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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百七十三 玲那編 「波多野さんの事情」

正直、今はもう会社のことで触れるべきことはない気がする。相変わらず残業はさせてももらえないし、ことあるごとにイヤミも言われる。僕としてはそれを徹底的にスルーするだけだ。


弁護士の佐々本ささもとさんにそのことを少し話したけど、残業を減らすのはむしろ今の時流に乗ってるから、たぶん、そのことで会社を訴えることは難しいと言われた。一方で、上司のイヤミについてはその内容などを詳細に記録して、ある程度の期間それが止まなければパワハラなどとして訴えることは可能かもしれないと言われた。


しかし佐々本さんも、


『残業をさせないというのは、御幣を恐れずに言うなら実にうまいやり方だと思います。経済的にダメージは与えながらも、違法なことは何もしていない。残業というのは無いのが本来の姿のはずですからね。昔は仕事をとにかく押し付けてというやり方が多かったようですが、今はそういうことをする会社を訴えやすくなりましたから。


ただ、パワハラについては、一回や二回、厳しく罵られた程度ではさすがに認定されるのは難しいでしょう。しかも雑談に等しい程度のイヤミとなれば、相当な期間にわたって言われ続けたと立証しなければいけなくなります。一年、いえ、せめて半年は続かないとという感じでしょうか』


って。その話を聞いて僕はもう、会社ともめるのはやめておこうと改めて思ったのだった。あの会社にはそこまでの手間をかける価値すらないと感じたからだ。もしスムーズにどこか今と変わらない条件の仕事に移れるならその時に辞めてやればいいと思った。それまでは、耐えられるところまで耐えようと思う。


そんなわけで、ほとんど自分が何をしてたのかも印象に残らないくらいに心を閉ざした状態で定時まで仕事をこなして、この後も残業に入る同僚たちの視線もスルーして会社を出た。


バスに揺られて家の近くのバス停で降りて、山仁さんの家へと向かった。沙奈子を迎えに行くためだ。


玄関でチャイムを押すと、「は~い」といつもの大希ひろきくんの声が聞こえてきた。玄関が開けられると、そこには大希くんと一緒に、沙奈子と千早ちはやちゃんもいた。


ただ今日はすぐに帰るわけじゃない。子供たちに続いて山仁さんも奥から姿を現してくれた。


「もうみんな集まってますよ。じゃあ、大希は沙奈子ちゃんのことをお願いね」


そう言って大希くんを見る山仁さんの姿は、どこか『お母さん』という雰囲気もある気がした。以前から感じてたけど、やっぱりそうなんだ。山仁さんは、『お父さん』なだけじゃなくて、『お母さん』の姿も併せ持ってるんだと改めて感じた。それは別に山仁さんが女性っぽいという意味じゃない。そういう性別を意識させない、男性女性じゃない『お父さん』『お母さん』の姿と言うか…。


今はもう、沙奈子には絵里奈という『お母さん』がいるから僕がその役目をする必要もないかも知れないけど、もし絵里奈や玲那と出会ってなかったら、今でも沙奈子と二人きりだったら、山仁さんのそういう姿は僕にとって大きな指標になったかも知れないとも感じたりもするんだ。父親でありながら母親でもあるっていうね。


でもそれはさて置いて、沙奈子は大希くんや千早ちゃんと一緒に一階で待っててもらって、僕は山仁さんについて二階へと上がっていった。するとそこには、いつもの顔触れが揃っていた。


「こんにちは」と挨拶をしながらテーブルに着く。今日は絵里奈はいないけれど、さすがに喜ばしいことを報告させてもらうだけだから気は楽だった。だから前置きもそこそこに、


「昨日、判決が出ました。懲役一年六月、執行猶予三年です。それを受けて玲那は釈放されました。今は絵里奈の家にいます。なので…」


と言いながら、スマホを取り出して、絵里奈に電話を掛けた。そしてビデオ通話に切り替えて、みんなの方に画面を向けた。


『この度は、本当にありがとうございました。皆さんのおかげで玲那は無事、こうして釈放されました』


僕の方からは画面は見えなかったけど、絵里奈と玲那が並んでみんなに頭を下げてる姿がすぐに頭に浮かんだ。それを見た波多野さんが、


「うおっしゃーっ!。玲那さん、おかえりなさい!」


って前のめりで喜んでくれてた。山仁さんが「お疲れさまでした」、イチコさんが「おかえりなさい」、田上たのうえさんが「おめでとうございます」と続けて声を掛けてくれた。だけど、星谷ひかりたにさんだけが、


「無罪を勝ち取れなかったのは残念です。ごめんなさい。私の力が足りませんでした」


と頭を下げたのだった。僕は慌てて、


「いえいえ、星谷さんのおかげで執行猶予がついたみたいなもんだと思います!」


と声を上げて、スマホからも、


『星谷さんには何もかもお世話になりっぱなしです。私たちの方こそ謝らなきゃいけないです!』


って、慌てた絵里奈の声が聞こえてた。たぶん、玲那も慌てた様子になってるんだろうなと思った。


本当なら、直接、挨拶に伺うべきなんだと思う。ただ、昨日のファミレスでの件もあって、やっぱりまだ迂闊に山仁さんの家に来たりしたらどんな迷惑が掛かるか分からないということで、失礼だとは思いつつこういう形での挨拶にさせてもらったのだった。それに対しても山仁さんは、「どうぞ、お気になさらずに」と、やっぱり穏やかな感じで応えてくれて、改めて器の大きさを実感されられたりもした。


そんな感じで玲那のことはみんなホッとしてくれたんだけど、波多野さんの方の話になると、また重苦しい感じになってしまったりもした。お兄さんがとにかく往生際が悪いと言うか、担当してくれてる弁護士さんが困った顔をしてしまうほどに自分勝手な態度で周りを振り回して、刑事さんたちも相当、頭にきてるらしいということだった。ほんとに、玲那とは正反対って感じだった。


玲那ほど協力的にやってもあんなに大変だったのに、こんなことしてたら自分が苦しむことになるだけなのに、どうしてそれが分からないんだろうって思ってしまった。


だから、玲那のことではすごく喜んでくれて笑顔も見せてくれた波多野さんだったのに、結局また辛そうな顔に戻ってしまってた。自分の妹までこんなに苦しめて、波多野さんのお兄さんは一体、何がしたいんだろう?。まったく分からない。ううん、分かりたくないんだと思う。だって僕は、沙奈子や絵里奈や玲那をこんな風に苦しめたいとは思わないから…。


そんなこんなで、この日は星谷さんが注文してくれてたデリバリーのピザで夕食にしつつ、波多野さんの今後についていろいろと話し合って、田上さんの門限もあるということで8時前に終わることになった。沙奈子も、一階で大希くんや千早ちゃんとピザを食べたり遊んだりしてた。


「じゃあ、また明日」


山仁さんの家の前で、千早ちゃんを連れた星谷さんと、自分の家に帰る田上さんと別れて、僕と沙奈子はアパートへと帰ったのだった。


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