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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三十四 沙奈子編 「報告」

「実は、沙奈子さんと同じ私のクラスの石生蔵千早いそくらちはやさんという女子児童が、沙奈子さんの夏休みの工作を壊してしまったんです」


「え…?」


あまり時間もないということだからか、水谷先生はまず核心から話し始めた。ちょっと戸惑ったけど、それで大まかな事情は僕にもすぐに分かった。


「あ、いえ、壊したと言っても、その時のことを見ていた他の児童の話によると、必ずしもわざとということではなくて、手を振り回した弾みに当たってしまった感じだったそうです。ただ、その石生蔵さんという児童は、最近、沙奈子さんとは少し折り合いが良くなかったというのは私も気付いていましたので注意して見守らせていただいていたのですが、私が教室を離れていた時とは言え、本当に申し訳ないことをしてしまいました」


もうそこまでで大体の経緯は分かったような気がした。だから僕は、単刀直入に聞いてみた。


「それは、イジメということでしょうか…?」


僕の質問に、水谷先生はちょっと困ったような顔になる。だけど目は逸らさずに、話を続けた。


「イジメと断定してしまうのはまだ難しいですが、少なくとも学校側ではイジメの疑い案件として注視はさせていただいていました。沙奈子さんの方からは特に石生蔵さんに対して何かしようとはしてなかったんですが、石生蔵さんの沙奈子さんに対する態度が若干、厳しいものであったとは認識していました。夏休み中のプールの時にもそれで少しトラブルになり、他の児童が止めに入ったこともあるそうです」


それを聞いて、僕はハッとなった。そう言えば、夏休みのプールの最終日だったか、沙奈子の様子が少しおかしかった気がしたのは、そのことだったのかと思った。


「そうですか…。この子はちょっときびきび動けないところがありますから、それでイライラしてしまったのかも知れないですね」


そこまで話を聞いた時点で、僕は何だか自分が落ち着いてくるのを感じた。先生の話は簡潔で、大事なことをごまかそうとしてるようには感じられなかったからかもしれない。だから、自分なりにそうなった原因というものを考える余裕ができたような気がする。だけど、水谷先生は、それに対してはきっぱりと言った。


「いえ、それは違います、山下さん。人はそれぞれ得意なことと不得意なことがあるのですから、機敏な動きができないことは決して悪い事ではありません」


それはすごく真剣な表情だった。クラスで起こったトラブルに対して適当に理由を付けて、仕方なかったということにしようとしてる感じじゃなかった。


「もちろん、少しでも改善するための努力を本人が行うことも大事ですが、それ以上に、そういう違いを認められないことの方が問題なんです。当校では、人はそれぞれ違うことを自覚し、互いの違いを認め合うことができる人を育てることを目標としています。ですから今回のことは、私たち教師の責任なんです。今回のこともあり、今後、学校側としても対応を一段階上げることになりました」


対応?。対応って…?。僕が頭の中で思ったことに応えるように、先生は続けた。


「具体的には、学年主任の教師が常にクラスに着き、担任、副担任と一体になって指導していきます。これで常時、教師が誰か一人は教室にいることになります。不適切な行動をとる児童には、伝聞に基づいたものではなくて、教師自身が確認したことについてその場で指導を行います。どんな理由があっても、暴力や威圧で人を支配しようとするのは許されないことです。それを知ってもらうことで、今回の案件の解決を図っていきます」


驚いた。沙奈子の学校って、そうだったんだ。僕の通ってた学校は、生徒同士のトラブルに教師は基本的に見て見ぬふりだったと思う。生徒の自主性を重んじると言えば聞こえはいいけど、要するに面倒臭いことには関わりたくないという本音が見え見えの態度だった。そのおかげで僕もいろいろ大変な思いをした。後になって聞いた話だと、他の学年には自殺未遂までした子がいたらしい。


確かに、子供のケンカとかに大人がいきなり介入するのはやり過ぎかも知れないと僕も思う。だけど、それと、子供同士の感情のもつれをただ放置するのは違うと思う。注意深く見守った上で、その中で人としてやっちゃいけないことをした子がいたら、すぐにきちんと注意をしてあげることが、良くないことをした子がそれに気付くきっかけになるんだと思う。それをしないで放っておいて、事態が深刻になってから慌てるから、解決が難しくなるんじゃないかな。


なんて、そんなことを考えるようになったのも、沙奈子が来たのがきっかけになったと思う。彼女が学校でイジメられたりしたらどうやって守ればいいのかってことを考えてるうちに、何となくそう思うようになったんだし。


って、それって、まさに今、水谷先生が言ってたことのような気がする。


そうこうしてる間に20分はあっという間に経ち、歯医者に行く時間になった。まだいろいろ気になることはあったけど、ここまでの話だけでも僕は何だか安心していた。


「今後も、状況の推移については随時報告させていただきます。また、何か気付かれたことがありましたら、私か教頭、もしくは校長まで連絡をしてください。では、失礼いたします」


そう言って帰っていった水谷先生を見送って、僕は自分がすっかり落ち着いていたのを感じていた。正直言って、先生が何か誤魔化そうとしたり、今回のことを無かったことにしようとしてる様子が見えたら腹を立ててしまいそうな気がしてたけど、教頭先生や、校長先生までちゃんと窓口として対応してくれるっていうのを聞いて、何だか呆けてしまった感じがしてた。ここまで前もって言われたら、怒るに怒れないって言うか…。


そう言えば、僕が小学校の頃、クラスの女の子が『バイキン』とか呼ばれてイジメられてたのを、僕も何度か担任に言ったことがあった。だけどその担任は大して注意とかもしようとしなくて、それどころか授業中にその子がからかわれても『静かにしろ』と言うだけで、からかってることを注意しようとはしなかった。今から思えば、自分が授業を進めるのを邪魔されたくなかっただけで、イジメを解決する気なんかなかったんだと思う。


だから僕は、親だけじゃなくて大人は当てにできないって思うようになってしまった気がする。表向きは大人しく教師の言うことに従ってても、心の中では舌を出して、バカにしてた。卒業式で歌った蛍の光の歌詞を見て、『我が師の恩とか、恩なんか無いだろ。こっちが授業を邪魔しないで仕事に協力してやったんだから、教師の方こそ僕らに恩を感じるべきだろ』ってせせら笑ってた。


そういうイメージしかなかったから、今回、学校で起こったことで言い訳とか並べられたら、それこそ原因を作った沙奈子の方が悪いとか言われたら、僕は自分が冷静でいられるかどうか不安もあった。なのに、ちょっと肩透かしを食らったような気分すらあった。


何かもう、拍子抜けしたような感じもしながら、僕は沙奈子を連れて歯医者へと向かったのだった。


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