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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百一 千早編 「沙奈子の成長」

みんなと顔を合わして、波多野さんの様子も変わりないのを確認して、僕はホッとしながら家に帰った。手を繋いだ沙奈子の様子もすごく落ち着いてるのが分かる。


部屋に戻るとまずお風呂の用意をして、沸くまでの間に沙奈子は日記を書いた。いつもの通りホットケーキを作ったことだった。その横で、僕は玲那とやり取りをしてた。


この子の方はかなり表情が戻ってきたと思う。だけど、それで改めて分かった気がした。玲那にとっては、この明るい表情が『殻』なんだってことに。僕や沙奈子が大人しく何も考えないようにして心を閉ざす形でそれを作るのと同じで、玲那はわざと明るく振る舞うことで自分を支えてるんだ。


そうだ。玲那のこの姿は元々、アニメのキャラクターの姿を真似ることで自分の心を守ろうと身に着けた『仮面』であり『殻』だったんだ。しばらくそれを意識することもできないくらい落ち込んでたけど、今では少なくともそれができるくらいには落ち着いてるんだっていうことも分かる。


だからいずれ、ここまで大袈裟に陽気に振る舞わなくてもいられるようになった時、この子も本当に自分のことを受け入れられたってことになるのかなとも思った。


沙奈子もそうだ。今はたくさん辛いことがあったから殻に閉じこもる形になってても、いつかそれも必要なくなった時にまた普通に笑えるようになる気がする。それに今でも、他の人には分からないかも知れなくても、僕たちには分かる。僕たちの前ではすごく安心したホッとした顔をしてるってことがね。


お風呂が沸いて一緒に入ると、それこそとろけたお餅みたいな姿をしてるのが分かって、これがリラックスしてる姿じゃなかったら何なんだって感じだし。


だけどこの時、何気なく沙奈子のことを見てて、僕はそういうのとは別のことに気付いた。


『…あれ…?。この子、胸が膨らんできてる…?』


一瞬、気のせいかと思ったけど、あまりまじまじ見る訳にもいかなかったけど、たぶん、気のせいじゃないと思う。そうだよな。この子ももう11歳なんだ。そういう変化が出始めても何もおかしくない、と言うかもしかしたら遅いくらいかもしれないんだ。


それに気付いても、僕は照れ臭いとかドギマギするとかそういうのは特になかった。ただ、『ああ、もうすぐ一緒にお風呂には入れなくなるんだなあ。ちょっと寂しいなあ…』と思っただけだった。


僕は平気でも、さすがに沙奈子の方が気にし始めるはずだ。今はまだ沙奈子自身が自分の体の変化に気付いてないんだとしても、それもそんなに遠い先のことじゃないだろう。


身長のこともそうだし、たとえゆっくりでもこの子が成長してくれてるのは喜ばしいことなのは間違いない。だけどそれと同時にいつまでも子供のままじゃないんだなあっていうのを改めて教えられた気もして、嬉しいのと寂しいのが思い切り混ぜられたみたいな複雑な感覚があったのだった。




月曜日の朝。


沙奈子の胸のことは、絵里奈の方からそれとなく言ってもらうことにしよう。こういう時、身内に女性がいてくれると助かるかな。僕が言ってもいいのかもしれないけど、念の為ね。


バスを待つ間に、絵里奈に電話でそう伝える。


「分かりました。沙奈子ちゃんには私の方から『最近、体に何か変化はない?』って形で聞いてみることにします。そうすれば自分の体のことを意識するようになると思いますから」


絵里奈との電話の後、玲那からも、


『そっか~、沙奈子ちゃんもいよいよか~。お父さん、ますます一人ぼっちになっちゃうな~』


だって。沙奈子が子供だったから僕にぴったりくっついたりしててくれたのもあったんだとしたら、これからはそうじゃなくなっていくっていう意味だった。だけど僕はその玲那に対して、


『沙奈子が僕にべったりじゃなくなったら、玲那が膝に座ったりするんだろ?』


とメッセージを返してやった。そしたら『バレたか~』って。その上で、


『そうだね。お父さんを一人にとかしないよ。私たち、みんなお父さんのことが大好きだから』


っていうメッセージが。僕のことも気遣ってくれる彼女の気持ちが嬉しくて、少し込み上げてくるものを感じてしまった。


バスに乗ってからはいつものように心を閉ざしてロボットのようになって、淡々と仕事をこなし、それから山仁さんのところへ沙奈子を迎えに行った。とその時、山仁さんの家の前で思いがけない人とばったり会った。


塚崎つかざきさん…?」


僕が思わず声を上げると、その人は僕の方に振り返った。やっぱり塚崎さんだった。


「ああ、山下さん。こんにちは。今ちょうど、山仁さんのお宅で沙奈子さんにお会いしたところです」


え?。山仁さんのところに?。


そう思った僕に、塚崎さんは顔を寄せてきて声を抑えて話し掛けてきた。


「実は、山仁さんのところに保護されている波多野さんのことでお話を伺いに来させていただいたんです。ご家族のことで大変な状況らしいですから…」


そうか…、そうだよな。そういうのも児童相談所の仕事なんだな。


「山仁さんについては私もずっと以前から協力していただいてまして、こちらで保護されてるとなれば安心なんですが、やはりご本人の様子についてこちらとしても確認はさせていただかないといけなかったものですから。そうしたら沙奈子さんと石生蔵千早いそくらちはやさんもいらっしゃったので、一緒にお会いできて助かりました」


「千早ちゃんのことも…?」


僕がそう聞き返すと塚崎さんはいっそう声を潜めて、


「はい、千早さんについても実は以前から何度も通報があり、ご自宅に伺ってお母さんに面会を申し入れては断られるということが続いていたんです。ですが、千早さんも山仁さんのところで保護されてると聞き、私たちとしても安心していたところなんです」


そうなんだ…。やっぱり通報とかあって、児童相談所も動いていたんだ…。僕がそんなことを考えていると、塚崎さんが姿勢を改めて僕を真っ直ぐに見て、


「山下さん。ご自身だけでは解決できないことをちゃんと他人に頼るというのは、勇気のいることです。多くの人は世間体とかプライドとかを気にしてしまって自分だけで何とかしようとして追い詰められてしまったりします。それが結局は事件に繋がったりするんです。


ご自身の力だけでは解決できないことは、一人では解決できません。自ら努力するのは尊いことですが、自立と孤立とは別のものです。でも山下さんはきちんと他の方の力を借りることができています。これは立派なことです。やはりあなたに沙奈子さんを引き取っていただけたことは正解だったと私は改めて確認できたと感じています。


これからも、沙奈子さんのことをよろしくお願いいたします」


そう言って深々と頭を下げる塚崎さんに、僕もつられて頭を下げていたのだった。


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