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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三十 沙奈子編 「息災」

しかし、下着泥棒が捕まった件で思ったけど、ああいう時って、押収された下着とかはどうなるんだろう?。被害届とか出してたら、やっぱり持ち主のところに返されるのかな?。


いや、もし返してもらえるとしても、嫌すぎるか。あんなのに盗まれた下着なんて、気持ち悪くて使えないよな。僕も、犯人が何かした下着を沙奈子が穿くとか考えると、訳の分からない怒りが込み上げてくる気がする。


でもまあ、それはもういいか。捕まったんだったらそれでいいということで。




今日は水曜日。ようやく半分が過ぎようとしてる。金曜日まで、沙奈子は一人で留守番することになる。せっかくの夏休みだし友達の家とかに遊びに行ってもいいのかもしれないけど、その当てがない。思い付いたのは山仁さんの息子さんだけど、山仁さんは夜に仕事をして昼は寝てるそうだから、きっと迷惑になる。


10歳の女の子を外で一人で遊ばせておくのも不安過ぎる。ましてや沙奈子のパンツが盗まれたらしいなんて出来事もあった後だし、女の子が巻き込まれた事件もいくつもあるし。事件じゃなくても熱中症とかも怖い。結局、家に鍵をかけてクーラーを点けて本でも読んでてもらうのが一番安心だと思った。先月の分の電気代もかなりのはずだけど、今月はもっと凄いことになるだろうな。だけど沙奈子にもしものことがある方がずっと嫌だ。


過保護とか言われるかもしれないけど、以前の僕ならそう言ってたかもしれないけど、もしものことがあったら取り返しがつかないんだから、関係ない人間に何言われたってかまわない。部屋の出入りの時を狙われたりするかもしれないし、今はそれしか沙奈子を守ってあげられる方法が思い付かないんだ。それに沙奈子自身が、あんまり外で遊ぶタイプじゃないからね。


そういうことを考えると、もしかしたら引越しした方がいいかもしれないって僕は考え始めていた。せっかくできた友達と引き離すのは酷だからこの校区内でだけど、一軒家の借家とかだと、アパートよりは音の心配もしなくてもいいかも知れないし。今ならまだ、貯金も割と残ってて引っ越し費用も大丈夫だし。


っていうようなことを昼休みに考えてる僕の前で、また伊藤さんと山田さんがマシンガントークをしてたのだった。だけどもう、僕はこれでいいと思ってた。僕は二人のトークにはついていけないけど、二人が僕を観客にしてるのはもうかなり慣れてきた。この前の海の時のことは二人にも沙奈子にも悪い事したと思いつつも、それを二人が気にしないでいてくれるのなら、僕が拒絶する必要もないと思う。


でもその時、伊藤さんが、声を潜めて身を乗り出したのだった。


「ところで山下さん。下着泥棒が捕まった事件は知ってますか?。あの事件の犯人、うちの会社の社員だったらしいんですよ」


…え……?。


一瞬、何のことか分からなかった。だけどすぐにその意味が僕の頭にも伝わってきて、思わず箸が止まってしまった。まさか?。確かにうちから割と近いところに住んでるとは思ったけど、それがうちの会社の社員だとか、想像もしなかった。呆気にとられる僕を置き去りに、今度は山田さんが語り始める。


「その人は製造ラインの人だから私達も直接は知らなかったんですけど、知ってる人の話によると、前から目つきが怪しいって噂になってたらしいんですよ」


さすがにその手の噂話まで真に受けようとは思わない。ただ、うちの社員だったかどうかなんて、調べれば分かることだよな。そこは嘘じゃないのかもしれない。




それにしても今日は驚かされた。うちの社員が下着泥棒で逮捕されるとか、身近でこんなことが起こるなんて。何か心配になったけど、今日は、明日から歯医者が夏季休診に入るということで予約してて定時で上がれるのが幸いだった。


その後、仕事帰りでバスを待つ間に、しばらく記入してなくて気になってた口座を確認してみると、1万円ほどの入金があった。先月分の電気代の引き落としも少し驚いたけど、ある程度覚悟もしてたし入金の方が気になってそれどころじゃなかった。何だろうと頭をひねる。そうか、児童扶養手当というやつだ。記帳スペースの関係で振り込み人名が途中で切れててピンと来なかった。


児童手当とかと一緒に申請したあれか。申請したタイミングもあって、一ヶ月分だけ入金されたのか。しかも、僕の収入だと最低ラインの支給らしいけど、それでも無いよりは助かる。


でも、僕は、それを見て背筋が伸びる思いだった。このお金は、僕の口座に入金されたけど、僕のお金じゃない。沙奈子のお金だ。あの子が生きていくために支援されたものだ。児童手当と合わせると、一ヶ月当たり約2万円か。それだけあったら、少なくとも飢えることはないはずだ。僕が勝手に他のことに使ってしまわない限り。


僕も以前は自分に全く関係のない制度だったから知らなかったけど、これはすごく力になると思う。なのに、貧しいからって子供を餓死させたっていう事件が確かあったんじゃなかったっけ?。児童手当だけでも一ヶ月に1万。それに加えて、片親だったら児童扶養手当も支給される場合がある。僕の年収でも、一ヶ月1万円程が支給されるんだから、それがあれば少なくとも飢えて死ぬなんてことはないはずだ。確かにいいものは食べられないかもしれないけど、最低限の食事は摂れるはずだ。


学校だって、食事もまともに摂れないくらいの低収入なら就学支援を受けられるだろうし給食費は無償になるから、給食は確実に食べられるはずなのに、どうして子供を飢えさせてしまうんだろう?。それにそこまで低収入だったら、児童扶養手当の額はもっと増えるはずなんだ。


そのお金は、その子に対して給付されるもののはずなのに…。


僕の場合は、就学支援は一応申請はしてみたけど収入の面で認められなかったから、児童手当と児童扶養手当の中から学校のお金も払うことになるけど、そういうことについて詳しく教えてくれた人がいたおかげで、今、こうしてられるんだって分かる。知らなかったら、児童手当の申請さえしてなかったと思う。子供を飢えさせてしまった人は、そういうことを教えてくれる人にも巡り合えなかったんだろうか…。僕も、そういうことを教えてくれる人に巡り合えてなかったら、同じように沙奈子を死なせてしまってたんじゃないだろうか…。食費はともかく、電気代をケチってクーラーを使わせないようにしたりして、熱中症とかで。


それを考えると、ゾッとして体が震えそうになる。だから改めて思った。このお金は僕がもらったものじゃなくて、僕のためのものじゃなくて、沙奈子のためのお金なんだ。あの子が生きるためのお金なんだ。絶対にそれを忘れちゃいけない。例え何があったとしても。


身が引き締まる思いを感じながら僕は家路を急いだ。


玄関のドアを開け、「ただいま」と声を掛けると、沙奈子が「おかえりなさい」と応えてくれる。


ああ、今日も無事だった。良かった。


毎日毎日、今日は何か良くないことが起こるかも知れない、明日こそ良くないことが起きるかもしれない、そういうことを心配して、今日は無事だった、今日もまた無事だったと、毎日毎日安心する。それも確かに幸せなんだということを感じる。


他人には分からない。分からなくてもいい。これは僕と沙奈子の幸せなんだから。


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