二百六十八 玲那編 「判決公判」
玲那についての情状証人として、絵里奈も証言台に立った。本当は僕も立ちたかったけれど、絵里奈の強い意向で彼女だけになった。というのも、僕と玲那の関係を邪推されても敵わないし、変に目立って沙奈子に何か影響が出るのは嫌だと言い張ったからだった。
それに、玲那の社会復帰に対して公私共に最も近くで力になるのは絵里奈だから、自分が玲那を更生させるということを訴えるのが一番合理的だという判断もあった。
だけど、そうなってくると僕は本当に何もできないって気がしてしまう。そんな僕に絵里奈は言った。
『何言ってるんですか。今、私たちが生活できてるのは、達さんが今でもちゃんと仕事を続けてくれてるからですよ。私は嫌がらせに耐え切れずに早々に辞めてしまいました。でも達さんはそういうのに負けずに頑張ってくれてます。そのおかげで何とかなってるんです。何もできないなんて、勘違いも甚だしいですよ。自信を持ってください』
だって…。
ほんとにもう、泣き虫のクセにすごいよ、絵里奈も。
実は彼女も、すでに漬物屋のパートの仕事を見付けてきて働き始めてた。でも、勤務時間は朝の9時から昼の3時までで手取りは以前の三分の二ほどになってしまってて、玲那と二人で生活することを思えば決して十分とは言えなかった。それでも自分が仕事をしてないと玲那を更生させるとか言えないということで、以前から時々買い物をしてた漬物屋さんがパートを募集しているのを知って、そこにしたらしい。給料は決して良くないけど、そこで働いてる人がいい人たちで、働きやすいと言っていた。
玲那を迎える準備は着々と整ってるってことだと思う。
絵里奈は泣きながら、
「私が彼女を必ず立ち直らせます…」
と締めくくって証言を終えた。
その後も裁判は呆気ないくらいにスムーズに進んで、終わった。そしてまた一ヶ月後に判決が出るってことだった。警察官に付き添われて法廷を出て行く玲那を、僕たちは見送った。一瞬、僕たちの方に振り返ったその顔は、どこか清々しいものさえ感じさせるものだった。
それを見届けて、僕たちも裁判所を後にした。
判決が一ヶ月後ということは、沙奈子が5年生になって、でも春休みが終わる寸前だということになると思う。だから僕は沙奈子に聞いた。
「また、お姉ちゃんの裁判に来る…?」
正直、今回つれてきたことは間違いだったんじゃないかと思ってた。こんな小さな子にあんな話を聞かせる必要はなかったんじゃないかって思った。これまでは、そうしてたじゃないか。沙奈子に聞かせるのはどうかなって話とかをする時は、沙奈子がお風呂に入ってる時や、逆に玲那や絵里奈が僕と一緒にお風呂に入って話をしてたじゃないか。それなのに、どうして僕は…。
だけど、沙奈子は真っ直ぐに僕を見てはっきりと言った。
「来る」
って。そして、
「だって、おねえちゃんは私のおねえちゃんなんでしょ?」
とも。その姿に、僕は言葉もなかった。この子はもう、今度のことをちゃんと受け止めてるんだ。受け止めた上で、見届けようとしてるんだ。たった10歳の子が、こんな苦しくて辛いこととちゃんと向き合おうとしてることに、僕は大人として恥ずかしささえ感じた。この子の方が僕よりよっぽど強いって感じて。
本当にすごい子だな。沙奈子も玲那も。この子たちの父親になれたことは、僕にとって本当に自慢だとも思える。それと同時に、この子たちと釣り合う父親になれてるのかどうかって部分では、ものすごく不安だったりするけどね。
それでも、僕たちは家族なんだ。僕と沙奈子と絵里奈とで手を繋いで、家へと帰ったのだった。
そして、玲那の事件のことはどうなったかと言ったら、実のお父さんが捜査の途中で再入院して、でもそのまま回復することなく亡くなってしまって、そっちの事件のことは被疑者死亡ということで書類送検されることになって、結局は何もかもうやむやのままに幕引きになり、あの子の判決公判の日を迎えたのだった。
「主文。被告人を懲役一年六月に処する。なお、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する」
最初に裁判長がそう述べて、それから判決理由の説明に入った。それがとても長くて、沙奈子は途中、居眠りをしてしまってた。学校での校長とかの訓示も長かったと思ったけど、それの比じゃなかった。正直、僕も何度も眠りそうになった。でも玲那の過去に触れる部分とかの説明が入ったりして、その度にハッとなったりしてた。
ようやく判決理由の説明が終わり、最後に裁判長が言った。
「あなたがしてしまったことは、どんな理由があろうとも正当化されることはありません。ですが私は、この裁判を通じてあなたがその罪に真摯に向き合い、心から反省していると感じました。それは裁判員の皆さんの一致した心証でもあります。私たちはあなたの誠実さを信じ、必ず立ち直ってくださると信じています。どうか、これからの人生をより良いものにしていってください」
そう言った裁判長の目が少し潤んでるように見えたのは、僕の気のせいだったんだろうか。だけど、裁判員の人たちには目頭をハンカチで押さえてる人も何人もいた。傍聴席にいた人たちにも…。
絵里奈に至ってはやっぱりボロボロと涙をこぼして、ハンカチがびしょ濡れになってた。
僕…?。僕ももちろん、とても我慢ができなかった。涙が勝手に溢れてきて、どうしようもなかった。
「ねえ?、もうこれでおわり?、おねえちゃん帰ってくるの…?」
沙奈子も涙を浮かべてそう聞いてきた。だから僕は頷いた。「そうだよ」って。
本当はまだ、確定はしてないはずだ。だけど、執行猶予が出た以上、弁護側はもう控訴する理由がなかった。後は検察側の判断次第だけど、執行猶予が付くかどうかに関わらず有罪判決が出たらもう控訴することはないはずだと佐々本さんは言ってた。つまり、このまま弁護側も検察側も控訴しなければ、二週間でこの判決は完全に確定するということだった。
執行猶予がついたことで、玲那は即日、釈放された。逮捕されてから二ヶ月。長いようで、けれどあっという間だった気もする。拘置所の前で、僕たちはあの子を迎えた。
『ただいま。ごめんなさい…』
そう唇を動かした彼女を、絵里奈が抱き締めた。当然のようにボロボロと涙を流して、「玲那…、玲那ぁ……」って何度も名前を呼んでた。沙奈子も縋り付くみたいにして抱き付いてた。その二人の体に腕を回して、玲那も涙を流してた。
そうしてしばらく経って落ち着いてから、四人で近くのファミリーレストランに入った。
『沙奈子ちゃんは何食べたい?』
僕のスマホを使って絵里奈のスマホとメッセージをやり取りする形でそう聞いた玲那に、沙奈子は、
「オムライス」
と答えた。きっとそう言うだろうなと思ってた僕たちは、頬が緩むのを感じずにはいられなかったのだった。
 




