二百八十五 玲那編 「帰り道」
家族会議が済んで、PCのセッティングも済んで、僕と沙奈子はお風呂に入った。二人で湯船に浸かってのんびりとしてる時、ふと気付いた。
『…あれ…?。そう言えば、弁護士さんが玲那のメッセージを読み上げる為の記者会見をするって、僕は聞いてなかったな…』
そうだ、それも家族にとって大事なことのような……。
……まあいいか。あんまりガッチガチに考えてもね。そうだよ。これは家族の誰かを縛る為のものじゃないんだから。
僕の中では、僕の失敗と合わせてチャラでいいんじゃないかとは思ったのだった。
なんてこともありつつ、お風呂から上がってセッティングが終わった新しい方のノートPCで改めてビデオ通話をしつつ、古い方のでは、玲那とのテキストメッセージのやり取りをした。こうした方が、莉奈の服作りをする沙奈子を絵里奈が見て、玲那は僕と話をするっていうのができるし、やっぱり買って良かったなとは思った。スマホって、どうもまだ慣れなくて使いにくいんだよな。
しかも玲那ってば、僕と同時に秋嶋さんたちや他の友達とも同時にやり取りしてるらしい。元々慣れてるんだろう。言われなかったら分からないくらい僕とも普通にやり取りできてた。
秋嶋さんや他の友達とどういうやり取りをしてるかは、僕は知らない。干渉もしない。僕の娘と言ったって別の人格なんだから、そこまで踏み込もうとも思わない。それに、隣にいる絵里奈からなら玲那が開いてる画面も見えるはずだ。ちらちらとそちらと見てる様子もビデオ通話の画面で分かった。その辺は、絵里奈に任せるということでいいか。
それに、玲那ならもう大丈夫だとも思う。明るくは振る舞ってるけど、あの子は今回のことで僕たちに迷惑を掛けてしまったことを本当に気にしてるのは見てても分かった。だからもう二度と、誰かを傷付けるようなことはしない気がする。もちろん、自分が傷付くようなこともね。
そうしてるうちに時間は過ぎて、9時半前になった。布団を敷いて寝る用意をして、「おやすみなさい」と四人で挨拶をした。
僕と沙奈子はこれで寝るけど、絵里奈と玲那がどうしてるかは知らない。そこまではとやかく言うつもりもなかった。朝、一緒に用意ができればそれでいい。沙奈子に合わせて10時に寝る癖がついてしまったからそのくらいには眠くなってしまうと絵里奈が言ってたから、ひょっとしたら向こうも寝てるかも知れないけどさ。
僕にぴったりとくっついて寝息を立て始めた沙奈子を見ながら、僕も眠りについたのだった。
火曜日から金曜日まで、特に印象に残ることもないくらい、淡々と毎日が過ぎて行った。会社ではそれこそ僕はただロボットのように過ごすだけだし、仕事が終わって山仁さんの家に沙奈子を迎えに行った時に少しだけどみんなと話をする時も、特に目立った変化はなかった。波多野さんなんてむしろ言いたいことをぜんぶ警察で打ち明けたのがよっぽどすっきりしたのか、以前より表情が明るくなってた。でも同時に、お兄さんに対する憤りは全く変わってないのも確からしい。当然か。
お兄さんの方も、悪い意味で相変わらずだそうだ。すっかり開き直って、自分は大人を手玉に取ってると息巻いてるらしい。自分の妹に乱暴しようとした件についてはまだ警察の方も下調べの段階らしくて、本人にも伝えてないってことだった。妹に刑事告訴されたことを知った時、どういう反応をするんだろう…?。
そういうことも含めて、それ自体がすっかり僕たちの日常になってる気がした。嬉しくはないけどね。
ああそう言えば、沙奈子の学校で身体測定があったらしい。去年、この子が学校に通い始めた時には一斉の身体測定は終わった後だったから一人で保健室で受けたんだけど、それから5センチ、身長が伸びてるって話だった。道理で大きくなった気がするわけだ。
それでちょっと気になって女の子の平均身長とか調べてみたら、必ずしもすごく成長してるってわけでもないのも分かってしまった。平均身長からすればまだ10センチ以上低い。低身長って言われるほどじゃないらしいのは分かって少し安心しつつも、僕のところに来る以前の生活が影響してるのかなと思うと少し胸が痛んだ。
でもまだ分からないよね。これから一気に成長したりするかもしれないし。それに小柄な女の子って、それはそれで可愛いのか。
あと、今日から給食が始まった。昨日まで山仁さんのところで星谷さんが用意してくれたデリバリーでお昼にしてたからそれが申し訳ないなと思ってたし、これで少し気が軽くなる。いくら大希くんや千早ちゃんと一緒だからって、さすがにね。
ということを会社帰りのバスの中で考えてるうちに、いつものバス停に着いた。そこから山仁さんの家に向かって沙奈子を迎えに行く。
「こんにちは!」
「おかえりなさい」
大希くんや千早ちゃんにも迎えられつつ、沙奈子の無事な姿を確認できてホッとした。一階で少し待っててもらって、二階でみんなと顔を合わせた。波多野さんの様子も特に変わりないようで、胸を撫で下ろす。特に大きな進展はないそうだから、お互いの無事を確認する感じで話は終わった。
ただ、その時、明日の土曜日に、大希くんと千早ちゃんが僕の家にカレーを作りに来るのが本決まりになったというのが星谷さんから告げられた。すると山仁さんが、
「いつも大希がお邪魔してしまって申し訳ありません」
って。いえいえそんなの、僕の方こそお世話になりっぱなし迷惑かけっぱなしなんですから、それから比べたらぜんぜん釣り合い取れてませんから…!。と恐縮してしまって、ホントに申し訳なかった。
そんな感じでペコペコと頭を下げつつ部屋を出て一階に降りて、沙奈子を連れて山仁さんの家を後にした。時間はまだ6時を過ぎたばかりで外はまだすごく明るくて、しかも暖かかった。すっかり春って感じだと思った。
そう言えば、結局それどころじゃなくてお花見とかは行けなかったな。僕は元々あんまり好きじゃないからしなくても平気だけど、家族だけでささやかにするくらいなら、来年とかにもできたらいいな。
沙奈子と手を繋いでアパートへの道をゆっくり歩くと、なんだかすごくほっこりした感じになって、いろんな大変なこととかがまるで嘘みたいにも思えてしまう。
こんな風に思える瞬間があるから、僕はそういう辛いこととかにも耐えられてるんだなっていうのも改めて感じた。
ふと見ると沙奈子も僕を見上げてて、僕は思わず笑顔になった。すると彼女もふっと柔らかい表情になってくれた。ニコニコっとした笑顔じゃなくても、この子が今、穏やかな気持ちでいられてるのは分かった気がした。そして二人で、家への道をのんびりと歩いたのだった。




