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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百七十 玲那編 「それぞれの帰路」

ファミレスを出て、僕たちは四人で歩いた。沙奈子は両手を絵里奈と玲那に繋いでもらって。とりあえず、駅の方に向かって。


この辺りは沙奈子みたいな小さな子を連れて遊べるようなところがなくて、でも京都駅まで出れば色々ある。


この子ももう、分かってる。ガラス越しじゃなくても会えるようにはなったけど、まだあの部屋には帰ってこれないっていうことを。


「でも、なるべく会おうね」


絵里奈にそう言われて、沙奈子は大きく頷いた。確かに、拘置所に接見に行くことを思えばバスを乗り継ぐだけで行けるからずっと会いに行きやすくなる。だけど毎日会いに行くとなったら交通費も馬鹿にならない。絵里奈の収入も減って、玲那はきっとすぐに仕事には就けないし、僕も残業代がなくなって決して『大したことない』とは言えないくらいに給料が減った。これからはかなり節約しないといけなくなる。


まずは三年間。玲那の執行猶予が終わる頃には世間も今回の事件のことなんてほとんど忘れてると思う。それまでとにかく辛抱だ。


それに、玲那自身も、元の部屋を引き払って絵里奈の部屋に引っ越ししたりとか、いろいろしなきゃいけないことがあって、まあ何だかんだと忙しいはずだ。


法律上は一段落付いたけど、大変なのはむしろこれからじゃないかな。なにしろ、前科一犯だからね。佐々本ささもとさんに言われたことが、今になって重くのしかかってくる気がした。でも玲那自身がそれを受け入れると覚悟したんだ。僕はそれを支えるだけだ。傍で支えることはできなくてもね。


駅に着いて電車に乗って、京都駅まで行く。そこからは、僕と沙奈子、絵里奈と玲那、別々のバスに乗って帰ることになる。でももう少し、もう少し一緒にいよう。沙奈子の冬休みももう少しある。夜更かししたって大丈夫だ。


京都駅で、ウインドウショッピングをした。フードコートでクレープを買って、大階段に四人で座ってそれを食べた。僕と絵里奈のスマホで、写真も撮った。考えてみれば、沙奈子を連れてくるのは初めてだったな。


夜の八時くらいになって、さすがに沙奈子が疲れた様子だったから、そろそろ帰らなきゃってことになった。こういう人が多いところはホントは苦手だもんね。


四人でバス停に移動して、僕と沙奈子が先にバスで帰ることになり、絵里奈と玲那がそれを見送ってくれた。二人が沙奈子の頬にキスをして、沙奈子も二人の頬にキスを返した。そして僕は、絵里奈と唇を合わせた。人前でキスをするとかあれこれ言うのもいるかも知れない。だけど、今の僕たちには必要なことだった。離れて暮らしてても、僕と絵里奈は夫婦なんだから。それを忘れないために。


「じゃ、またね」


バスに乗り込んだ僕と沙奈子に、絵里奈と玲那がそう言って手を振ってくれた。バスがゆっくりと走り出して、二人の姿が見えなくなるまで沙奈子も手を振った。四人とも、誰も涙はなかった。だって、またすぐに会えるから。毎週土曜日には会う約束をしたから。


僕と沙奈子、絵里奈と玲那、以前と同じ形になってしまったけど、三年間これを続けることになるんだとしても、その間も沙奈子も成長していく。今はまだ一人で出掛けさせるのは不安でも、六年生とか中学生になったら、自分で会いに行きたいと思ってくれるならそうしてくれていいと思う。玲那のお見舞いに行くために一人でバスに乗って出掛けたりするくらいだから、その頃にはもうきっと大丈夫だ。


そして、沙奈子が中学二年生になる頃には玲那の執行猶予も終わる。そうすれば世間がどう言ったって晴れて自由の身になるんだ。もう何も気にする必要なんてない。それまでの辛抱だ。


バスが走り始めて少ししたら、沙奈子の頭がカクンカクンと揺れ始めた。


「寝てていいよ」


そう声を掛けると、僕に体を預けるようにして彼女は眠ってしまった。その寝顔を見ながら、『おつかれさま…』と心の中で声を掛けた。


絵里奈と玲那も今ごろはバスの中だろう。帰り道は別々になってしまったけど、僕たちはちゃんと家族だ。今日からまた、新しい形で毎日を過ごしていけばいい。そしていつかは……。


本当に、人生にはいろいろある。楽しいことも、苦しいことも、辛いこともある。でも僕は知ってしまった。それらと同じくらいに喜びもあるんだって。


沙奈子と出会って、絵里奈や玲那と出会って、僕はそれを知った。だからもう昔の僕には完全には戻れない。会社でいくら昔の僕のふりをしてても、家に帰れば沙奈子のお父さんに戻れる。絵里奈と会えば絵里奈の夫に、玲那に会えば玲那の父親に、いつだって戻ることができるんだ。だから僕は、これからもそういう僕として生きていく。


まったく、去年の今頃は、まだ全然そんなこと想像もしてなかった。あと一ヶ月ちょっとで沙奈子が来てから一年になる。その一年は、これまで僕が生きてきた三十年近い年月よりよっぽど濃くて充実した一年だったと思う。もしかしたら、この後の人生を含めても最も密度の高い一年になるかもしれない。


なんて、先のことは分からないけどさ。


家に帰ると、さっそく、スマホをWi-Fiに繋いで絵里奈のスマホとビデオ通話にした。


「沙奈子ちゃ~ん、おかえり~」


「ただいま、お母さん、お姉ちゃん」


お互いに手を振って、笑顔でそうやり取りした。そう、完全に昔に戻るわけじゃない。こうやってビデオ通話を繋ぎっぱなしにしておけば寂しくない。だからノートPCの方でもビデオ通話できるようにしておいた。これで僕が部屋にいない時でもいつでも顔が見られる。


でもお風呂は…。


「沙奈子、お風呂はどうする…?」


さすがにもう5年生だから別々の方がいいと思ったけど、彼女は一瞬もためらわずに、


「お父さんといっしょがいい」


と言ってきた。そうか、じゃあ、仕方ないか。お母さんと一緒に入れないのが寂しいんだもんな。なら、沙奈子が自分で一人で入ると言い出すまでは付き合うよ。


するとその時、テキストのメッセージが入った。


『いいな~、沙奈子ちゃん。お父さんと一緒のお風呂~』


玲那だった。


まったく、相変わらずだなと思った。だけどそれが良かった。あの子が変わってしまわなくて本当に良かったと思えた。声は失ったかもしれないけど、あの子はあの子だ。明るくて朗らかで、そして思いやりがあって。


絵里奈から聞いた入社当時のあの子の様子からすれば、よくそこまでなれたと思う。たとえそれが仮面であっても、玲那が自ら身に着けたものなんだ。それはちゃんとあの子の一部になってる気がする。だから今度のことも耐えきれたんだ。刑事さんまで味方につけて、ちゃんと自分の責任を果たしたんだ。


あの子は間違ったことをした。それは事実だ。だけど何一つ間違ったことをせずにいられる人なんて、滅多にいないはずだ。けれど玲那は自分の間違いをちゃんと受けとめた。僕はそれを誇りにさえ思うのだった。



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