二百七十九 玲那編 「出会いの意味」
絵里奈も手芸の腕はかなりなものらしいから、人形とかぬいぐるみ用の服を作ってフリマサイトに出品していたらまあまあコンスタントに売れて、学費の足しになってたって。だから一時期、それを仕事にしようとか考えたこともあったっていう話だった。
実際に仕事にするにはいろいろ大変そうだということでその時は諦めたそうだけど、どっちにしても僕にはできないことだったから感心させられてしまってた。みんないろいろできることがあるんだなあ。それに比べて僕は、どうしても何もできないって気にさせられてしまう。絵里奈にも星谷さんにも僕にしかできないことがあるって言ってもらえてるものの、正直言って実感はなかった。
それにしても、自分が作ったものが売れるってどんな気分なんだろう。もちろん僕の仕事も最後には工業機械っていう現物になって売られるわけでモノづくりには違いない。でも、やっぱりこれも実感ない。すごく不思議な感じ。だからそうやって直接自分が作ったものでそういうのができるって、尊敬するよ。
まあでも今のところはそういうこともアイデアとしてあるっていうだけだから、始まってみてからまた改めて考えた方がいいのかな。
そんなことを考えてるうちにホットケーキもできて、みんなで食べた。玲那だけは冷凍パスタだったけど。相変わらず料理は苦手なのか。だったら沙奈子に教えてもらえばよかったのにとか思いかけて、でも僕も大して違わないから言わないでおこうと思い直した。それに玲那にもすごい特技があるんだし。いろんな人とすぐ仲良くなれるっていうね。
その時、玄関のチャイムが鳴らされた。誰だろうと思ってドアスコープを覗くと、塚崎さんがそこに立ってた。
「お休みのところすいません。沙奈子さんの様子はと思いまして」
玄関を開けると穏やかに笑いながらそう言ってくれた。玲那が逮捕されてからも何度もうちに寄ってくれて、いろいろ話を聞いてくれたりもしてて、塚崎さんにも本当にお世話になったなって改めて思った。
星谷さんや大希くんや千早ちゃんにもこれまで何度か顔を合わしてたから、「皆さん変わらずお元気そうで何よりです」と安心した様子で帰っていった。塚崎さんも相変わらず元気そうで僕も安心した。またこの地域の児童相談所に戻ってきたらしいけど、忙しいのも相変わらずなんだな。休日もこうして子供たちの様子を見るために飛び回っているんだって。本当に子供が好きなんだ。だから続けられるんだなと思った。
来支間さんみたいな人もいたのは残念でも、塚崎さんみたいな人もいてくれるんならきっと救われる子もいると思う。それに来支間さんだって、もっと本人に向いてる部署とかにいられたらあんなことにもならなかったかも知れない。そう思うと少しだけ同情的な気持ちにもなれた。そうだ。これも、玲那のことがあったからかな。その人がどうしてそんなことをしてしまったんだろうっていうのを考えるようになったっていうことかも。
本当に、いろんな人に支えてもらって僕たちは生きてるんだって改めて感じた。だから少しくらい辛いことがあっても負けてられないよ。それにそういうのだっていつかは終わる。状況は変わる。変える方法はあるはずなんだ。
千早ちゃんたちが帰って沙奈子の午後の勉強を見ながら、僕はそんなことを考えてた。
ああでも、そうやって支えてもらえるのは、僕がそういう人たちを受け入れることができたからっていうのもあるのか。もし、知り合った人たちを遠ざけて関わらないようにしてたら、こうやって支えてもらうこともなかったんだろうな。
まだ沙奈子のことを受け入れられてなかったあの日、この子がいる部屋に帰るのが億劫で公園で時間を潰してて、その時にたまたま声を掛けてもらった塚崎さんに相談することができたことで沙奈子を受け入れることができるようになって、4年の時の担任だった水谷先生の言葉を僕が聞くことができたから山仁さんと知り合えて、学校で最初に沙奈子の友達になってくれた大希くんとも仲良くなれて、会社の社員食堂で僕に話し掛けてくれた絵里奈と玲那を受け入れることができたから家族になれて…。
それだけじゃない。最初はこの子に対して意地悪な態度をとってた千早ちゃんのこともただの嫌な子だって切り捨てることをしなかったから、そんな千早ちゃんと仲良くなれたらしいけどどういう人なのかよく分からないまま運動会の時に初めて顔を合わせた星谷さんとも話ができるようになったことでこんなにも助けてもらえて…。
思えば、すべての出会いにちゃんと意味があるんだなって…。
じゃあきっと、波多野さんとの出会いだっていつかは、いや、いつかじゃないな。玲那ことで怒ったり泣いたりしてくれる彼女を見てたことであの子のことを分かってくれる人もいるんだって思えたんだから、もう、十分に意味のある出会いだったんだなって。イチコさんや田上さんだって波多野さんと同じなんだ。
そういう出会いがあったから、僕たちは辛いことがあってもこうして穏やかな気持ちになることもできるんだ。出会ったからこそ巻き込まれることになった部分もあっても、だからって出会わなければよかったとは思わない。
PCの画面の向こうで、玲那が僕を見てた。それに気付いて僕も視線を向けると、『お父さん、大好き』って玲那の唇が動いて、ちゅっとキスをする仕草をしてきた。それがすごく愛おしくて、顔がほころんでしまうのが分かった。本当に、本当に、僕たちのところに戻ってきてくれてよかった。
玲那。沙奈子と同じく僕の大切な娘。二人の父親になれたことが僕にとっても大きな幸せなんだって改めて感じる。今はこうして離れて暮らしていても、いつかはまた一緒になれる。その時にはまた、いっぱい抱き締めてあげようと思う。嫌がられなければだけどね。玲那がこんなに僕のことを慕ってくれるのは、あの子の本質がまだ沙奈子と変わらないくらい幼いからだろうからね。それがいつか、歳相応になった時は、さすがに父親と抱き合ったりしなくなるだろうし。
いずれそういう時が来るとしても、そのことに寂しさを感じることがあっても、それは父親だからこそ感じられる贅沢な寂しさなんじゃないかな。そうなるのを寂しいと思いつつも、そうなってくれればいいとも思ってる自分がいるのを僕は感じてた。二人が巣立っていくのを見送れれば、それがまた僕の人生の意味になる気もすると、僕の膝の上で熱心に勉強してる沙奈子と、画面の向こうから僕と沙奈子を見守っている玲那を見て思ってた。
でも、それだけじゃないな。そこに加えて絵里奈もいるから、もしかするとさらに家族が増えるかも知れない。
その出会いもまた僕を満たしてくれるんだろうなと、くすぐったいような気持ちも感じていたのだった。




