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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百九十五 千早編 「初めての誕生日パーティー」

金曜日。今日は沙奈子の誕生日だ。


「誕生日、おめでとう」


朝、テレビに映し出されたビデオ通話の画面越しだけど四人で一緒に朝食にしてる時、僕と絵里奈と玲那でそう言った。笑顔とまでは言えなかったけど、いつもよりは少し柔らかくて、僕たちには分かる嬉しそうな顔で沙奈子も頷いてくれた。


今日は、学校が終わって山仁さんのところで軽く誕生パーティーをしてくれることになってた。それがみんなで楽しみたい口実を含んだものだって分かっててもやっぱりありがたかったし嬉しかった。


仕事を終えて山仁さんのところに迎えに行くと、今日も千早ちはやちゃんと大希ひろきくんが笑顔で「おかえりなさい」と迎えてくれた。沙奈子も穏やかな顔をしてた。


二階に上がってみんなに沙奈子の誕生パーティーのお礼をすると、


「私たちも楽しめたからいいですよ」


と嬉しそうに言ってくれた。その上で、


「これからもそれぞれ誕生日パーティー予定してるから。ピカは6月13日で、千早ちゃんは6月19日。別々にちゃんとやるよ~」


って田上たのうえさんが。イベントの場合なんかには音頭取ってくれるタイプなのかなと思った。


「こういう時だからこそ、楽しめる時には楽しむべきだと私も思います」


星谷さんがそう言った時、ビデオ通話で参加してた絵里奈が、


「そう言えば、いたるさんの誕生日も6月でしたよね。確か6月5日」


と言い出して、そこでやっと僕も自分の誕生日を思い出していた。そうだったそうだった。それどころじゃなかったのもあってすっかり忘れてた。


「お~!、じゃあ、三週連続でパーティーできるじゃん!」


なんて声を上げたのは波多野さんだった。この中では一番それどころじゃないはずなのに、すごく嬉しそうだった。いや、逆に星谷さんが言った通り『こういう時だからこそ』なのか。


それを思うと、改めてこの集まりがみんなの支えになってるんだなっていうのを感じた。だからこそ毎日だって集まれるんだ。集まらずにはいられないんだ。そういうことなんだなって。


山仁さんの家からアパートへの帰り道、沙奈子は紙袋を持ってた。


「それは…?」って覗き込むと、


「みんながプレゼントくれた…」


って言いながら広げて見せてくれた。そこには、イルカのぬいぐるみや蛇のぬいぐるみとかが入ってた。誕生日プレゼントに蛇のぬいぐるみ?って思いかけたけど、そうだ、沙奈子って蛇とかも好きだったんだって思い出した。それを知っててくれたんだな。


部屋に戻って紙袋の中からプレゼントを出すと、ぬいぐるみの外にもイルカのキーホルダーやジグソーパズル、可愛い文具セットに似顔絵二枚が入ってた。似顔絵はきっと千早ちゃんと大希くんからのだな。そのどちらも、笑ってる沙奈子の姿を描いたものだった。


それを見た瞬間、また胸がいっぱいになるのを感じた。あの二人にはまだちゃんと、笑顔の沙奈子の姿が見えてるんだって…。


漫画のキャラクターっぽく描かれた方の似顔絵には、『沙奈ちゃんへ 千早』と書かれてた。いかにも小学生の女の子が描きそうな絵だなって思った。こういうことも含めて、千早ちゃんと大希くんの気持ちが込められてる気がした。


同時に、二人にここまで想ってもらえる沙奈子もすごいんだなって気もする。


それらのプレゼントを机の上に並べると、彼女はじっとそれを見詰めてた。嬉しいんだろうなっていうのが伝わってくる気もした。


夕食の後に一緒にお風呂に入ると、あのとろけたお餅みたいな沙奈子の姿も見られた。だからやっぱり上手く笑えないだけで、思ったほどは精神的に辛いとか苦しいとかいうんじゃないなっていうのも感じられる。この子にとってはもう今の状態が普通なんだろうな。だからやっぱり無理に笑わせたりする必要も感じない。安定しててくれればそれでいい。


そう思うように心掛ける。


お風呂から上がると、テレビにビデオ通話の画面をまた表示させて、四人で一緒に寛いだ。沙奈子は今日、プレゼントにもらったジグソーパズルをやってる。パチパチとあまりためらう様子もなくピースを置いていく姿は相変わらずだと思った。


やっぱり寝る時間までには完成させてしまって、彼女は満足そうな顔をしてた。


「おやすみなさい」と四人で挨拶を交わして、僕と沙奈子は布団に横になり、二人で静かに眠りに落ちていったのだった。




翌朝土曜日。今日は、絵里奈や玲那と一緒に沙奈子の誕生日パーティーをする。と言ってもそんなに大々的にはできないから、ファミレスでのパーティーサービスを利用する感じだけど。


これまで、玲那のメイクが功を奏しているのか、釈放された日みたいなことはなかった。世間的にも、次々と起こるニュースに押し流されるみたいにして、玲那のニュースもほとんど出てくることはなくなったって星谷さんが言っていた。何て言うか、これも世間っていうものの正体なんだろうなって思った。結局、事件さえ自分たちが盛り上がるためのネタとして消費して捨てていくっていうね。


玲那に対するマスコミの取材も、佐々本ささもとさんを通すように徹底してマスコミに申し入れてるせいか、何度か絵里奈の家まで来たことがあったものの大してしつこくもされずに済んできたそうだった。


ネット上の論調はともかく、少なくともテレビとかのニュースでは玲那に対して同情的な流れもあり、最終的にはあんまり攻撃的じゃなかったとも言ってた。その辺りは、あの子が潔く自分の罪を認めたからっていうのもあるらしい。


それとは対照的に、波多野さんのお兄さんの事件はいまだに状況が動くたびにニュースになって、叩かれてるような流れだって。無理もないかも知れないけど。


やっぱりとにかく早く決着を付けるのが一番なのかなと改めて思ったりもする。そうすればそんな風にニュースになって思い出されることもないんだから。世間は常に新しい攻撃対象を求めてるんだから、次に関心が移っていくって。そういう意味でも、波多野さんのお兄さんは自分の首を自分で絞めてる状態なんだろうな。


午前の勉強が終わってから部屋を出て、絵里奈と玲那に会いに行く。待ち合わせのファミレスで直接顔を合わせると、やっぱり画面越しじゃないのを実感できてホッとした。


「お誕生日おめでとう」


誕生日ケーキをもらってロウソクを吹き消して、ささやかな誕生日パーティを四人でした。そうだ。僕たちにとってはこういうささやかなのがちょうどいい。大きなものは要らない。小さな満足を積み重ねていってこそ満たされる。


笑顔ではなくても沙奈子が喜んでいるのか満たされているのかは、何となく分かるようになってきていた。だから僕たちも、今の状況を受け入れられるようになってきているというのもあると思う。


この子が今すごく喜んでくれてるのが、僅かな表情の違いだけでも僕たちには伝わってくるんだ。


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