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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二十八 沙奈子編 「制作」


ほんとごめん。今度から海に行くときは、二人だけでいこうな。


沙奈子が僕と二人だけで海に行ったかのような絵日記を書き上げたのを見届けて僕は、心の中でそう思っていた。もちろん、本当に彼女の記憶から二人の存在が抜け落ちてるというわけじゃないはずだけど、思い出したくないんだろうなとは感じる。


だからそのことはもう置いといて、正直言って昨日の疲れも若干残ってたけど、僕はちょっと思うところがあって、まだ暑さがマシなうちに大型スーパーに買い物に行こうと考えた。沙奈子の夏休みの自由研究というか工作のアイデアが浮かんだから、それに使う工作キットを買いに行こうと思ったのだった。


彼女と一緒に文具や学用品売り場に行くと、お目当ての工作キットがすぐに見付かった。それは、厚紙で作るドールハウスのキットだった。これなら女の子っぽいし、作るのも難しくないはずだ。普通はそこに自分で色を塗る感じのだったけど、僕はさらにもう一工夫加えるつもりだった。


部屋に戻って、早速それを広げてみる。いろいろな部品の形に切れ目が入れられた厚紙からそれを切り出して組み立てていけば、着せ替え人形とかで遊べるドールハウスになるし、そこに自分で好きな色を塗ればとてもカラフルな物だって作れるというものだ。


「じゃあ、とりあえず部品に色を塗っていこうか」


一緒に買ってきた色鉛筆を渡しながら言うと、早速、屋根の瓦をイメージしてるらしい模様を、沙奈子は一マス一マス丁寧に色を塗っていった。これは時間がかかりそうだと僕は思った。


それを待ってる間、ブログの更新をする。


沙奈子が来て一ヶ月後くらいに始めたブログも、もう二ヶ月近くになるのか。さすがに毎日は無理だけど、なるべく更新は心掛けてた。訪問者数は大体二ケタ前半。ただの日記だし、そんなに見てもらおうと思ってるわけでもないからこんなものだろう。


書き始めた頃の記事を読み返すと、僕がいかに困ってたか分かる気がする。文章も滅茶苦茶だし。何より内容に余裕がない。どうしようとか困ったとか、どうしたらいいんだろうみたいなことしか書いてない。なのに、7月に入ったあたりから、そう、沙奈子を歯医者に連れて行った後くらいから、急に彼女の様子について触れた内容が増えて来ていた。


しかも、最近の記事に至っては、ほぼ、娘のことが心配で仕方ない父親のブログのようにもなっていた。僕はもう、すっかり沙奈子のことを自分の娘のように思ってるんだなあってことを感じた。


自分では別にそんなつもりはなかったけど、第三者の視点でブログを読む限りだと、そう見えてもおかしくない気がする。それに気付いて、僕は何だか気恥ずかしい気分にもなった。ほんの少し前までは、自分は一人でいい、一人で生きていく、家族も友達も要らない、他人なんて信じないみたいなことを考えてたはずなのに、すごい変わりようだなあ。


だけど人間ってこういうものかもしれないとも思う。状況に合わせて自分を変えていくことで適応するんじゃないかな。そのおかげで僕も沙奈子も、今、こうしてられるんだろうなって思う。


でも同時に、よく上手くいったなっていうのもある。お互いに追い詰められてそれこそ何か事件になってしまっててもおかしくない状況だったとも言えるはずだし。結構綱渡りだったんじゃないかなって気がしなくもない。


僕がそうやってしみじみこれまでのことを思い出しながら何気なく沙奈子の方を見てみると、いつの間にか屋根を塗り終えて壁も塗り終えて、家具の部品に取りかかってるところだった。気付いたらもう、一時間以上経っていた。


読み返すのに夢中で更新を忘れてた。急いで今日の分の日記を書く。内容は当然、昨日行った海でのことだった。と言っても、あまり詳しい事には触れないで、沙奈子と海に行って貝殻を拾ってきたっていう程度の当り障りのない内容だけど。


それが終わって改めて見たら、ほとんどの部品に色を塗り終わってた。よし、もうすぐだな。なので僕は、そろそろお昼近いということもあって、昼食の用意をすることにした。今日はベーコンと目玉焼きにしておこう。それとプチトマトと煮干しでいいか。


お昼の用意を終えると、沙奈子も塗り終わってた。だからいったん昼食にして、続きはそれからにしようということになった。


実は沙奈子は、さすがに親がちゃんと見てなかったこともあってか、箸の持ち方がおかしかった。ここに来た頃は完全なエックス箸になってて、僕が持ち方を教えながら直してたんだけど、まだちょっとぎこちなかった。けど、僕自身もちゃんとした箸の持ち方を知ったのは、小学校で指摘されたからなんだよな。僕も両親からは教えてもらってない。それで何年かかかってやっとちゃんと持てるようになったから、彼女のことも焦らずに見ていこうと思う。何しろ、本人がちゃんとやろうとしてくれてるんだから。


昼食が終わり、沙奈子と一緒に片付けも終えて、いよいよ本格的に工作に取り掛かる。


まずは屋根と壁の部品を切り取って組み立てて、大まかな形を整える。それから、テーブルとか椅子とか机とかクローゼットも順次組み立てる。それを家の中に配置して、これで第一段階は終了だ。


そして僕は、沙奈子が臨海学校に行った時に拾ってきた貝殻と、昨日拾ってきた貝殻を、工作キットの外箱にあける。その様子を沙奈子は不思議そうに見ていた。だから僕はさらに、ついでに買ってきた木工用ボンドを取り出して、彼女に言う。


「これで、このお家をもっと可愛くデコレートしよう!」


そこで沙奈子も僕の意図に気付いて、パッと表情が明るくなった。「うん!」と大きく頷いて、早速ボンドと貝殻を手にする。その嬉しそうな顔に、昨日のことは無駄にならなかったと、僕は内心、ホッと胸を撫で下ろした。


僕が見守る中、彼女は次々と貝殻を貼り付けていく。屋根のてっぺんに付けられた小さな巻貝が、何だかシャチホコみたいにも見えたけど、あえて口には出さない。彼女の好きなようにやればいいと思った。


拾った貝殻はけっこうたくさんある。巻貝や二枚貝や、いろんな色の貝殻だった。大きさもいろいろで、沙奈子はまず屋根を飾っていった。壁は、貝殻の重みでどうしても落ちやすかったけど、彼女はそれを根気強く貼り付けて行く。


家の中にも貝殻を貼り付けていくけど、僕が一番感心したのは、紙のテーブルの上に貝殻を貼り付けたことだった。しかもそれは、二枚貝を裏返しにしてテーブルに並べられていた。きっと、お皿のつもりなんだろうと思った。一番大きな二枚貝の貝殻は、たぶん庭ということになるかなというところに置いた。


「それは、なに?」と僕が聞くと、「プール」って彼女が答えた。なるほど、子供用のプールか。そういう風にとらえたのか。


やがてそれは完成し、可愛らしいカラフルなお家がそこに姿を現したのだった。


「頑張ったな、沙奈子」


僕が声を掛けると、彼女はちょっと照れ臭そうに、だけどどこか自慢気にも見える顔で微笑んだ。


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