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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二十七 沙奈子編 「帰還」

昼過ぎ、四人で貝殻拾いをしてたら急に人が増えてきたので、そろそろ頃合いかなということで、お開きということになった。貝殻を入れた袋をリュックのポケットに入れ、皆で荷物をまとめて、シートを畳んで、パラソルをしまって、海の家へと向かう。


海の家でビニールバッグに入れた着替えを沙奈子に渡し、伊藤さんと山田さんと一緒にシャワーを浴びてもらった。当たり前のように沙奈子はいい顔をしなかったけど、これで最後だからと送り出した。


僕が二人の申し出を受けたのは、実はこれが一番の理由だった。僕と沙奈子は一緒のシャワー室に入れない。10歳だし彼女自身がまだあまり恥ずかしがってないから男子用に入っても彼女は平気だとしても、世の中にはいろんな人がいるからやっぱりマズい気がするし。


彼女なら一人でも大丈夫かなとも思ったりしたけど、知らないところで一人でというのはさすがに不安かもと思ったっていうのもある。こういうところのシャワーの使い方とかも知らないだろうし。だけど今日の様子を見ていたら、やっぱり一人の方がマシだったのかなあ。


三人が帰ってくるのを待ちながら、僕はそんなことを考えていた。


しばらくすると、服に着替えた沙奈子が一人で出てきた。何だか疲れたような顔をしてる気がする。無理もないか。伊藤さんと山田さんは…まあ女の人だからいろいろ時間もかかるのか。


「お疲れさま」


そう言って頭を撫でても。沙奈子は表情を変えなかった。これはかなり機嫌を損ねてるかもしれないと思った。それとも疲れてるということだろうか。


二人でオレンジジュースを飲みながら、ぼんやりと待つ。さらに15分くらいして、ようやく「お待たせ~」と彼女たちがシャワー室から出てきた。


四人でたこ焼きを食べて、一息ついて、いよいよ駅へと向かった。


沙奈子の歩き方が明らかに遅くなってたから、それに合わせてのんびり歩く。来た時は15分ぐらいだったところを、25分以上かけて歩いた。


駅に着くと、ベンチに座った途端、沙奈子の体が揺れ出した。目の焦点も合ってない。相当眠そうだった。そこへ入ってきた電車は、これから海に向かう人も多いらしくて降りる人は多かったけど乗る人は少なくて、四人とも座ることが出来た。でもその途端、沙奈子は力尽きたのだった。


僕にもたれて眠る彼女の重さと体温を感じながら、僕も疲れを自覚していた。すると、


「私達、すっかり嫌われちゃったみたいですね」


「最後まで警戒されてました」


伊藤さんと山田さんが、僕の横で寝息を立てる彼女を見ながら、そう言った。その顔は、沙奈子の態度に怒ってるとか不機嫌になってるとかじゃなくて、本当に残念そうに見えた。


僕は思った。そうだよな。二人は二人なりに沙奈子のことを楽しませようとしてくれてたんだよな。残念なことに、沙奈子にとってそれは、空回りした有難迷惑なものだったかも知れないけど、二人の気遣いは本物かもしれないとも思った。だから、


「ごめんな…。でも、今日はありがとう」


と、沙奈子にはまだちょっと早くて、二人の気遣いが伝わらなかったことについて、僕は素直に申し訳ないと思えた。


「いえいえ、こちらこそごめんなさい」


二人はそろって手と頭を振る。


けれど、そんな風に謝られると余計に恐縮してしまう。そして思った。二人とも、僕が思ってた以上にいい人なんだなって。それでも、以前の僕ならきっと、第一印象だけで『デリカシーのない失礼な人たちだな』ってことで切ってたと思う。だけどそれをしてたら、こうやって別の一面を知ることもなかったかもしれない。頭では分かってたはずだけど、人っていうのは、いろんな面を持ってるもんなんだっていうのを改めて実感した。


乗換駅が近付いて、僕は沙奈子を起こそうと、「起きて」と声を掛けてみた。でもよっぽど疲れたのか、目を覚まさない。無理に起こす気にもなれなくて、僕は彼女を抱き上げた。伊藤さんと山田さんが荷物を持ってくれて、電車を降りる。


降りたところでようやく沙奈子が目を覚まし、山田さんが持ってくれていたリュックを背負った。


「今日は本当にありがとう。沙奈子にとってもいい経験になったと思う」


半分以上はただの社交辞令だったけど、でも半分近くは本当にそう思ってた。沙奈子にとっては大変な一日だったかも知れなくても、たまにはこういう日だってこれからもあるかも知れない。そしてそれは僕が傍にいる時ならまだいいけど、いずれ大きくなったら一人で他の人と一緒に行動することもあると思うし。


…なんて、それも僕の言い訳か。さすがにまだ早かったかもっていう印象の方が強いのも事実だ。それでもやっぱり、伊藤さんと山田さんには感謝したいという気持ちも確かに有る。一緒に行ってくれたのが彼女たちだったから、まだこの程度で済んだのかもしれないっていう気もする。


「じゃあ、またね。沙奈子ちゃん」


そう言って自分たちの乗る路線へと向かう二人を見送った僕は、だけど結局最後まで水着の時の二人の区別がついてなかったことは、当分内緒にしておこうと思った。沙奈子は沙奈子で、やっぱり僕の後ろに隠れてた。


電車を乗り換えて、今度はさすがに座れなかったから立ったままだったけど、沙奈子はそれでも、かくん、かくんと立ったまま居眠りをしていた。幸い、前に座ってた人が降りるために立ち上がったからそこに僕が座り、彼女を膝に抱くと、またすぐ眠ってしまった。


電車の揺れに合わせてゆらゆら揺れる彼女の頭が落ちないように気を付けながらも、僕も急に襲ってきた睡魔と戦っていた。辛うじて睡魔に打ち勝ち、家の最寄り駅に着いた時、今度は沙奈子もすぐに目を覚ましてくれた。


駅を出て、かなり日が傾いた見慣れた景色の中を、彼女の手を引いて二人で歩く。その手はすごく小さくて、頼りなげで、だけど暖かくて、守りたいって思わせる手だった。


そしてようやく僕たちのアパートが目に入った時、帰ってきたっていう実感があった。何気なく沙奈子を見ると、彼女も僕を見上げていた。それは心底ほっとしたという顔のように僕には見えた。


部屋に入って荷物を放り出してクーラーを点けて扇風機を点けて、部屋が涼しくなるまでの間にお風呂に入ろうと、二人で服を脱いで一緒に入った。彼女の頭を洗うとまだ砂が出てきた。足の指の間とかにも残ってたみたいだった。洗ってる間にぬるま湯を浴槽に溜めて、軟体動物のように二人でぐだ~っとなった。


夕食はそうめんで済まし、荷物の片付けは明日でいいやと放置し、沙奈子を膝に座らせてテレビを視ててもいつも以上にだらけ切って勉強どころじゃなく、結局、9時過ぎには眠ってしまったのだった。




翌日、さすがに落ち着いた沙奈子が書いた絵日記には、あの二人の姿はどこにもなかった。絵の中にもなかったし、文章の中にも一言もなかった。絵日記を見ただけだと僕と二人で海に行ったことしか伝わらないものになっていた。彼女の中では、あの二人はいなかったことになっていたようだ。


ごめん沙奈子、本当に君にはまだ早かったんだね。


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