二百八十 玲那編 「玲那の変身」
千早ちゃんたちも帰って、僕と沙奈子は買い物に行くことにした。玲那も少し出掛けてくるって言ってた。美容院に行くらしい。その前にちゃちゃっとメイクをすると、そこにはすごく印象の変わった玲那がいた。って言うか、これ、知り合った頃のメイク?。
そうだ、亡くなった香保理さんに似せようとしてメイクしてた時の顔だ。なるほどこれならパッと見は玲那だって分からないかも知れない。この上で美容院に行って髪型を変えたら、本当にすぐには分からなくなるかも。女の人ってすごいなあと僕は思わされてしまってた。
沙奈子と二人で自転車に乗って買い物に行って、あれこれ買い込んだ。でも、以前より値段とかを気にするようにしてた。絵里奈がいた時には絵里奈に任せきりだったし、沙奈子と二人だけだった時には値段とかそこまで考えてなかったけど、今はそうじゃなくなってた。僕もそういうことを気にしなきゃダメだって気がしてる。でも実際には、ほとんど沙奈子が指示を出してくれてたけどね。絵里奈と一緒に買い物をしてた時に教えてもらってたらしい。
その時、ふと思った。そうか、これって、絵里奈がお母さんとして沙奈子に教えてあげてたんだ。いつも二人で一緒に売り場を回ってたのはこのためなんだ。そういう部分では僕はこの子に何もしてあげられてなかった。僕はまだまだなんだなあって思わされたりもした。僕と玲那は、絵里奈の指示で動いてただけだったもんな。
そういう意味では玲那も僕と同じなのか。家庭的だったから絵里奈のことが好きになったってわけじゃないとは思ってても、全く影響してないというわけでもないのかな。確かに絵里奈になら家のことを任せられるっていう安心感はあったけどさ。
沙奈子主導の買い物を終えて、僕たちは家に帰った。買ったものを整理すると、あとは絵里奈と玲那が志緒里や兵長を迎えに来るまで待つだけだ。
玲那はまだ美容院から帰っていないのか、スマホにもメッセージは入ってなかった。沙奈子は僕の膝に座って一人で莉奈の服作りを再開してた。相変わらず、何がどうなってるのか僕にはさっぱり分からない形をしてた。これが最終的にどんな形になるのか、全く想像もつかない。しかも沙奈子が、待ち針だらけのそれを器用に動かして、指を突いたりしないようにしてる姿は、もう一人前の職人の貫禄さえ感じさせた。
だから思ったんだ。絵里奈が作ったものをフリマサイトに出品するなら、沙奈子が作ったものも出してみたらどうかなって。今はまだお金がもらえるほどの出来じゃないかも知れなくても、これからもっと上達してくるはずだ。そうすると、ひょっとしたらひょっとするんじゃないかな。
僕がそんなことを考えてると、スマホにメッセージが入った。玲那のアカウントからだった。たぶん、絵里奈のPCを使って送ってきたんだろう。
ノートPCの方でビデオ通話をONにすると、そこには見知らぬ綺麗な女性の姿…じゃない、玲那だ!。すごく髪を短くして、さっきとはまた違うメイクをした、玲那がそこにいた。
「お姉ちゃん?。お姉ちゃんだよね?」
あまりに印象が違うから沙奈子も戸惑った感じでそう聞いてた。すると玲那はニヤァって感じで笑って、
『すごいでしょ~』
ってメッセージを送ってきた。さすがにその笑い方を見たら間違いなく玲那って分かるけど、澄ました顔をしてたらすぐには分からないよ。一気に年齢不詳になるって言うか、すごく綺麗な大人の女性って感じなんだ。二十代前半って言われても納得するし、三十代って言われても違和感がない気がする。どこか子供っぽい表情も見せる普段の玲那とは全然違う。
『これからは出掛ける時はちゃんとメイクをしようかなって思ってさ。教えてもらってきたんだ』
だって。そうか、これくらい印象が違うと釈放された日に行ったファミレスみたいなこともあまりなくなるかもしれないな。玲那もやっぱり気にしてたんだろうな。自分のこともそうだけど、沙奈子がそれで辛い想いとかしたら嫌だもんな。
変身した玲那に沙奈子もちょっと興奮したみたいになって、「すごい、お姉ちゃんすごい。キレイ」って何度も言ってた。
そうこうしてるうちに画面の向こうで「ただいま~」って声がした。絵里奈だった。絵里奈が仕事から帰ってきたんだ。
「じゃ、今からそっちに行くね」
そう言って出掛ける用意をした絵里奈と玲那の姿を最後に、ビデオ通話は終了した。
「お母さんとお姉ちゃん、今から志緒里と兵長を迎えに来るって」
僕の言葉に、沙奈子は大きく「うん」と頷いた。その顔はすごく嬉しそうで、さすがに少し笑ってる風にも見えた。
僕も沙奈子もちょっとそわそわした感じで待ってると、四十分ほどで玄関のチャイムが鳴らされた。それでも焦らずにちゃんとドアスコープで確認して、それから鍵を開けた。
「ただいま、沙奈子ちゃん!」
ドアを開けるなり、絵里奈が両手を広げて沙奈子を抱き締めた。沙奈子もぎゅーっと絵里奈に抱きついた。ようやくお母さんと再会できて、嬉しくてたまらないっていうのがすごく分かった。その後ろに、すごく綺麗な大人の女性が立ってた。玲那だった。
こうやって直接見てもすぐには分からないくらい、以前とは印象が変わってた。ウルフカットって言うのかな?。すごく短いのにちゃんと女性だっていうのが分かる髪型に、艶っぽい唇に思わず目がいってしまう大人の魅力っていういうのを言うんだろうなっていうメイクだった。僕はメイクって苦手なんだけど、この感じだったらぜんぜん平気だって気がしてしまった。
『お父さん、ただいま』
玲那の唇がそう動いて、僕を見詰めながら近付いてきた。
「おかえり、玲那」
僕もそう応えると、ごく自然に彼女を抱きとめていた。玲那がここにいるっていう実感に、僕も包まれる気がしたのだった。
それから、相手を入れ替えて僕と絵里奈、沙奈子と玲那で抱き合って、お互いを確かめあった。木曜日に会ったばかりだけど、やっぱり嬉しかった。僕と絵里奈は唇も重ねた。それを玲那が羨ましそうに、沙奈子が嬉しそうに見てたのだった。
だけど、そうやって喜んでばかりもいられない。まだ何があるか分からないし、今日のところは志緒里と兵長を迎えに来たんだから、それぞれ専用のバッグに仕舞って、それからこっちに置いていた化粧品とかも別のバッグに入れて持って帰るということだった。化粧品も、放っておくとすぐに痛んでしまうらしい。
着替えはまあ今後必要になったら会う時に手渡すということで今日のところは置いていくことになった。そうして用意が済むと、玲那が絵里奈のスマホを使って、
『ごめん、もうちょっと待ってて』
と言って、ドアを開けて出て行った。するとすぐに隣のドアをノックする音が聞こえてきた。秋嶋さんたちに会いに行ったんだって分かった。と、
「え?、玲那さん!?」
「すげーっ!、すげーっっ!!」
「レベルジャンプアップっすか!?」
なんて驚きの声も聞こえてきたのだった。
 




