二百六十九 玲那編 「判決は出たけれど…」
今度のことは本当に、僕たちが家族として生きていけるのかということをとことん試してきた気がした。判決はまだ完全には確定してないし、もし確定しても最初の予定通り、絵里奈を身元引受人にして絵里奈の部屋を新しい住所として、執行猶予が終わるまでの三年間、二人で暮らすことになるから、まだまだ試されてるのは変わりないにしても、少なくとも一定の区切りはついたと思う。そう、法律上のあれこれはこれで一段落のはずだ。あとは、執行猶予期間を穏やかに大人しく過ごすだけだ。
実は、玲那が逮捕拘留されてから判決が出るまでの間のことを、僕はあまり良く覚えていなかった。もちろんまったく覚えてない訳じゃないけど、もうとにかく毎日を淡々と過ごすことばかりに集中してて、しかも実際にそんな感じで淡々と過ごせて、そのせいで印象に残らなかった気がする。
当然、沙奈子と絵里奈はほとんど毎日のように接見に行ってたし、仕事が休みの日には僕も一緒に行った。だけど、当の玲那がすごく穏やかな感じでぜんぜん辛そうにしてなくて、まるで単なるお芝居でそういうことをしてるみたいに平然としてたから、僕も落ち着いていられたんだと思う。
でも、拘留中、佐々本さんが何度も保釈申請をしようとしてくれてたのに、玲那はとにかくそれを拒んできたということだった。拘留自体を自分に対する罰だと考えて、それを受け入れようって決めてたらしい。どうせ会社の方は自主退職って形にされて今は無職だし、それにやっぱり拘置所の中の方が静かで、ゆっくり自分の過去と向き合うことができたとも言ってた。
だからか、接見に行くたびに、僕たちは逆に玲那に励まされて帰ってくるという感じだった。
それから、山仁さんの家にも何度も集まってやっぱり励まされたりもしたけど、それ自体がもう日常になってしまってた気もする。
だけど、そんな中でも、星谷さんはしっかりと自分が言ったことを実行してくれてた。玲那のために証言してくれる人を見つけ出して、佐々本さんが説得してくれてたんだ。そう、それが保木仁美さんだった。裁判で証言してくれるところまではいかなかった人も、警察の事情聴取には応じてくれて、検察側が立証しようとした事件の動機や背景をより確かなものにしてくれるのに役立ったということだった。
本当に、本当に、いくら感謝してもしたりないくらいだと思った。それなのに星谷さんは、
『私は私のやりたいことしただけです。感謝は必要ありません』
とか、恰好良すぎだよ。ホントに。
あと、沙奈子の学校でも授業参観と発表会があったけど、どっちも絵里奈が行ってくれて、僕は仕事をしてただけだった。そのせいもあって印象がほとんど残ってない。やっぱり自分で見に行くのとは違うなとも感じてしまった。
しばらく四人での食事はご無沙汰になるはずだから、少しゆっくりした。沙奈子と絵里奈と玲那は、僕のスマホと絵里奈のスマホを使っておしゃべりしてた。その間に僕はいろいろと考え事をしてたけど、ふと、少し離れたところの席に座ってる女性の二人組が、やけにこっちをちらちらと見てることに気が付いた。しかも、あまりいい意味で見てるんじゃない表情で。
…もしかしたら玲那のことに気付いたのかな……。
実のお父さんの方の疑惑が報じられたことでただの親不孝な恩知らずってわけじゃないっていう認識がいくらかは広まったみたいだけど、それは同時に玲那がどんなことをされてきたのかというのが知れ渡ることにもなった。しかも相変わらず玲那を、
『親から受けた恩も忘れた鬼畜女』
と攻撃する人間もかなりの割合いて、それどころか、
『父親も娘も人殺しとか、人殺しの一族ってことだよな。一族郎党全員死刑にして人殺しの血を根絶やしにしないとダメだろ』
とか言ってるのもいまだにいるというのを秋嶋さんから聞いたりしてた。
秋嶋さんたちは、結局、ネットで玲那が何て言われてるのかを気にせずにはいられなかったらしかった。反論とかはしないようにしてたとは言ってるけど、正直、それもどこまで本当かは分からない。
ただ、玲那が逮捕拘留された時には悔しがってくれて、第一回公判があった日にはそれを気にかけてくれて、玲那のことを心配してくれてるのは伝わってきてた。その気持ちは素直に感謝したいと思った。
だけどやっぱり、世間にとっては玲那は所詮、犯罪者なんだなっていうのも感じる。確かに、有罪判決は受けたけどさ……。
「そろそろ行こうか…」
僕が小さな声でそう言うと、そのトーンから何かを感じ取ったみたいで、絵里奈も玲那もハッとした表情になった。当分、外で会う時もこの感じが続くのかもしれない。でもそれ自体は仕方ないことなんだろうな。許されないことをしてしまったのは確かなんだから……。
今回のことがあって、僕は、今後テレビでどんなひどい事件のニュースが流れても、ついその背景とか事情とかを考えてしまうんだろうなと思ってしまった。例え通り魔事件とかでも、どうしてそんなことをしなきゃならなくなったのかっていうのを考えてしまう気がする。
そうだよな…。どんなことでも原因があるから結果があるんだ。何もかも省略していきなり結果が出るわけじゃないんだ。玲那があんなことをしてしまったのだって、実のお父さんが彼女を苦しめたりしなければ、あの子はそんな事件を起こすような子じゃなかったんだから。
そういうことを思って、僕は改めて親として何をしなきゃいけないのかっていうのを強く感じた。あんな事件を起こすような原因を作らないように、そんな原因が作られるような家庭を作らないように、『殺さなきゃいけない』なんてことを考えなくても済むような家庭にしていくように努力しなきゃいけないと思った。
それは、本来なら当たり前のことなのかもしれないって思う。でも、僕の周囲を見回すと、家庭にこそ苦しみがあるっていう家庭が決して少なくないっていうのも感じるんだ。
本当なら、外でどんな辛いことがあっても家に帰れば安らげる。そしてまた頑張れるっていうのが大事なんだって、沙奈子や絵里奈や玲那が家で待っててくれて僕を迎えてくれたのを経験して感じたんだ。今だって、家族のためだって思えば仕事を続けることができてるんだ。
確かに、今までだって一人でやってきたのは間違いない。でもそれは、いつ終わってもいつ辞めても構わないっていう、消極的なものでしかなかったのも事実だと思う。そういうのは、何か苦しいことがあっても頑張ろうとまで思えないものなんじゃないかな。僕がやってたみたいに、何も考えずに何も感じないようにしなければ続けられないものかもしれない。
少なくともそれは、いつ投げ出しても構わないものでしかなかったのは間違いないと思ったのだった。




