…」


それが沙奈子の答えだった。てっきり『意地悪な人』とか答えるかと思ってたから、正直言って意外に感じた。でもそれが沙奈子なんだって思った。人のことをあえて悪く言わないようにしてるのか、それとも悪く言って怒られるのが怖いのかは、分からない。言葉だけを聞いてたら、すごく優しくて大人しい子だって思う。だけどもしかしたら、そんな彼女の中にも何か暗い感情があるかも知れない。いや、むしろあって当たり前じゃないかな。


でも僕は、彼女にそういう部分がもしあったとしても、受け止めてあげたいと思った。もしそういうものが生まれてたとしたら、それはきっと沙奈子自身のせいじゃないから。僕の兄を始めとした、周囲の大人が植え付けたものだから。だから僕は大人の責任として、そういうのと向き合ってあげなくちゃいけないと思う。


それがいつになるかは分からないけど、もしかしたら思春期とかになって社会のことをいろいろ考えたり、自分の過去とか未来のことを考えるようになったりした頃に表面化したりするかもしれないけど、それも含めて彼女なんだから、僕はそれと向き合える大人でいたいと思う。


こんなに小さくて頼りなげで、僕がちょっと乱暴に扱ったらすぐに壊れてしまいそうな沙奈子。なのに今では、僕にとってすごく大きな存在でもある。そんな彼女のためと思うと、僕はいつでも気持ちを新たにできるのだった。


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