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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百六十六 玲那編 「裁判開始」

玲那の事件は、被害者だったはずの実のお父さんが、玲那の実のお母さんでもある奥さんを重大な過失で死に至らしめたということで先に逮捕されるというセンセーショナルな展開を見せたせいか、悪い意味で少々盛り上がってるようだった。


だけど僕たちは、そういう『演出』が加えられたワイドショー的な報道は一切、見ないようにしていた。心がかき乱されるのが分かってたからだ。


それでも、玲那の実のお父さんのダークな部分が次々と掘り起こされて、とうとう売春グループの元締めだったらしいことまで暴かれたのは、何だかんだと漏れ伝わってきた。完全に流れが変わってきたと言ってもいい気がする。なのに、僕の会社は何も変わらなかった。とにかく面倒なことに関わってる人間は追い出したいということなんだろう。


一方、玲那の方はと言えば、本人がものすごく協力的だったこともあって、弁護士の佐々本ささもとさんも『ここまでスムーズなのは珍しいですね』と言うくらいスムーズに手続きが進んでるそうだった。刑事事件を主に扱う弁護士だから今までにもいろいろな容疑者に接してきたけど、こんなに真面目で協力的なだけじゃなく、捜査側との関係性が良好な容疑者は見たことないとまで言ってた。


そのおかげか、いつもなら強引な取り調べとかを心配しなければいけないところが、まるで企画会議でもしてるかのように玲那も刑事さんも熱心に誠実に供述調書の作成に取り組んでて、取り調べの録画録音を申請したことさえ杞憂に終わりそうだと驚いてた。


あと、佐々本さんは弁護士として当然の様に保釈申請をしてくれてたのに、当の玲那の方が消極的だった。拘留されたからってことでさっそく絵里奈が接見、いわゆる面会に行ったら、


『これも罰だと思ってるから、このままでいい。余計なこと心配しなくて済むし』


と、ちょっと困ったような笑顔でそう言って(書いて)たっていう話だった。彼女の言う『余計なこと』というのは、どうやらマスコミとかが取材に押しかけたりということらしい。なるほどそれは心配だし余計な手間だよね。それを考えなくて済むだけでも楽かもしれない。


そんな玲那と比べて、むしろ絵里奈の方が拘留されてるみたいに悲壮な顔になってたらしくて、


『なにその顔。絵里奈の方が逮捕されたみたいになってるよ』


と玲那に笑われたって言ってた。


二度目の接見では沙奈子も一緒に行ったけど、玲那がすごく落ち着いて穏やかな顔をしてるからか、沙奈子も安心したみたいだと言ってた。


『ごめんね沙奈子ちゃん。ちょっと帰るまで時間掛かっちゃうけど、必ず帰るからね』


そう言った玲那に、沙奈子も「うん、待ってる」と安心したみたいに大きく頷いたってことだった。


他人の感情とかに敏感な沙奈子がそうだってことは、玲那が本当に精神的に安定してるっていうことだと思う。あの子はただ、今の自分の役目を果たそうとしてるんだって、絵里奈の話を聞いてて感じた。


だから僕たちの方も、それぞれ自分の役目を果たすことだけを考えるようにした。役目と言うか、今までと同じように穏やかに日常を送るっていうことかな。


僕は仕事を、絵里奈は家のことと玲那との接見を、沙奈子は学校と勉強をしっかりとこなして、毎日を無事に過ごそうって。


もちろん、そこに玲那がいないことは辛い。だけどそれもいつかは終わる。きちんとそれぞれの役目を果たして時間が過ぎれば、いずれはその時が来る。そうして僕たちは毎日を過ごした。


そして僅か一ヵ月後に、玲那の初めての裁判は開かれることになったのだった。




その日は、僕も有休を取って、沙奈子も学校を休んで、三人で一緒に裁判所の傍聴席にいた。玲那のことをきちんと見届けるためだ。


証言台に立つために歩いた時に見えた玲那の横顔は、どこか晴れ晴れとした表情をしてるように思えた。それと同時に、覚悟を決めた凛々しさも感じさせた。


喋ることができない彼女のためにPCが用意されて、それに打ち込まれた文字がスクリーンに映し出される形になっていた。


裁判官と裁判員を前にした玲那は、検察官からの質問に躊躇うことなく答え、実の父親の腹部を包丁で刺して殺害しようとしたという容疑についても、すべて認めますと毅然とした態度で答えたのだった。


そう、玲那は、無罪主張はせず、容疑については素直に認めることに決めたんだ。佐々本さんの説得にも頑として首を縦に振らなかったらしい。そんな彼女に佐々本さんの方が折れて、情状酌量を求める方針に転換したとのことだった。僕たちも前もってそのことを聞かされてたから、それ自体は驚いたりしなかった。むしろ堂々としてるあの子のことがどこか誇らしげにさえ感じるほどだった。


それよりも、証言するために法廷に現れた、玲那の実のお父さんの姿に、その場にいたほとんど全員が息を呑む感じになった。


車椅子に乗って警察官に押してもらって証言台のところに来たその姿は、僕が想像していたのとは全く違ってた。聞いてた話からもっとふてぶてしくて抜け目ない感じなのを思い浮かべてたのに、そこにいたのは、がりがりに痩せこけて短い白髪がまだらに頭に残っただけの、施設で介護を受けてる後期高齢者以外の何ものでもない人だった。


年齢はまだ60手前だって聞いてたのに、どう見てもそうは見えない。80どころか90過ぎだって言われても信じてしまいそうだ。元からそんな感じの人なのかと思いかけたけど、彼を見た玲那の驚きようでそうじゃないんだってことが分かった。彼女にとっても信じられない光景だったんだ。


後から分かったこととして、玲那の実のお父さんは、包丁で腹を刺されて手術を受けた時に、執刀した医師が異変に気付いて検査を行ったことで、進行性の膵臓がんだっていうのが判明したということだった。発見された時点ですでにステージ4。小さながんが腹腔内に散らばり、がんを除去するための手術も行えない状態だったらしい。一縷の望みを託して抗がん剤による治療を始めたものの結果は芳しくなく、単に抗がん剤の副作用に苦しめられただけということだった。


だから、裁判所に現れた時の彼の姿は、抗がん剤の副作用によるものが大きかったのかもしれない。でもそれ以上に、がんが判明した直後からまるで気力を根こそぎ失ったかのように見る影もなく衰えていったという話もあった。かつては、僕が想像したとおりのふてぶてしい感じだったとも聞いた。結構なハンサムで女性にモテて、若い頃にはそれこそ浮名を流したって。


だけど、今、僕の視線の先にいる老人からはそんな姿を想像するのは難しい気がした。


何人もの人を苦しめて不幸にしてきたはずの彼は、今度は自分が途方もない困難な状況に立たされたと知るや、心そのものがぽっきりと折れてしまったということなのだった。


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