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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百九十七 千早編 「星谷さんの告白」

日曜日の朝。いつものように朝食の用意をしながら僕は昨日のことを思い出していた。絵里奈のこと、玲那のこと、四人でした沙奈子誕生日パーティーのこと。すごく満たされるのを感じる。すると同時に、千早ちはやちゃんのことも頭をよぎった。


あの子は今、自分のことをどう思ってるんだろう…?。星谷ひかりたにさんのことを実の姉のように慕って、山仁さんの家がまるで自分の家みたいに寛いで。だけど最近では本来の自分の家の状況も少しずつ良くなってきてて。


もし、完全に本来の家の方が居心地が良くなったら、今までみたいには星谷さんのことを慕ったりしなくなるんだろうか…?。


もちろん、仲良くするのはこれからもそうかも知れないけど、外に安らぎを求めないで済むなら、さすがに今まで通りってわけにもいかないのかな。けれど、血の繋がった家庭の中で安らげるんならそれに越したことはないだろうし、喜んであげるべきって気もする。


僕にとってはもちろん沙奈子のことが一番大事だけど、千早ちゃんが辛い想いをしてたらこの子もきっと辛いから、この子の幸せのためにも千早ちゃんにも幸せになって欲しい。


そんなことを考えてるうちにも朝食の用意が出来て、テレビに映し出されたビデオ通話の画面越しに四人で「いただきます」と声を揃えた。沙奈子は今日も落ち着いて安定してる。画面越しだけど玲那も穏やかな顔をしてるのが分かる。よし、大丈夫そうだ。


こんな感じで僕は、毎朝毎夕、家族の顔をちゃんと見て疲れた顔をしてないか、辛そうな顔をしてないか、確かめるようにしていた。それくらいしかできることがないからね。当然、絵里奈の顔だってちゃんと見る。見ながら『ああ、僕はやっぱり絵里奈のことが好きなんだな』と再確認したりもしてる。


なんて惚気はさて置き、朝食の後は掃除と洗濯とっていういつものルーチンだ。いつものことをいつも通りに。これが僕たちの生き方だから。同じことの繰り返しを淡々と続けていれば時間も過ぎる。同じことを同じように続けられるというのは、平穏であるということだ。平穏であるということが、僕たちの幸せの根幹だからね。


そういう訳で、今日もお昼には千早ちゃんたちがホットケーキを作りにやってくる。千早ちゃんたちによるホットケーキ作りももう半年以上続いてるのか。改めてそう思うとさすがにすごいなって気もする。もう三人ともすっかり手慣れてしまって、まるで職人のような貫禄さえ見せてた。今はホットケーキ専門店とかもあるし、そういうところに勤めてもいいんじゃないかって思えるくらいに。


ただ、そうやって慣れてきた時こそ事故とかが危ないだろうし、そう思うと油断はできない。あまり余計なことはせず、同じように繰り返すことを今後も心掛けよう。って、実際に作業してるのは千早ちゃんたちだけど。


日曜日はホットケーキの日と決まってるので、土曜日や祭日がそれ以外のものに挑戦する日ってことになってる。次の土曜日は手作り餃子に挑戦予定だって、昨日、星谷さんから聞いた。そうかあ。すごいなあ。今後も、オムレツとかにも挑戦していこうって話し合ってるらしい。どこまで行くつもりなんだろうって驚かされる。でも、それが楽しいんだろうな。楽しいから次々やってみたくなるんだろうな。やりたいと思った時にやれるっていうのは、大事なことかも知れない。そうやっていろんな経験を積んで、その中で自分のやりたいこととかできることを見付けていくんだろうな。


それを思うと、僕の両親は本当に何もやらせてくれなかった。僕にはただ大人しく自分たちの言うことに従ってるのだけを求めて、余計なことはするな考えるなっていう無言の圧力を感じた。


そういう意味では、今の僕たちと同じように毎日を同じように繰り返そうとしてるんだろうけど、やっぱり何かが違うんだよな。僕たちは同じことの繰り返しの中でも、沙奈子たちがやってみたいと思うことに挑戦するのを抑えつけようとは思ってない。僕の両親がした失敗を繰り返そうとは思わない。僕の両親が僕みたいな無気力で無能力な人間を作った失敗をね。


できることをやってみた上でそこから何を学んで何をするかは、子供たちが選べばいいと思ってる。


沙奈子の裁縫の腕も、すでに相当なものだって感じてる。仕事にだって十分に役立つんじゃないかな。もちろんプロってことになったらもっと上のレベルを目指すことになるのかも知れなくても、それを目指せる下地はできてる気がする。


一方で、好きなことを仕事にするのって大変だとも聞く。好きだからこそ辛いこともあるって。好きだったことを仕事にしてしまったことで好きでいられなくなった人もいるっていう話も聞いたりする。沙奈子にはそうなって欲しくないと思いつつ、それもまた経験なのかなとも思う。


沙奈子が午前の勉強をしてる時、僕はそんなことを考えてた。


午前の勉強が終わってしばらくすると、千早ちゃんたちがやってきた。


「沙奈ちゃ~ん!」


もうお約束みたいになった千早ちゃんによる抱擁に、沙奈子もふわっと穏やかな顔になる。笑顔というのとは違うけど、確かに穏やかな柔らかい印象になるんだ。それを見る度に、この子にとっても嬉しいんだなって、大切な挨拶になってるんだなって感じる。


それから沙奈子たちがホットケーキ作りを始めた時に、星谷さんが話してくれた。


「千早のお母さんについては、顔を合わせることはできましたが、その後は特に話もできていません。ただ、以前に比べればイライラした様子も減っているという話です。ただそれが、千早にとっての『減っている』なのか、それとも客観的に見たものなのかも、確認はできていません。


しかし、千早自身の様子を見る限りでは、以前ほど自分の家に帰るのを嫌がってはいませんので、おそらく千早の実感としては確かに減っているんでしょう。最初の頃は、帰る時間が近付いてくると『もう二度と会えないかも』というくらい悲壮な顔をして泣いたりすることもありましたから。


そのため、私は千早の家族には内緒で携帯電話を持たせました。ボタン一つで私の携帯に繋がるようにして、緊急の場合にはすぐに駆け付けられるようにもしました。幸いこれまでそれが必要になることもなく、無事に過ごせたそうです。だけど最初の頃はいつでも押せるように携帯を抱き締めながら寝てたりもしたようですね」


相変わらずすごいことをしているなあと思った。高校生の女の子にここまでやらせること自体、大人として恥ずかしい気もする。すると星谷さんは、ふっと寂しそうな顔をして言った。


「私は決して完璧ではありません。千早と同じように苦しんでる子たち全員を助けてあげることはできません。それを思うと、自分の力のなさが情けなくもなります…」


いや、星谷さんでそれじゃ、僕たちはもっとダメダメだよって言いそうになって、でも何とかそれを飲み込んだのだった。


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