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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百九十六 千早編 「千早ちゃんの」

沙奈子のことももちろん気になるけど、僕にとっては玲那のことも大事だし、当然、絵里奈のことも大事だ。だからこうやって顔を合わせられた時には特にちゃんと顔を見て目を見て話すように心掛けた。


すると、玲那も絵里奈もかなり落ち着いてきてることが伝わってきた気がした。特に玲那は、自分のせいで沙奈子を苦しめたと思ってたから自分を追い詰めてしまいかねないし、注意して様子を見てた。だけど、どうやらもう大丈夫そうだ。それは絵里奈のおかげもあると思う。彼女がいつも傍にいて玲那を支えてくれてるからだって感じる。


具体的にどういう風にして支えてるのかは僕は知らないし詮索する気もない。ただ結果として玲那が落ち着いてるっていう事実が大切なんだ。


そういうことを自分で確認できて、僕もホッとしていた。誕生日パーティーも無事に終えられて、僕たちはそれぞれの部屋へと戻った。


沙奈子は、帰ってからやっぱりちゃんと午後の勉強もした。しなくていいのにと思ってても、この子自身がそうしたいんだから止める必要もなかったし。それから買い物に行って、夕食にして、山仁さんのところにもまた顔を出した。


「こんにちは!」


もう当たり前の光景になった千早ちはやちゃんと大希ひろきくんのお出迎えに、僕は安心感さえ覚えていた。


二階での話は、今日、四人で会って沙奈子の誕生日パーティーをして無事に終えられたことを報告させてもらった。波多野さんの方もそれほど大きな動きはなくて、後はもう裁判が始まるのを待つ状態らしい。お兄さん側はどうやら無罪主張をしてくるつもりらしかった。お兄さんがそう言ってるから国選弁護人としてもその主張を弁護するしかないってことだった。


それに対して波多野さんは『はっ…!、往生際悪いチキン野郎が』と吐き捨てるように言っただけで、そんなに落ち込んだり感情的になってる様子はなかった。『後はなるようになれ』っていう気分なんだと思った。


それと、今回、千早ちゃんのことについて星谷ひかりたにさんから話があった。


『千早のお母さんと面会することができました』


とのことだった。って言うか、まだ顔も合わせてなかったんだと驚かされた。たまたまお母さんの仕事が休みの日に千早を迎えに行くと、玄関でばったりと顔を合わせてしまった形だったから、会おうとして会ったわけじゃないというのがまた何ともだなと感じた。


でもその時、お母さんの表情は千早ちゃんから聞いてた話とは少し印象が違って、『普通のお母さん』っていう感じだったらしい。しかも、『千早と仲良くしてくれてありがとうございます』とまで言ってくれたってことだった。


だけどそれは、千早ちゃん自身が驚くようなことだったらしかった。千早ちゃんの知ってるお母さんは、とにかくいつでもイライラしててすぐに声を荒げて手近にあるものを投げつけてくることもしょっちゅうっていう人だったらしいから。


星谷さんへの態度が普通の社会人としての社交辞令だったのかどうかは分からない。ただ千早ちゃんの話では、よその人がいても怒ってるっていうことだったみたいだけど。それがもし、千早ちゃんが変わったことの影響だったのならいいのになとは、僕も思わずにはいられなかった。


一時間ほどで山仁さんの家を後にする時、千早ちゃんと大希くんが見送ってくれた。


「また明日ね」


千早ちゃんがそう言いながらにっこりと笑ってくれると、『ああ、こういう風に挨拶してもらえたら千早ちゃんのお母さんも少しは気持ちが休まるのかな』とふと思ったりもした。


手を振りながら大希くんがドアを閉めるのを見届けて、歩き出す。何気なく空を見ると、まだ西の方にはうっすらと赤味が残ってる状態だった。日が長くなってることを実感した。


家に帰ってお風呂が沸くのを待ってる間に沙奈子は日記を書いてた。そこには、絵里奈や玲那と一緒に誕生日パーティーをしたことが書かれてた。


『うれしかったです』


という言葉で締めくくられていて、この子が本当に嬉しかったんだろうなっていうのを改めて感じた。


『私も嬉しかったよ、沙奈子ちゃん』


テレビに映し出されたビデオ通話の画面越しに見てた玲那から、そうテキストメッセージが届いた。沙奈子もそれを見て嬉しそうに頷いた。


お風呂に入って、また莉奈の服作りを始めた沙奈子を膝にして寛ぎながら、僕は古い方のPCで玲那とやり取りをしてた。その中で千早ちゃんの話題になって、玲那も千早ちゃんの家庭が救われてほしいっていうのを願ってるのが改めて分かった。家族がお互いにいがみ合い憎しみ合ってる状態は怖いって…。


それはこの子にとっては本当に実感のこもったものなんだと思う。それがもたらした最悪の結果を自分で経験してしまったから。


僕も同じ気持ちだった。僕の場合はすでに両親がいないからトラブルになりようもないけど、もし今でも生きていて何か余計なことをされたらと思うと冷静でいられる自信がない。


ただ同時に、僕が両親を変えられたかと思えばそれも全く自信がないから、『自分が変えてやるべきだ』とか言うのはできなかった。もし変わってくれるならそれが一番だよねとしか。


それで、この日から僕は、寝る時にまた沙奈子に学校での千早ちゃんや大希くんの様子を聞くようになった。大希くんの方は山仁さんやイチコさんがすごく穏やかな人だから何も心配してないけど、やっぱり千早ちゃんの方は気になってしまうし。


すると沙奈子は、


「元気にしてる…」


とだけ言ってくれた。まあ他に言いようがないんだろうなとは思ったから、今日のところはそれでいいということにした。


千早ちゃんが元気でいられるのは、星谷さんを始めとしたみんなに受け入れられてるからなんだろうな。そのおかげで余裕ができて、家に帰っても笑ってられるようになったのかも知れない。お姉さんやお母さんのためにホットケーキを作ってあげたり、ハンバーグを作ってあげたり、そういうことができるようになっていったんだって気がする。


11歳になっても僕の胸に顔を押し付けて甘えてくるこの子も、それを必要としてるからこうしてるんだ。こうしてるから笑顔を失くした程度で済んだのかも。もし僕がこの子のことを冷たくあしらってたらって思うとゾッとする。


この子だっていつかはこんな風な寝方はしなくなると思う。お風呂だって一緒には入らなくなると思う。それがいつになるかは分からないけど、たぶんその『いつか』はきっとくるんじゃないかな。


沙奈子の成長が気になるのと同じように、千早ちゃんや大希くんのことも気にせずにはいられない。特に、千早ちゃんについては事情が事情だから。しかもそれが良い方向に向かいつつあるとなったら、ちゃんとそうなってくれるまで見届けてあげたいって思えるんだ。



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