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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百七十六 玲那編 「引っ越し」

沙奈子と千早ちはやちゃんと大希ひろきくんが作ってくれた手作りハンバーグで昼食を済ませ、星谷さんは大希くんと千早ちゃんを連れて帰っていった。


「ばいばい、また後でね~」


今日はまた夜に会えることを知ってるから、二人はそう言って手を振ってくれた。沙奈子もそれに応えて手を振って見送った。


一息ついてから午後の勉強をして、二人で買い物に行く。3代目黒龍号はまだアパートの駐輪場でそのままになってた。そのうち取りに来ることにはなってるんだけどね。


それぞれ自転車に乗って沙奈子と一緒にいつものスーパーに向かう。今日の夕食はハンバーグの残りと確定してるけど、明日の朝食と夕食にと鮭と塩サバを買った。さすがにまだ複雑な料理は沙奈子一人じゃ材料の下ごしらえとか覚えきれてなくて無理だから、焼き魚がメインになると思う。僕も魚は好きだから問題ない。


他にもお米や味噌や卵とかを買って、家に戻る。ドアを開けると、志緒里と兵長が僕と沙奈子を迎えてくれた。絵里奈と玲那の人形たちだ。落ち着いたら迎えに来ると言ってた。


実は、絵里奈の人形への依存も、かなりマシになってた。今は数日程度なら離れてても平気らしい。もちろんまだ人形のことは大切にしてるけど、以前のような病的な執着ではなくなってきたっていうところか。ちゃんと人形は人形なんだっていうことが理解できてきたと言うか。沙奈子という自分の愛情を思い切り注げる生身の人間がいることで、バランスが取れるようになってきたということかもしれない。


そうだ。絵里奈と玲那の亡くなった友達の香保理さんそっくりで、香保理さんの身代わりとしても絵里奈が愛情を注いできた志緒里。だけど、どんなに愛情を注いでも志緒里は香保理さんにはならない。香保理さんは還ってこない。その当たり前のことが、自分が注いだ愛情を受けとめてくれる沙奈子と一緒に暮らすことで、ようやく分かってきたんだと思う。


玲那のそれが大きすぎてあまり目立たなくなってた絵里奈の闇も、確かに癒されてきてる気がした。


そんなことをぼんやりと考えながら、莉奈の服作りをしてる沙奈子を膝に抱いて寛いでると、僕のスマホに着信があった。絵里奈からだった。玲那の引っ越しが終わったっていう連絡だった。


さっそく、ビデオ通話に切り替える。するといつもの絵里奈の部屋のリビングに、段ボール箱が積み上げられてる様子が見えた。


『ずいぶん荷物が減ってたから楽勝かと思ってたけど、引っ越しするとなると結構あるもんだね』


玲那のテキストメッセージが表示されて、苦笑いしてる彼女の顔が見えた。


「冷蔵庫とか炊飯器とか電子レンジとか、うちにもあるもので要らないものは引き取ってもらいましたけど、それでもこれですよ」


玲那の後ろで絵里奈が段ボールを見ながら溜め息交じりに言う。だから僕は思わず、


「お疲れ様」


と声を掛けてた。すると絵里奈はこっちに向き直って、


「私も自分の要らないものをどんどん処分していきます。でないと片付かないし」


だって。やっぱり引っ越しって大変だなあとしみじみ思った。それからも、ビデオ通話は繋いだまま、絵里奈と玲那は部屋の片付けをしてた。その様子を見る限り、引っ越しそのものはスムーズに終わったんだなと感じた。手伝ってあげられないのが申し訳ないけど、二人で何やらわいわい言いながら作業をしている様子を見てると何だか楽しそうにも見えた。でも、こんな中に人形たちを置いてるとさらに大変そうだから、こっちに残しておいたのは正解だったなと思ったりもしたのだった。




沙奈子と一緒に夕食の用意を始めても、絵里奈と玲那は部屋の片付けに追われてるようだった。こっちはお昼の残りの手作りハンバーグを温めて夕食の用意を終えると、向こうも絵里奈がキャベツとベーコンを足した冷凍チャーハンで夕食の用意を済ましてた。


『いいな~、沙奈子ちゃんの手作りハンバーグ』


こっちのメニューを見た玲那からのメッセージがちょっと悔しそうだった。


「いただきます」


それでも、四人で声を揃えてそれぞれ食べ始める。こうしているとやっぱりちゃんと家族だって思える。


「ごちそうさま」


食べ終わってまた声を揃えてそう言うと、絵里奈と玲那はやっぱり部屋の片付けを再開した。その間に、僕と沙奈子はさっと夕食の片付けをして、山仁さんの家に向かった。


「こんばんは!」


昼にも会ったけど、それでもいつものように大希くんと千早ちゃんは沙奈子を迎えてくれた。そして子供たちには一階で待っててもらって、僕は二階へと上がる。


「おじゃまします」


いつもの顔触れが揃ったそこへ、僕もさっそくテーブルに着いた。それと同時にスマホを用意して、ビデオ通話を繋ぐ。


「こんばんは」


スマホから絵里奈の声が聞こえて、みんなも「こんばんは」と応えてくれた。


さっそく、玲那が絵里奈の部屋に引っ越ししたことを報告して、懸念してたトラブルも特になく、無事に玲那の部屋を片付けることができたということが絵里奈から説明された。万が一のことを考えて弁護士の佐々本ささもとさんにも立ち会ってもらったけど、それが功を奏したのか、マンションの管理会社の担当者が様子を見に来た時も佐々本さんが対応してくれて、揉め事もなかったということだった。


ただ、落書きされてたことについては、それを消したりするための費用を、玲那が収めてた敷金から差し引かせてもらうということだった。正直、落書きした奴が悪いはずなのにと考えてしまうものの、佐々本さんもそれは仕方ないと言ってた。必要とあれば、玲那の方から別途、落書きした本人に損害賠償請求するとかいう形になるらしい。でも玲那は、もうこれ以上そういうことに煩わされたくないから、そのままでいいと言っていた。


けれど、やっぱり波多野さんは納得がいかなかったらしかった。


「玲那さんは確かに良くないことしたかもしれないけど、でもそれとこれとは別だろ。あたし、もうホント腹が立って仕方ないよ…!」


自分の家の方がもっと大変なはずなのに、波多野さんはそう言って玲那のために怒ってくれてた。だけど玲那の件はもう大きな山場を越えたって言っていいと思う。これからもいろいろ大変なことはあるかも知れなくても、それはまたその時考えればいいことだから。だからこれからは、波多野さんのことも支えていきたいんだ。


しかし、現状をまとめて説明してくれた星谷さんの話を聞くと、そのあまりの混乱ぶりに僕は眩暈を覚えそうだった。波多野さんのお兄さんの身勝手さに振り回されて、警察も弁護士さんも、もちろん被害者の人も、みんなが迷惑してるっていうのがすごく伝わってきた。玲那があまりにも潔かったから、ついそれと比べてしまう。


加害者の家族であると同時に被害者の一人でもある波多野さんの苦しみが、ほんの少しだけど伝わって来るのを感じたのだった。



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